本のタイトルって引用が音楽より多いです。
浜崎あゆみさんが、パクリ、盗作と言われています。詩でも言われています。しかし、似ている、というレベルばかりでした。
僕たちはアユさんファンで、チームです。チームで話あいました。その結果得た結論は浜崎さんの詩は「似ている」というレベルばかりだということです。
アンチあゆさんは、アユさんだけパクリ、と言います。しかし、くりかえすと、「似ている」というレベルばかりです。
ぼくたちチームは、本(小説・評論・哲学」について、話しあいました。
結果得た結論は、
(1)あゆさんの詩より、「本のタイトル」のほうが、そのままもってくることが多い。
(2)「本の中身」について。アイデアを、まるで自分で考えたアイデアのように書いている場合がとても
多い。
(1)について。
ぼくが大ファンで、知性的、先鋭的な作家、奥泉光さんを紹介します。
彼の著作
「吾輩は猫である殺人事件」
↑
夏目漱石の「吾輩は猫である」
漱石の小説のタイトルに「殺人事件」を付け足しましたが、元そのままです。
本の世界は「タイトルそのまま」がよくありますが、「引用」(いんよう・意味・・・そのままもってくること)
で済まされる場合がほとんどなのです。それなのに、あゆさんは、似ているだけで「パクリ」と言われる
のです。
この違いは、どこからくると思いますか?
奥泉さんがやっていることを浜崎あゆみさんがやれば、怒られるように思いませんか?
夏目漱石が死んでいるからできることだと思います。
生きていたら、無理だと思いませんか?
お礼
回答ありがとうございます。 事実を報道するのであれば、コラムでも学者の論文を引用したほうが より事実に正確だろうと思ったりしたのですが、 まあ記事を書く人が読んでないと引用しようがないですよね。