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粗野

私は粗野である。 この粗野は変えられない。 粗野であるがままに生きる道とは?

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noname#130919
noname#130919
回答No.5

短い質問文なのでわかりませんが、「粗野」の性質によると思います。思いやりの欠如やマナー違反のことを言っているなら、改善した方がいいでしょう。しかし「粗野」が「文化的ではない」という意味なら、それ自体は気にする必要がないものです。というのも、文化的洗練などはアテにならないものです。自分の努力の他に、都会で生まれたか、高学歴か、名門の生まれかなど、環境的な要因も関係します。確かに東京生まれで、東大卒、父親が著名人となれば、その人の言動は意識せずとも洗練されています。代々学者の家系などとなれば、随分と様子が違うものです。 しかし各人の生には重みがあり、洗練され切らない粗野さが、人それぞれの面白さであるといえるでしょう。粗野であろうと文化的であろうと、立ち振る舞いは自分の人生の積み重ねであり、その一つ一つに理由を見出すことはできるはずです。ただし自称文化人らのコミュニティーは偏狭なようですね。エスニシティと呼びますが、私はそうした保守的な態度に懐疑的です。保守的な人ほど、大きなコンプレックスを抱えているものです。 視野を広げれば、洗練という概念など、美術史において、何度も流転しています。ヘーゲルにおける芸術の死、また小林秀雄による儚さの評価など、突出した評論家が現れると、通念そのものが変化してしまうものです。普遍的な洗練など無く、時代や国によって洗練の概念は異なります。他人の作った基準に当てはめて己を悩むだけ、虚しいものです。 洗練について一つ確かなことがあるとすれば、自分に自信をもつ根拠を自分自身で持てること――それだけだと思います。そのためには他人の真似などなさらず、自分らしさを改めて考えることだと思います。いっそ良寛のように開き直った方がいいでしょう。 よい俳句だと思いますよ。

noname#156094
質問者

お礼

裏をみせ表もみせて散る紅葉 (良寛) あるがままって素晴らしい・・・と言って・・・いいのでしょうね 世の中の裏表、人生の裏表・・・みなきれいに見えるって 皮肉ではなく、素直にそう見えるっていうのは何かしら大きなものを感じます >各人の生には重みがあり・・・ >立ち振る舞いは自分の人生の積み重ねであり >他人の作った基準に当てはめて己を悩むだけ、虚しいものです そうですね 裏も表も粗削りのままで終わってゆく人生だと思えてならなかったのですが 変えようがない過去が粗野であったと見る事ができたのは、自分らしさの確認であったのかもしれません。 ただ、そこに一抹の虚しさが付きまとうのは、これでよかったのかという思いです。 もっと上手い、きれいな生き方があったのではないのか・・・といった >いっそ良寛のように開き直った方がいいでしょう 良寛さんは印可を受けた別格の人だったのでしょう 印可状を肌身離さず持っていたそうですが 印可を受けた時に、この世での事は終わったといった感じだったのかもしれません あとは、おまけの人生だったのではないかと 開き直った、おまけの人生だったのではないかと・・・ 私も開き直れればいいのですが・・・ お礼に俳句を書きます 刈らざりし道の端花野となりにけり 旧街道冬コスモスの余韻あり 菊みれば光陰すべて矢の如し ありがとうございました。

その他の回答 (10)

noname#122986
noname#122986
回答No.11

hetanosukeさん    粗野で良いではありませんか。  大きな問題では無いと思います。  hetanosukeさんには、求めるている  ものがあると思います。  本気で求めれば、脇道にそれている  暇は無いと思います。

noname#156094
質問者

お礼

ありがとうございます。 お言葉身に沁みいります。 時を粗末にしないよう心がけたいと思います。 ありがとうございました。

回答No.10

#3、#6です。 お礼欄を使用して、慇懃無礼に回答者を揶揄するところなどが、正に粗野ですね。 しかし粗野であることが問題なのではなく、「この粗野は変えられない。」という我執が問題でございましょう。 繰り返します。 粗野を脱し、洗練を目指しなされ。 自己否定から始め、人間成長するのに年齢制限はございませんよ。

noname#156094
質問者

お礼

度重なる無礼にもかかわらず、ご回答を幾度もお寄せ頂きまして誠に有難うございました。

回答No.9

 No.7です。  ★ ブラジュロンヌさんの旺盛な論戦意欲にはいつも感心させられています。  ☆ この言い回しが《粗野》です。やや粗野すぎます。  粗野でなく社交辞令に富んだ表現は  ○ 真理の探究に余念がない  ☆ でしょうね。少なくともふつうに  ○ 旺盛な問い求めの意欲  ☆ と言うところでしょう。    ★ ~~~~~~~  またお会いしましょう。  ありがとうございました。   ~~~~~~~~~  ☆ この表現には 《もう来るな》という上品なメッセージが含まれていると取るひとは取るでしょうね。  その制止をも聞かず いぢわるの虫がうごめき出し これに粗野にもわたくしは従いました。これは わたくしにはめづらしい仕返しです。仕返しのたぐいではないかと問われれば返す言葉のない――粗野をとおりこして――失態の部類です。  たぶん粗野をつらぬくというのは こういうふうに 相手とのかかわりを閉ざすことなくイヤミを言うことでしょうね。イヤミや失態では ブッダには負けますから それほどひどくはないとみづからをなぐさめています。  こういったマの取り方も 見ならってください。損はしません。  * あぁそれからこの質問には 《粗野》の定義もしくは喩え話がないので 回答者は面食らうでしょう。あぁわたしは何て心やさしくひとをいぢめることでしょう。

noname#156094
質問者

お礼

ありがとうございます。 失礼ながら、常に楽しまれているようにも拝察いたします。 その余裕といったものが羨ましくも感じられます。 ご自身の主観といったものを強く打ち出されながらも、人に嫌われないところがブラジュロンヌさん流なのでしょう。 幾度もお答えを頂きましてありがとうございました。

回答No.8

こんにちは。 一見「粗野」に映るダイヤモンドの原石。 これが古来より珍重されてきたのは、現代の私達が想起するところの眩いばかりに光り輝く洗練された美しさなどにあるのではなく、その異様なまでの《硬さ》にありました。 昔の人々は未知なる神秘性や呪術性を見出していたのであろうと察せられます。 ダイヤモンドを研磨することにより、どうやらかなり光るらしいということがわかったことなど、たかだか二~三百年前に過ぎないのです。 仏教に金剛という用語があるそうですね。 今から僅か百二十年ほど前に南アで鉱山が発見されるまで世界で唯一インドがダイヤモンドの原産地だったこととも少なからず関連性が見出されるのでしょうか。 自分の心を知りあるがままに生きる道というのは言うが易し、難儀なことと拝察致します。 自身の原石をこっそり時に手に取り眺め、それをひっくり返したり粗野に映るか否かなどを思わず確かめてしまうことだってあり得ましょう。 誰の人生でもないhetanosuke様流の生きる道。 これからも《強い志のもと堂々と邁進》なさっていただきたく、そしてまた、後塵を拝する者の道標にと心より願っております。 失礼致しました。

noname#156094
質問者

お礼

励ましのお言葉ありがとうございます。 気が付いた事があります。 私にとっての粗野とは、自らの主観を過信するところから来ているのではないのか、といった事です。 自らの主観に拘りすぎる余り、もの言う事を客観的に整えぬまま提示しているおそれがあるように思えるのです。 そうした見方からすれば、許される粗野と許されぬ粗野があるのかもしれませんね。 ・・・・・ また旅に出たくなりました。 ちょっと書き置きをしていきます。 落ち尽くし掃き尽されて冬の木々 朝戸出や未練なきこと石蕗の花 ありがとうございました。

回答No.7

 こんにちは。  ★ 私は粗野である。  ☆ その存在の全体が粗野であるひとは おそらくいないでしょう。人格のすべてが 粗野で満ち満ちているというひとは いないでしょう。いても どうってことはありません。  どうってことはあるというひとは 自分自身をあたかも鏡に見ている恰好になって そのことにあわてふためいているだけのことだと思います。  ★ この粗野は変えられない。  ☆ いいえ 粗野という性質を変えられないことはないでしょう。  ただし 自分の意志として変えないと言っているのでしょうか?  それは ありうるかも知れません。それだけのことだと思います。  ★ 粗野であるがままに生きる道とは?  ☆ 直前の事項において 自分の意志で粗野であることを保つという場合にのみ起こる問いですから それは 自分で考え もしそうだとしたら 自分で切り拓いていくことなのでしょうね。  そっけない回答ですが。

noname#156094
質問者

お礼

ありがとうございます。 >自分自身をあたかも鏡に見ている恰好になって・・・ 年のせいでしょうか 鏡だけは澄んでよく見えるようになってきたようです。 見なくてもいい鏡をつい見てしまう・・・愚かなのかもしれませんね。 ブラジェロンヌさんの旺盛な論戦意欲にはいつも感心させられています。 今日のお答えはちょっと優しい感じですね。 またお会いしましょう。 ありがとうございました。 

回答No.6

追加します。 >粗野であるがままに生きる道とは? 俳句を詠もうなどとせんことじゃ。 俳句を詠もうと欲するならば、謙虚に自らを反省し、粗野を脱し、洗練を目指しなされ。

noname#156094
質問者

お礼

へへ~ェお許しを・・・お代官さま~・・・ 分在をわきまえぬ所業、身のほど知らずでございました ちょっとだけ真似事などしてみたかったのでございます・・・お許しを・・・ おそれながらながら申し上げますが この紙と鉛筆だけで済むという貧乏人に合った趣味を取り上げないでおくんなまし・・・ お代官さまご慈悲でござる~ いくら洗っても粗野の垢が落ちないようでございます ボロをまとっていた方が幸せのように感じ入ります 不幸な幸せでございます・・・ へへ~ェ言い訳など滅そうでもございません 隠れて舌など出してはおりませぬ ありがたいご教説、とくと身に沁みいりましてございます ・・・・・・ ではこれにて、、ダンボールの住まいに帰りますので失礼をば お代官さまの門はいつ見上げても立派でございますな・・・

回答No.4

そのあるがあままに生きてるから粗野なんだろ? >粗野であるがままに生きる道とは?  今まで通り生きればいいじゃん。

noname#156094
質問者

お礼

ありがたいお言葉、感謝感激でございます なんとお優しいのでございましょう・・・ 粗削りのままでいいという 彫ったノミの痕さえ美しく感じるような気がいたします 完成しないまま・・・これでよしとしても許される 優しさをありがとうございました。

回答No.3

粗野な人間が洗練された人間と接点を持つと洗練された人間は迷惑で不愉快と思うのじゃないかな。 せめて自分を恥し、自分を変える気が有れば良いが、それも無いようじゃから、洗練された人間、洗練された文化、洗練された社会などにかかわらずに生きてゆけばよい。

noname#156094
質問者

お礼

なるほど・・・ですね。 迷惑不届き千万・・・お下がりなさい・・ですか。 あ~どこまで下がればいいのだろう・・・ 私の下って帰ってゆく世界はどんな・・・ 最近こんな俳句を作りました。 染め尽くす銀杏黄葉の濁りなく  (黄葉=もみじ) 宙に舞ふ小さき冬蝶影淡し 冬の月星遠ざけて青かりし こんなところで自己満足の慰めに浸る事にしましょう。 ありがとうございました。

回答No.2

社会性がないまま生きるなら、反社会・反体制的な存在 =犯罪者か革命家であるか、そうした社会から離脱して、 無人島か山奥で自給自足で生きるか、である。 あるいは、社会性(分業)とは遊離した活動=アートに おいて、その性質を生かす道もない訳ではない。

noname#156094
質問者

お礼

>革命家・・・憧れる言葉ですね。 壊しては作り直す変革の美学といったもの・・・ つまりは私の内に自分も含めた社会というものに納得していないのです。 もう変われない年になって、やっと気付いた粗野という愚かさです。 粗野の一念というやつを、どこに振り向けましょうや・・・ 山奥か・・・芸術か・・・その他か・・・ 迷っているうちに時間が経っていきます。 時間との勝負になっていくかも・・・ こんな言い方も粗野なのでしょう。 ありがとうございました。

回答No.1

度を過ぎた粗野であり、その為に他に迷惑をかける事も多いとする。 原因の粗野性が変えられないのだから、迷惑をかけ続ける事を 宣言している事に通じる。かけた迷惑にはその都度代償を出せば よいと考えているなら生きる資格なし。 粗野であっても、その為に他に迷惑をかける事が特になければ、 通常人のように生きればよい。

noname#156094
質問者

お礼

どうやら生きる資格が無いままに、堂々と生きてきてしまったようです。 皆さんに迷惑のかけっぱなしというか・・・ 馬鹿は死んでも直らない、というご容赦をお願いしましょう。 もう少しだけ生きていたいと思いますので・・・ ありがとうございました。

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