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江戸時代。御家人から旗本になるには。
将軍や幕閣に気に入られてとか、縁故によってとかで昇格したのではなく、昇格できる制度とまでは言えないが慣例としていたことはないですか。 例えば、御徒目付で長い年数を勤めると勤功を賞され旗本に昇格できるといったケースです。 あるいは、「学問吟味」で甲科・乙科合格などが決め手となって昇進して、その後旗本になったとか。 江戸時代も260年間もありますから寛政の改革以後の事例を教えてください。 よろしくお願いします。
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お礼
ご回答ありがとうございます。 実にピッタリの論文「御家人と昌平坂学問所・学問吟味」を教えて下さってありがとうございます。 「本人に起因して旗本に昇進したのは,少なくとも6名である。」ということから、学問吟味で優秀な成績を修めることにより、旗本になれるということが分かりました。 特に見落とせないのは次の2箇所で、大変参考になりました。 学問吟味が謂わば国家試験のような性格であったことがよく分かりました。 1.教育機関での能力開発と公式試験での能力評価,そして旗本惣領の「番入り」という人材登用が,一つの道筋としてつながったのである。幕府の,またその一部であるが,能力主義人材登用制度の確立として挙げることができるのではないだろうか。 2.御家人階層については,旗本階層における番入り選考に相当する制度もなく,学問吟味及第者の優先的登用などの慣行が確立されていなかったため,学問吟味及第と登用や昇進との関連を表す史料は多くはみあたらない。それでも,旗本階層における及第者優遇の慣行を反映して,及第者の登用を働きかける行為はあったようである。 大田南畝が学問吟味を受験した様子をネットで読みましたが、2,3日で終わるようなテストではなく、かなり厳しいものでした。幕府も昼食に焼き飯を用意するほどの力の入れようでした。