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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:音楽は技術化されているのに、文学はされていないのは何故でしょう?)
音楽の技術化と文学の未技術化の謎
このQ&Aのポイント
- 音楽は技術化されている一方、文学はされていない理由は何でしょうか?
- 音楽には大学や音符、音階などの技術が存在し、世界的に注目されていますが、文学にはそれらがないと感じます。
- 音楽技術の発明は奇跡である一方、文学界にはそのような奇跡は起こっていないと私は考えます。皆さんの意見を聞かせてください。
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- cyototu
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回答No.5
- Mokuzo100nenn
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回答No.4
- cyototu
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回答No.3
noname#123390
回答No.2
- 7inchhalf
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回答No.1
お礼
回答内容と合わせて考えてみて、自分なりの結論を出せました。 音楽は音を保存、もしくは他人に伝えるために音符や音階(←これらを生みだしたことを技術科と形容したのですが、説明不足ですみません)を作りだしました。そしてのちの時代でこれらをつかって創作するようになった。 文学は物語の保存のために文字を作り出した。そしてそれをつかって創作するようになった。 そして結論は、文学も音楽も発展具合に違いはない、ということです。 遅れましたが、ご回答ありがとうございます。足りないところも多く、すみませんでした。ところで同様のことを友人に尋ねたところ、関係はないのですが、面白いことを言われました。それは『音楽や美術は芸術であるけれど、文学は芸術ではない』ということです。 さて、これは何故なのでしょうね?