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「~見ているようで見てない~」ってどういう意味
皆さん 表題の文言は、どういう意味でしょうか、教えてくださいませんか?
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物事を見た時に、「概要は見てるが、詳細は見ていない(理解していない)。」という事です。 又、「物の表面は見るけれど、内容までは見ていない。」時や、「物の一部分だけ見て、全体を見たと思うように錯覚している。」時にも言えると思います 例えば。。。 車を買う時に、展示場に行って、格好の良い車を見て、気に入って購入しました。 しかし、その車を運転して見たら、乗り心地が良くなくて、デザインは良かったけれど、機能や性能が悪かった場合等に使えます。 車の外観は見ていたけれど、乗り心地や走りの良さを確認にしていなかった時には、「車を見ているようで、車(の本質)を見ていない。」と言えるでしょう。 もう一つの例では。。。 街を歩いていたら、「スリだ!捕まえて!」という声が聞こえたので、振り向いたら、スリが逃げて行く姿を見ました。 警官が来て、「スリは、どんな人でしたか?」と聞かれました。 「背の低い男性で、グレーのジャケットを着ていました。」と答えられました。 しかし、「ズボンは何色でしたか?」、「靴は?」、「髪型は?」等々と細かい特徴を聞かれると答えられなくなって仕舞いました。 こういう場合も、スリの男性を「見ているようで見てない。」と言います。
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簡単なようで難しいご質問です。 「~見ているようで見ていない~」は「みれどもみえず」ともいわれます。 これは、脳の働きとも関係しています。 人間の目はカメラと同じように、すべての光景を網膜に映し出していますが、その画像の中から自分に必要と判断した情報を持った画像だけを脳の他の機関へ送るしくみになっています。 選択された情報を受け取って初めて脳は認識します。 この網膜上の画像を選択する働きを脳は持っています。 この働きがあるから人混みのなかから知人を探し出すことができます。 携帯カメラの画像のようにすべての人が写ったまま、そっくり脳の中で信号として送られると、脳はパニックをお越してしまいます。 この脳の選択機能が問題となります。 街の中でお友達と一緒にお店を探すときに、 質問者さん:「あッあそこにある」 お友達:「どこ」 質問者さん:「そこの電信柱の後ろ」 お友達:「電信柱?、どこよ」 質問者さん:「ほら右側!」 お友達:「あッわかった」 このようなことはありませんか。 もし同じ場所から同時に携帯カメラで写せば、質問者さんの携帯にもお友達の携帯にも同じ光景が写っています。 つまり、人間の場合には、同じ光景をみていても、みているもの(認識しているもの)が違うという現象が起きています。 質問者さんの脳とお友達の脳が別々の選択をした結果です。 このように「見ているようで見ていない」ということが起きます。 耳の働きも同じです。 「きいているようで、きいていない」ということが起きています。 このことが、学校の黒板をみているときに起きます。 先生が大切な文言を書いているのに、それを全く見ていない(認識していない)、ということが起きます。 この逆も起きます。 質問者さんが見ているのに、その姿をみていない(脳が認識していない)友達に「昨日こんなことをしていたね」というと「みていないようでみてるのネ」と言われます。 この現象が経験的に拡大されて「考えているのに考えていない」という表現が良く使われます。 考えるべきことを考えないでどうでも良いことだけを考えている状態のことを言います。 蛇足 「みる」を見ると漢字変換されていますが、 日本語の「みる」は見る、観る、診る、看るなどと複数の漢字で書き分けられています。 各々の漢字を辞書でご覧いただければ、使いかたが違うのが分かるかとおもいます。 脳の選択機能の結果と言いますか、みるという動作の目的によって書き分けられています。
お礼
詳しくご回答頂き、どうも有難う御座いました。
- ffo_on
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貴方の質問と同じ 「~聞いているようで聞いてない~」 何も思考回路が働いてないこと
お礼
詳しくご回答頂き、どうも有難う御座いました。