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江戸時代。太刀持ち。

将軍や大名が誰かを謁見するとき、あるいは何かの儀式のときでもよいのですが、刀を捧げ持った太刀持ちが将軍や大名の側または後ろに居たのですか。 もし、太刀持ちが居たとすればそれは小姓の役目ですか。 よろしくお願いします。

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回答No.1

こんばんわ。 私は、自称「歴史作家」です。 回答から先に述べますと、 「はい、そうです」 小姓になるには大きく分けて二通りあります。 まずは、次期将軍や大名の幼少の頃から、初めは遊び相手や一緒に学問をしたり、剣術の相手をしながら、共に成長していき、将軍家の場合は旗本の家から同年代の子どもが選ばれ、大名の場合は重役の家柄から選ばれ、「御小姓組」と言う「組」に所属します。 定員は特に定めはありませんが、将軍家の場合ですと5~6名位が「御小姓組」を形成します。 次に、将軍や大名がすでに大人になっている場合ですが、やはり、旗本や重臣の家柄から元服(12~16歳)前後の次男、三男などが選ばれました。 ともに役目としては、将軍や大名が誰かと謁見などをする時は大刀持ちとして控えていますが、もしも、将軍や大名に襲い掛かる者がいたとすると、真っ先に「盾」となって将軍や大名を守る役目でした。 また、政務では「側用人」や「家老」などが将軍や大名と政務は行いますが、小姓は御小納戸役などと共に、表での将軍や大名の私的な雑用掛りをしました。 しかし、出世コースで、将軍家の場合ですと、 小姓→用人(側用人も含む)→(若年寄)→老中  などと昇進していきます。 大名の場合ですと、 小姓→用人→家老 などと出世していきました。 ただし、大名家の場合は小姓の立場が低く見られる場合もあり、諸藩の財政事情や組織図により必ずしも出世コースとはいかない場合もありました。 、

kouki-koureisya
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 やはり、太刀持ちが控えていたのですね。 そんな画像があるはずだとかなり探したのですが、見つからなかったので質問しました。