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英語における「未来形」について
過去形が助動詞などを用いずに表現されるのに対して、 未来形は助動詞を用いて表現されるのはなぜなんでしょうか? 動詞の過去分詞型を作るくらいだったら、「未来型」みたいなのを作っても良かったんじゃないでしょうか? 明確な答えではなく、みなさんのご意見でもいいので、回答お願いします。
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私が普段勝手に思っているのは、本格的に言語というものが誕生した当時、 人類にとって今をどういきるが大事で、未来のことなど考えることはなかった。 だから、当然現在形というのは存在し、英語では基本形である原形に近づき、 日本語では終止形で現在を表します。 そして、過去のことは教訓とする。 今を生きるために過去のできごとは大切。 だから過去形も存在する。 その後、未来についても考えるようになり、 英語であれば「欲する」を表す一般動詞だった will が未来を表す助動詞となった。 ただ、あくまでも「今」を起点に、先へ向かって。 「過去」を起点にすると、would という過去形になる。 結局、「現在」と「過去」というのが常に二本立てで存在している。 英語でも現在形で未来を表す場合がありますが、 日本語の場合、「でしょう」とか「つもりです」をつけて表すこともあれば、 単に「する」という終止形で済ますことが多いです。 そこに日本人が英語の時制で悩む原因にもなっています。
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- trgovec
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古典語であるラテン語、ギリシア語には固有の未来形がありました。英語が属するゲルマン系はどうかと言うと、もっとも古い文献が残るゴート語においても未来形は記録されていません。 ところがラテン語、(古典)ギリシア語の末裔は固有の未来形を失い、助動詞を用いる方向へ変わりました。その助動詞も形骸化し、本来の意味よりも未来を表す語尾や助詞のようになり話者にとっても助動詞本来の意味は感じられず、その本来の意味を表すには別の動詞を組み合わせるようになっています。 今日、ヨーロッパ系言語で固有の未来形をもつのは、知る限りではバルト系(リトアニア語、ラトビア語など)のみで、その他は助動詞を使うか、助動詞由来の語尾や助詞を使うようになっています。 未来の意味を作る助動詞(由来のもの)は、「成る」「欲する」それに義務の表現によるものです。英語(will)、 北欧諸語で vil の形をもつもの、南スラブ系、現代ギリシア語などは「~するつもり・~したい」を助動詞としたものが意味が弱まったもの、ドイツ語、ロシア語は「~するようになる」、英語(shall)、オランダ語、北欧諸語で skal の形をもつもの、フランス語等*ロマン系は義務の表現に由来するものを未来の表現に用いています。他に動詞自体が「~してしまう」という意味を持つものはそれだけで自ずと未来の意味になるため、それを未来に用いるものもあります。 *ロマン系では未来形の語尾として -r- を含む形が使われますが、これは フランス語 finirai(終えるだろう)← finir(不定詞)+ ai(「持つ」という動詞) 英語の have to に似たような表現が発祥であろうと言われています。 未来形に限らず完了形や受け身なども、動詞一語(synthetic)で表すより二語以上(analytic)で表す方へ変わってくる傾向が大体あります。語尾がすり減って一語では区別しづらくなったことや単語が多い方が分かりやすいということもあるでしょう。英語やスペイン語のように進行形という新しい時制を作り出したものもあります。単なる現在形や過去形と使い分けることで意味が明確になります。 古い時代の英語には未来形という特別な形はありませんでしたが、確定的でまた特に含意なくこれから先のことを表現するには現在形を使っていました(これは他のヨーロッパ語では今でもよく見られること)。進行形もなかったため現在形は、現在のこと、現在進行中のこと、習慣的なこと、未来のことを表現しえたわけです。ただ、「~するつもり」という意思未来であれば will を使い、これからしなければならない事には shall を使うこともありましたが、単純未来というようなものの確立はずっと後になります。
お礼
回答ありがとうございます。 すごい知識量ですね・・・・・ 圧倒されてしまいました。 英語の親戚関係にある言語を調べることも重要なんですね。
- myrtille54
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>そういう隠喩を含んだ質問だと解釈して間違いないですかね?? すみません、つまらないジョークでした。しかし、oubliさんがすばらしい回答をされております。抽象的で意地悪な喩えになってしまいましたが、私が言いたかったのは 要するにこういうことです。 またまたフランス語の例を持ち出して恐縮ですが、フランス語では逆に 単純過去という時制が話し言葉から完全に消失してしまいました。それで、普通の過去には 複合過去と言って 英語の現在完了に似た形を用いています。 やっぱり、言語は進化の過程で何らかの理由で 昔あったものが使われなくなるうちに廃れるようです。
お礼
下らない勘ぐりをして申し訳ございませんでした・・・・ >やっぱり、言語は進化の過程で何らかの理由で 昔あったものが使われなくなるうちに廃れるようです。 言語っていうのは、人間の生活や環境と密接に関わっているんですね。 もっとインターネットなどを活用して調べてみたいと思います。 先程の私の「お礼」において、失礼な表現があったことをここでお詫びします。 相手の表情のわからないインターネットにおいて、一番してはならないことだったと反省しております。 二度も回答していただき、本当にありがとうございました。
- Oubli
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英語の大昔の祖先である印欧祖語には動詞活用として未来形があったようですが、ゲルマン祖語の段階で消失しました。そのかわりに助動詞を使って未来の意味をあらわすようになったのですね。同じゲルマン語系のドイツ語と英語の助動詞の使い方はとても似ています。動詞活用としての未来形が残っていたら、その形を覚えなければなりませんが、助動詞ですますやり方はより簡単だといえます。 ちなみに、日本語の助動詞は英語等の印欧語の動詞活用に相当しますが、日本語に純粋に未来をあらわす助動詞はありません。 私はそこへ行く。-形式上は現在ですが、習慣、意志、単純未来などを表す。 I will go there.-現在とは別であり、意志や単純未来を表す。 動詞の未来形は日本語の方が英語よりもさらに不明確です。でも解釈上全く困らないですね。
お礼
回答ありがとうございます。 >動詞活用としての未来形が残っていたら、その形を覚えなければなりませんが、助動詞ですますやり方はより簡単だといえます。 確かにそうですね。 そういうことも含めた上で、助動詞による未来の表現ができたのかもしれないですね。 参考になりました。
- love_pet2
- ベストアンサー率21% (176/826)
そうなんです。 つまり未来形なんてないんですね。
お礼
回答ありがとうございます。 未来時制、と言ったほうが語弊がないでしょうかね。 失礼しました。 読みにくい文章を読んでいただき、ありがとうございました。
- myrtille54
- ベストアンサー率23% (120/502)
私もよく分かりません。フランス語なら動詞に未来形がありますけどね。 未来形は英語と同系のドイツ語にもありません。ですから、これは英語よりもっと前のゲルマン語まで遡って考えないと分かりませんね。 逆に質問です。鳥も爬虫類も卵を生むのに どうして人間は卵を産まないんでしょうかね?
お礼
回答ありがとうございます。 >逆に質問です。鳥も爬虫類も卵を生むのに どうして人間は卵を産まないんでしょうかね? 随分、答えに困る質問ですね^^; なるべくしてなったとしか・・・・・ 強いて言うなら、生育環境の安全性が関わっているんじゃないでしょうか? つまり、この質問同様、未来形ができたのも理屈で説明できるものではなくて、なるべくしてなったものだということでしょうか?? そういう隠喩を含んだ質問だと解釈して間違いないですかね?? イマイチ自信がないですが(笑)。
- WiredLogic
- ベストアンサー率61% (409/661)
現在や過去のことでも、推測や何やらを含む表現には、助動詞(や相当品)を使いますよね。 未来の話であれば、意志だとか、推定を含まない話はあまりないので、助動詞を使うのではないかと… 実際、確定している度合いによっては、未来のことでも、現在形で言えたりしますしね。
お礼
回答ありがとうございます。 助動詞の成り立ちには、人間の意志が大きく関わってるのかもしれないですね。 とても参考になりました。
- gldfish
- ベストアンサー率41% (2895/6955)
ドラえもんのタイムマシンネタに慣れた日本人には、「過去」と「未来」は同じ軸上の要素、あるいは相反する同質の要素と考えるのはポピュラーな考え方なのかもしれませんが、実際は人間にとって「過去」と「未来」、これらは全く別モノなのではないでしょうか。 「過去も未来も1つの(時間という)軸上のもの」と受け取るのは、ある限られた文化圏の1つの「観念」なのかもしれません。もしかしたら原始的な生活をしている情報が隔離された文化圏や、過去の文明では、必ずしもそうではなかったのかもしれません。 「過去」はもう起こっているまさしく「現実」であり、誰にも変えようがないですが、「未来」というのはまだ形も何も成していないですし、「未来に必ずこうなる」と決まっている訳でもありませんよね。また「こうだ」という共通意識も無い訳です。 それだけでも「同様に扱わない」理由には充分なるのではないでしょうか。 実際、英語においての過去形は「過去の事実」に違いないですが、will, shallが表すのは「未来の事実」ではなく、予想だったり予定だったり希望だったりしますよね。 ・・・という風に、答えは全く知らないので適当なことを言ってみました。ご参考までに。
お礼
回答ありがとうございます。 参考になりました。 >実際、英語においての過去形は「過去の事実」に違いないですが、will, shallが表すのは「未来の事実」ではなく、予想だったり予定だったり希望だったりしますよね。 なるほど。 たしかに、「未来における確定的な事実」を表現する際には、現在進行形が使われたりしますよね。 個人的な意志が絡まると、助動詞を使ったりする、ってことなんでしょうかね?
お礼
回答ありがとうございます。 >私が普段勝手に思っているのは、本格的に言語というものが誕生した当時、 人類にとって今をどういきるが大事で、未来のことなど考えることはなかった。 とても面白い意見ですね! 文明がかなり発達した現代でこそ、「今」を生きるのはほとんどあたりまえだと思われていますが、言語が作られ始めた時代には、「今」さえも生きるのが困難であったりしたんでしょうね・・・・。 そう考えると、安心して未来を考えられるのはとてもありがたいことだって分かりますね。 参考になりました。