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日本人はなぜ礼儀正しいでしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。日本人はマナーがよくて、とても礼儀正しいと感じております。お伺いしたいのですが、なぜこのようになっているのでしょうか。昔からすでにこうなっているのでしょうか。それともマナーが悪かった時期もあって、何かのきっかけで礼儀正しくなったのでしょうか。もし後者だったら、そのきっかけは何なのか教えていただけないでしょうか。  また、質問文に不自然な表現がございましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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  • o-sai
  • ベストアンサー率19% (199/1001)
回答No.7

その昔、田舎の村においては「村八分(ムラハチブ)」という恐ろしい掟があったそうです。 これは、村のルールを守らない奴(と家族)を村の協力体制から外すということで、 水も食料も配給されなくなるので、すなわち死を意味します。 当時の重いルール破りというのは、里山の自然を破壊したり、食料を独り占めしたりする行為です。 環境が破壊されれば村人全員の死に繋がるので、とても重要な掟です。 これとは別に、農民が土地から逃げないように覇権者からも管理されていました。 独り々の行動を集団に転嫁させて相互監視させる恐怖の掟です。 これも村八分や暗殺の横行に繋がり、マナー構築には最適だったかもしれません。 そして時は移り、中央集権の大都市、江戸が誕生します。 この時代にはマナーやモラルは「江戸しぐさ」と称され、 密集して暮す中で諍いが起きないようにする為の「恥の文化」になりました。 自分勝手な者は「恥」とされ、嫌われ者として罵倒されたのです。 中国人はプライドが高く、恥をかかされれば争議になるそうですが、少し近いのかもしれません。 この時代の日本の教科書は中国の故事でしたから、当然といえば当然でしょう。

awayuki_cn
質問者

お礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

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回答No.10

 No.5です。おぎないます。  社会のあり方として 次のように分類してみます。  (α) 対話型:日本・ごちゃまぜ類型  (ω) 競争型:西欧・遊牧民類型  (κ) 民衆暴君型:アフリカ・線形論理類型  競争型では 単純に言って 《人は人に対して狼なり。 / 万人の万人に対するたたかい》という意識が根強いものと考えられます。  この意識の流れが 社会において人と人とのあいだで関係し合っている。意識の対立とその弁証法的展開が ふつうに見通されているのだと思われます。  対話型は まづ 何よりも先に 相手にゆづります。道をゆづります。  だから そのあとぎゃくに懐柔の手をやおらあからさまにして繰り出して来るのではないかという事情も すでに現代人にとっては おそれられますが ともかくまづ最初は互いに控え目に振る舞います。    意識の対立がないというわけではありません。虫の好かんヤツというのも 誰でも一人や二人いるものです。でも とにもかくにも まづは 話を聞くという姿勢です。  競争型でも というよりは 競争型においてこそ 話し合いはむしろ活発だとも思われます。  ただしたぶん ひとつの土壌としては 互いにその話し合いは 経済的にせよ政治的にせよ(かつては 軍事的にせよ) チカラ関係の問題であるという意識がつよいのではないかと推し測られます。  ちなみに 日本社会は――その神話をも加味して捉えるならば―― 市民社会がいま言っている西欧社会の競争型(あるいは 遊牧民ないし騎馬民族型)における典型としての《チカラづくでの対話》にも遭いました。いまのお二階さんと言うべき公民圏――いまでは 市民政府を標榜していますが――を形成したアマテラス族からの言い寄りです。  つまり スサノヲ市民たちは この《意識の対話》において けっきょく《くにゆづり》をしました。それだけ優秀で品行方正なるあなた方であるのならどうぞ思う存分に くにを経営してみてくださいと言って 道をゆづりました。  これが こんにちにまで来ています。  アフリカ社会を例にとって 《民衆暴君型》と名づけたものは こうです。  ◆ (『アフリカ的段階について』 ヘーゲルを解剖学した世界観?) ~~~    http://y-bat.txt-nifty.com/doyo/2009/01/post-8de9.html  ( a ) そこには殺生与奪権を独占し自由に行使できる王がいる。  ( b ) しかし、民衆は豊穣と生活の保障と引き換えに王を認知しているのであって、不作や疫病があれば王は民に殺されてしまう。  ( c ) 生命の等価交換(という原始的なシステム)の上に成り立っていた頃の世界がそこにはある。  ( d ) 民衆と王は等価なのだ。  ~~~~~~~~~~~~~~~~~    それでは あらためて掲げますが 次のように孟子が説く内容は 中国社会を反映しているのか? 反映しているなら それは どういう類型として捉えられるか? になると思います。  ■ (孟子:尽心章句) ~~~~~~~~     人民がもっとも重要で 土地の神と穀物の神である社稷はこれに次ぎ 君主はもっとも軽い。   だから衆民の人望を得ると天子になり 天子のお気に入ると諸侯になり 諸侯のお気に入ると太夫になる。   諸侯が社稷つまり国家を危機に陥れると 退位させられる。肥え太った獣を犠牲とし 清浄なお供えをささげ決まった時期に祭祀しているのに 干害・水害がおこったならば 社稷の神自体を新しい神に変える。    (尽心章句 下 貝塚茂樹訳)  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  アフリカ型に近いでしょうか? 欧米型にでしょうか どうでしょうか?

awayuki_cn
質問者

お礼

 再びありがとうございます。どれどうでしょうね。少なくとも(α)ではないと思います^^。本当にありがとうございました。 

回答No.9

僕は今まで海外コンサルとして30カ国以上で仕事をしたり旅行をした中で、 世界各地における性格的特徴を実感しました。 日本人の気質を構成している文化的特性の大きなものは、「ジャポニカ米稲作 農耕文化」と「島国文化」です。 前者は、稲作農耕=集約的農法による大家族制&地域コミュニティの協調性 +年間を通じた計画的生産による几帳面さ+単位面積あたりの収量の大きさ による人口密度高さでの上下関係重視+年1回の収穫で食いつなぐ忍耐力 といった、血液型A型の性格の起源です。 ジャポニカ米栽培地域は、苗時期の潅水が必要な事からも分かるように、梅雨 のある温帯モンスーン地域(および常緑照葉樹林帯)と一致して、ブータンから 雲南~中国・江南地方~日本に広がっています。 そこは世界でも数少ない血液型A型がマジョリティを占める地域なのです。 血液型などというと怪しい占いのようですが、実際、血液型は細胞表面に分布 する自他の識別のための分子であり、直接性格に関係するとは思えません。 しかし、そうした遺伝子の濃度に地域的偏りがあるという事は、交配せずに 隔離されていた集団である事を意味し、何らかの文化的排他性が背景にある 事がうかがわれます。 一方、島国文化は、限られた土地にいつも同じ顔ぶれが暮らす事により、自己 抑制的になり、自分の意見を強く主張せず周りに合わせる日和見的な性格に つながります。 これは一見、先述の稲作農耕文化と似ているようですが、通常、島国文化は 熱帯の狩猟採集文化(O型)と重なる事が多く、その適当な性格と重なると、 仕事での会話であっても、「Aか?」と聞くとたとえBであっても「Aだ」と答え、 後でトラブる事がしばしばで、A型のマジメな集団主義とは異なる、適当な 集団主義だと言えます。 とはいえ、このジャポニカ米稲作農耕文化も島国文化という、世界における 二大集団主義文化のオーバーラップした数少ない地域である日本(他には 島国に類似した山国(隔離された谷間が島のはたらきをする)のブータン)は、 世界でも稀に見る強力な集団主義文化であり、それが近代の工業化の大量 生産に有効に働き、アジアで日本だけが急速に近代化したのです。 あなたの母国・中国は、先ほど江南地方はジャポニカ米稲作農耕文化と 言いましたが、北部はモンゴル~中東に続く遊牧文化圏=B型地域であり、 その家族単位で雨を追って移動するゴーイング・マイ・ウェイぶりが、大陸 文化の国境が定まっておらず常に争う事による自己主張の強さと重なる時、 欧米と同様の我の強い個人主義となっているのです。 かの万里の長城は、敵を防ぐというより遊牧文化の強力な攻撃力の源となっ ている可動生産力=家畜の移動を防ぐのが目的だったと聞きます。 中国の歴史は、北から侵入して来た遊牧文化によって南の農耕文化が 支配される事のくり返しで、A型とB型の相性の悪さは、かの世界最大の 建築物を生み出すほどであった、というオチで。

awayuki_cn
質問者

お礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。AもBもあるAB型は中日のよい理解者になるような気がします^^。参考になりました。本当にありがとうございました。

  • pluto1991
  • ベストアンサー率30% (2015/6674)
回答No.8

国民性や歴史のことも話したいのですが、他の人が回答しているので、私は教育の事を書きます。 マナー、道徳、民度 というと抽象的ですが、一番現実的な言葉に代えると「道徳教育を受けている」ということです。 学校にしても、親からの教育にしても。 これは、「国民全員が」 というのがすごく大切なことなんです。 道徳水準、民度、というのは最低レベルの人が足を引っ張って平均が決まってしまうからです。 たとえば、日本人が中国に行くと、翌日からタバコのポイ捨てを始めます。立ちしょんします。ニセモノDVDを喜んで買いますよ。 なぜかというと「他の人もしているから」なんです。 中国では義務教育が100%を達成したと言っていながら、現実には学校に行っていない子供がいますね。 そのように、教育を受けていない子供、教育を受けていない親が、例えば、列に並ばない。みたいな「やっていいこと」「わるいこと」という単純な判断すら出来ないため、その人は列に並ばないです。 列に並ばない人がいたら、他の人だってあとから来た人より早く進もうとして、結局みんなが並ばないことになってしまうでしょう。 教育を受けていない人が来ない場所。たとえば空港のタクシー乗り場ではみんな並びますね。高級ホテルのロビーでつばを吐く人はいませんね。百貨店の通路でゴミを捨てる人もいないですね。 つまり他にやっている人がいないからなんです。 これが「国民全員が教育を受けている」 のがすごく大切だと言う理由です。 教育を受けていない親がいなくなり、教育を受けていない子供がいなくなる。その時、中国のマナーは確実に変わると思います。 つまり、あと50年後です。

awayuki_cn
質問者

お礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。とても参考になりました。本当にありがとうございました。

noname#180711
noname#180711
回答No.6

 難しい問いですが、確かに外国と比べると日本は特殊ですね。ルールを守ろうとところが特殊です。それはなぜか?と聞いているのだと思いますが、私は「皆がしていることは自分もしなきゃならない」と考えるメンタリティがあるからだと思います。

awayuki_cn
質問者

お礼

 早速のご回答ありがとうございます。考えさせられたお言葉です。参考になりました。本当にありがとうございました。

回答No.5

 こんにちは。  孟子の次の思想を 日本は受け容れなかったと言われます。その違いが 《礼儀ただしい》とも《事なかれ志向》とも感じられる《おとなしさ》を生んでいると見られます。  ■ (孟子:尽心章句) ~~~~~~~~     人民がもっとも重要で 土地の神と穀物の神である社稷はこれに次ぎ 君主はもっとも軽い。   だから衆民の人望を得ると天子になり 天子のお気に入ると諸侯になり 諸侯のお気に入ると太夫になる。   諸侯が社稷つまり国家を危機に陥れると 退位させられる。肥え太った獣を犠牲とし 清浄なお供えをささげ決まった時期に祭祀しているのに 干害・水害がおこったならば 社稷の神自体を新しい神に変える。    (尽心章句 下 貝塚茂樹訳)  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  《君主がもっとも軽い》とは受け容れられなかったようです。  いわゆる《革命――禅譲も易姓も――》も受けつけなかったようです。

awayuki_cn
質問者

お礼

 早速のご回答ありがとうございます。絶対的に服従することですね。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

  • take-on3
  • ベストアンサー率14% (176/1183)
回答No.4

追記させて下さい。 拝読する限り、あなたのほうが常識的日本人よりも遥かに礼儀正しい!!

awayuki_cn
質問者

お礼

 再びありがとうございます。がんばります。

  • take-on3
  • ベストアンサー率14% (176/1183)
回答No.3

日本人は礼儀正しい。 確かにそのような意見をよく耳目します。 しかしながら日本人である私はどこが?と思います。 多くの場合、その評価を下さった諸外国の方々のお世辞か、 比較対象としている国々の礼儀が余程酷い状態なのだと思います。 礼を欠いた回答で申し訳ありません。

awayuki_cn
質問者

お礼

 早速のご回答ありがとうございます。自覚しております。参考になりました。本当にありがとうございました。

  • gldfish
  • ベストアンサー率41% (2895/6955)
回答No.2

時代によって多少の程度の違いはあれど、「礼儀正しさ」はそれこそ武士の時代(それ以前はよくわかりません・・)から続く日本人のアイデンティティそのものだと思います。 日本人が重要視する1つに「協調性」が挙げられます。日本では人との関係に「調和・安定」が強く求められるのです。アメリカや中国のように、その時々の利害関係や環境の変化で「味方になったり敵になったり」といった、割り切った細かな関係の変化が、気質的に合わないのだと思います。 で、他者と「強調」するためには何が必要か・・・つまり他人への敬意や気遣いといったことが自動的に必要となってくるのです。それが長い間に「礼儀・作法」といった形式になっていったのかもしれません。 そして「協調」を達成する為には、自動的に「周囲の顔色を伺って、本音を率直に言わない」といった副産物も出てきます。・・・そこにも中国人との大きな違いを感じるのではないでしょうか? で、そもそもなぜ「協調性を重んじる」国民性になったのかですが、1つは「狭い国土の中に、大きな文明と人口を築いたこと」ことが真っ先に挙げられます。ですから「協調性を意識している」というよりも、「ごく当たり前のこととして他人と協調しないと、収集がつかない(社会が機能しなくなる)」といった方が正しいです。 島国日本はどこへ行っても、人人人。そしてそのみんなが協調して暮らしているのですから、そこに馴染まない限りは、「居場所」が無いのです。この点は、「逃げ」が効く(この意味わかるでしょうか・・)大陸との違いかもしれません。 中国人からすると「礼儀正しい」のかもしれませんが、日本人からするとそれはごくごく当たり前のことで、日本人からしてみるとむしろ中国が「なんであそこまで道徳も他者への敬意も無くて、無作法でいられるの?」って本気で不思議に思ってると思うんです・・・すみません。これは悪意ではなく、中国人であるawayuki_cnさんに合わせて率直に言いました。「日本人は礼儀正しい」と言ったのは、やはり中国人であるawayuki_cnさんからすれば「中国に比べて」という意味だと思いますので。

awayuki_cn
質問者

お礼

 ご丁寧に教えていただきありがとうございます。日本人は中国人よりずっと礼儀正しいと素直に認めております。いろいろ参考になりました。本当にありがとうございました。

  • wiz0621
  • ベストアンサー率42% (182/430)
回答No.1

古代の中国、斉の国の宰相である管仲の言葉に 礼節を知るのは着る物や食料が足りてからというのがありますよね。 (日本では倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る、と書きます。中国語で書くと文字化けしちゃうので・・・) どのような国であっても、礼節を知る人と知らない人はいるでしょうから それが民族や文化に由来するものと仮定することは、そもそもおかしいのではないでしょうか。 かつて、日本も貧乏な時代には治安が非常に悪かったですし、官憲も応じて攻撃的でした。 近年そういった不安定さが減ったのは、ひとえに衣食が足りているためではないでしょうか。 衣食が足りれば、より大きな視点を持つ余裕も生まれてくるのです。 もちろん、衣食が足りなくなれば話は別です。 私は先年、一時的に食糧供給やインフラがストップした地域で活動していたのですが、 そのときには報道と違って、かなり治安が悪化していました。 それでも暴動や社会の崩壊にまで至らなかったのは、「いずれ安定した生活に戻る」 「恥を知らない行動を取れば、将来元に戻ったときに大きなデメリットになる」という ことまでを考える余裕があったためではないかと思うのです。 礼節とは、社会を円滑に動かす潤滑油のようなものであって、 短期的には面倒でも、より長期的な視点では充分な利益をもたらすものです。 その長期的視点を持てたのは、それまでの生活が豊かであったためでしょう。 結論として日本が変わったとすれば、 過去とは違って食べるものが充分にあって、生活が安定したためです。 一方で、もし仮に、経済的に豊かになったとしても、礼節を知らない国があったとすれば、 それはその経済や得た地位が不正や一時的な偏りによるものであって、簡単に崩壊するような あやふやな土台の上にあると本人が自覚しているのか、 そもそも豊かさが回ってきていない人が多いためではないでしょうか。

awayuki_cn
質問者

お礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

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