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歳をとると感受性が鈍くなるのに、涙もろくなるのはなぜ?
歳をとると感受性がにぶくなり、感動しにくくなるように思います。しかし、一方で、涙もろくもなるような気がします。なぜでしょうか。
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人生経験を積むことによって「慣れ」が生じ、ちょっとくらいのことでは「おお!」と感動することがなくなる。 反面、人生経験を積むことによって、若い頃にはぴんとこなかった、人の気持ちがわかるようになってくる。わが身に置き換えたり、かつて経験した似たようなことから容易に感情移入できるようになって、ホロリときたりする。 そういうことではないでしょうか。
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- marutaka
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「物事」とは社会一般的な出来事ですが、この場合より厳密に言えば、対人関係における情緒的交流、並びに他者への配慮等のことと言えます。
お礼
ありがとうございます。「対人関係における情緒的交流、並びに他者への配慮等」が鈍感になるということですが、周囲の人間で観察する限り、こうした傾向はあまり見られないような気がします。むしろ、鈍感なのは若い人の方ではないでしょうか。文化差かもしれませんが。
- torauma
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入力情報に対して、主観の参照データがやたらと増える上に、データ間の関連(連結)性が高まるためだと思います。 夢をみて勝手に一人泣きしているようなもの! ではないかと思います。 自分のことなので
お礼
ご回答ありがとうございました。 >データ間の関連(連結)性が高まるため これはいえるでしょうね。頭はよくなる気がしますが、感情的なものにも、いろんなことを結びつけているのかもしれません。
- itab
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同じようなことを考えたことがあります。 (生理学的見地からではありません) その人の感情の量×質=一定だと考えられないでしょうか。 若い頃は、恋愛や友情、また行動範囲などで大量の感情への刺激があるため、質としてはレベルが低い。 (いちいち泣いていては、きりがない) それ以外の年代の人たちは、少量だが質的に高レベルになり感情表現に表れる・・・。 全くの私見です。ご参考までに。
お礼
>それ以外の年代の人たちは、少量だが質的に高レベルになり感情表現に表れる・・・。 そう思いたいですね。私個人的な経験からして、ニセモノにはだまされなくなった気がします。また、別の観点からですが、残りの人生が短くなるにつれて、惜しむように「命モノ」に感動しやすくなるような気もするんです。 圧倒的に感じなくなったのが「くやしい」という感情です。不要といえば不要ですが。これがない分、伸びもないように思えて。 ありがとうございました。
- marutaka
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前の方の回答とほぼ同じですが、思うところを述べます。 加齢と共に大脳の器質的退行現象(脳細胞の解体)が生じ、結果として物事等に鈍感になります。しかし一方で、感情を抑制することが困難となり、涙もろくなると言えます。 乳幼児の場合を考えると、彼らも大脳の発達が未熟であり、ある意味では加齢現象の逆といえます。よって、彼らも感情のコントロールが困難で、容易に泣きます・・当たり前すぎますね。
お礼
ありがとうございます。 分かりやすかったです。脳細胞の解体スピードを遅らせるいい方法があればいいのですが。「物事等に鈍感」の物事とは具体的にどういうものなのでしょうか。わかりましたら、教えてください。
- apple-man
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ちょっと夢のない話かもしれませんが、 大脳皮質の機能が低下して、感情が コントロールしにくくなるからです。 分かりやすい例としては、見たのも 感じたことを全てしゃべるという行動が ありますよね。 電車の窓から見えるものを、小さな子供は いちいち言葉にすます。 「あー、大きなおうち、ほらほら、信号・・・」 みたいに。 これは脳の発達が未熟なためです。 同じようなこと、お年よりがよくやって ますよね。 「あー、ほらほら、危ない、危ない、危ない・・ ほら転んだ・・・」 なんて見たままの状況をいちいちしゃべるおばさん っているじゃないですか、これは脳の老化が進んで 子供と同じように感情のコントロールが効かなく なっているからです。 見たものを言ってみたいという感情が抑えられないのです。 同じ理由で、悲しいと即涙するようになって しまうのです。悲しいという気持ちをコントロール するクッションがなくなるといった感じでしょうか。
お礼
子どもの未熟な脳とお年寄りの老化した脳は、同じようなことをさせてしまうということでしょうか。確かに子どもに返るなどといいますけれど。 「悲しいという気持ちをコントロールするクッション」なるほどですね。
- himekou43-e
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こんばんは。 >歳をとると感受性がにぶくなり・・ 「感受性」は、かなり個人差があると思われ、一概に「感動することが減る」、とは言い切れないと思います。 強いていえば、経験(あらゆることの)を積み重ねることによって、世の中の裏表が見えてくるというか、若いときのような「新鮮な驚き」を感じることが減る、とは言えるでしょうね。 若いときなら聞き流していたような言葉でも、私らの年代(50代)になると、共感して思わずホロリ、ということはよくあります。 例えば「阪神・淡路大震災」のときのエピソードで、 家屋の下敷きになった人を、火が迫ってきて助けられなくなってきたとき、その人に「オレはいいから逃げてくれ」と言われた、なんて話をきくともうダメです。 若い人からみると、「なんでそんなことで?」と思われるようなことでも涙ぐんだりしている自分が、ちょっと恥ずかしいときもありますが・・
お礼
>家屋の下敷きになった人を、火が迫ってきて助けられなくなってきたとき、その人に「オレはいいから逃げてくれ」と言われた、なんて話をきくともうダメです。 神戸大学の学生の話ですよね。私も何度思い出しても涙ぐんでしまいます。 >経験(あらゆることの)を積み重ねることによって、世の中の裏表が見えてくるというか、若いときのような「新鮮な驚き」を感じることが減る、とは言えるでしょうね。 本当にそれだけでしょうか。ならいいのですが。生き方にもよるのでしょうが、どうも、最近、熱い感動に出会ってないもんで。 ありがとうございました。
お礼
「慣れ」であることは、十分考えられますね。 今、ふと思ったのですが、感動する対象が少し違ってきたようにも思います。道端の花に感動したりすること、若い頃にはなかったような。 ありがとうございました。