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戦時中の社会の雰囲気

こんにちは。 最近、ネットで戦争体験を幾つか読みました。 その中には、年頃の男女が、仮に同級生で近所に住んでいても、外で話をすることすら出来なかった、という話がありました。 また、出征する夫を幼いわが子を連れて駅まで見送りに行く妻の話があったのですが、当時は外を歩く時、幼い我が子の手を繋ぐことすら躊躇われるような時代だった(=家族で和気藹々とした空気を見せる事が、という意味だと思います)、と書かれていました。 一体、戦時中の社会はどのような雰囲気だったのでしょうか? 戦争中にけしからん、という理由からそのような雰囲気になった事までは資料を調べて分かったのですが、具体的にどのようなことを≪けしからん≫としたかまでは記述がなくて分かりませんでした。 どなたか、教えていただけないでしょうか? よろしくお願いします。

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  • apple-man
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回答No.2

 戦争体験は地域差、階級差が非常に大きいと思います。 ただ戦争は2度と起こしてはならないことだということで 一致しているため、戦争が如何に悲惨なものかという ところが強調されるのだと思います。  私の両親は太平洋戦争の経験者ですが、当時の体験を 聞いても、とても同じ戦争の話とは思えないくらいの 差があります。  父は毎日食べるものや衣服にも困ったといい、母は チョコレートやお饅頭をよく食べたとか、(母親の) お父さんが中国からいろいろな靴や服を買ってきて くれて衣服には困らなかったといいます。  念のため言っておきますが、母の家は別に大金持ち じゃありません。華族や皇族でもありません。  当時中国は日本の植民地でしたから、母の父親は 今のサラリーマンの出張と同じで、仕事で行き来して いただけです。 >当時は外を歩く時、幼い我が子の手を繋ぐことすら躊躇われるような時代だった  そうゆう地域があっただけでしょう。 >具体的にどのようなことを≪けしからん≫としたかまでは記述がなくて分かりませんでした。  結婚前の男女がキスしたり手をつないでいたら けしからんというあたりでは全国共通だったかも しれません。

noname#86044
質問者

補足

ありがとうございました。

その他の回答 (2)

  • Hyoutan
  • ベストアンサー率25% (69/266)
回答No.3

エネルギーを敵に勝つこと以外に費やすことがけしかんことだったようです。 女性がおしゃれすることは,婦人会のおばさんには我慢ができないことで,パーマをかけた女の人が,街中で髪を切られたこともあったようです。スカートを履いてあるいていると,「贅沢は敵だ」,「欲しがりません勝つまでは」というプラカードをつきつかれたようです。

noname#86044
質問者

お礼

ありがとうございました。

  • 1031janai
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回答No.1

地域によるんでしょうね。私の所ではそんなこと無かったですよ。田舎で空襲の被害を受けることが無かったからそんなピリピリした雰囲気にならなかったのかもしれません。

noname#86044
質問者

お礼

ありがとうございました。

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