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アイデンティティの相対化とは?自分のアイデンティティを守るか捨てるか?
- ポーランドの社会学者ジグムント・バウマンは、アイデンティティを一度捨てた人はその後苦痛になると述べている。
- アイデンティティの価値に疑問を持つようになり、様々なアイデンティティを捨てられるような状態になる。
- 自分のアイデンティティを守る主義か、様々なアイデンティティを捨てられる主義かについての面白い回答を募集している。
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質問者が選んだベストアンサー
たぶんこれはどちらを選択するかというより、 最終的にはアイデンティティを排除していくのが人の成長過程で起きるが、排除するためにまずはアイデンティティをかなりしっかり形成しておかなければならないという事だと思います。
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- MOG777
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自分が描いている自分のアイデンティティと他人が認める自分のアイデンティティならば 後者の方が客観性、正確性が高いわけですが、後者もまた社会や他者との相対的な関係性に基づいたものでしかないわけです。 つまり、社会や他者が変化すればアイデンティティに関する評価も変化するわけです。 例えば、中学で秀才だったのが進学校に進んだ結果、クラスの中では普通になったといった感じです。 となれば、自分のアイデンティティを、大事に守る主義というのは無理な話であることがわかると思います。
お礼
回答ありがとうございます!
- never-ness
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ここで使われているidentityなるタームの定義が不明ですが、「自分自身を他と分かつかけがえのないもの」「取り換え不能の自分自身の固有性」と受け止めます。もっともidentityも時間の函数だという見方がありますから、とりあえずかつたいていという限定つきとなるでしょうが。 「アイデンティティを一度捨て」去るというのがどういう事態を意味するのかが不明です。それが所謂アイデンティティ・クライシスという意味であるとします。その意味では「その後そのアイデンティティにコミットすることが苦痛になる」のは、「その後」が自分の危機を乗り越えた「その後」というのであれば、「苦痛」というより、脱ぎ捨てた「古い殻」を見るような感じになるのではないでしょうか。その意味で「大したものではないと考えるようになる」のでしょう。 >さて、私が知りたいのは。 >みなさんは自分のアイデンティティを、大事に守る主義でしょうか? >それともカメレオンのように、様々なアイデンティティをすぐに捨てられる状態にとどめておく主義でしょうか?という点です。 アイデンティティを大事に守るかというのは、アイデンティティが自分を「他と分かつ存在規定」という本質的性格からいえば「守る・守らない」という属性的性格ではないわけで、質問が成り立っていないという立場です。 したがって「アイデンティティをすぐに捨てられる状態にとどめておく主義」というのも「捨てられないのがアイデンティティ」だという立場ですから、同様に質問不成立だと思います。 ひょっとして質問者は心理学でいう「ペルソナ」を「アイデンティティ」と誤解・誤用しているのではないでしょうか。「ペルソナ」は状況に応じて身にまとう仮面のようなものですから脱着可能です。 「正社員の自分、とか、異性にモテる自分」という自己規定は他者と関わる状況で主に出てきますから他者が変わればそれに応じて変わります。その「~である自分」をペルソナというのだと思います。 アイデンティティは同じく「~である自分」と規定しますが、状況により脱着可能な表層にあるペルソナに守られた核だと思います。言いかえれば自分自身である「自明性」ということでしょうか。この自明性が喪失すると離人症に苦しむことになります。 なんか面白い回答にならなくてゴメンなさいね。
お礼
回答ありがとうございます!
- ukiyotonbo
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>さて、私が知りたいのは。 >みなさんは自分のアイデンティティを、大事に守る主義でしょうか?それともカメレオンのように、 >様々なアイデンティティをすぐに捨てられる状態にとどめておく主義でしょうか?という点です。 アイデンティティの基軸となるコミュニティ自体が何の実体も持たないんだから、それを大事に守っていようが捨て去ろうがあまり意味はない。 つまり、Aさんが女にモテるというアイデンティティのようなものと大切にしていようが、捨て去っていようが、モテるものはモテるってこと。 Aさんの内心はどうでもいいというより、他からは知ることはできないということ。これが知ることができたような気がすることの集成がコミュニティなんだから堂々巡りするってこと。 これを踏まえた上で、質問に回答すると、私のようなおじさんが女にモテてはいないと思うけど、多くの女性と経験を積むことが出来ています。ありがとう。
お礼
回答ありがとうございます。
- kanto-i
- ベストアンサー率30% (180/596)
守りもしないし、捨てもしません。 在るもの、つまりはそのままを認めます。 あるがままの自分でOK! それ以上にも、それ以下にもそれ以外にもなれませんから。 多分、増えていると思います。 それもまた自分自身。 嫌なものも好きなものも、すべてが自分の構成要素。 居ても良いよって言うと、大人しくなるようです。 それでいいかなって思ってます。
お礼
回答ありがとうございます。
- 雪中庵(@psytex)
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私が認識するこの世界は、脳内の現象です(~量子論的に 換言すれば、有限な存在性は認識される事で派生する)。 であれば、私にとって“自己”とはこの宇宙であり、相対化も 絶対化もない、唯一のものです。 そのアイデンティティを「守る」とは、世界をより深く認識する 事であり、それを捨て去るとは自殺する事です。
お礼
つまり量子論のアイデンティティに固執する主義ですね。 回答ありがとうございます。
お礼
回答ありがとうございます!