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読点の打ち方について教えて頂きたいのですが。
読点の打ち方について教えて頂きたいのですが。 小論文などを書いていて、いつも、読点をどこに打つか迷ってしまいます。私は接続詞の後、文章が長くなる時、誤読しそうなところなどに打っています。いつも、訓点だらけになったり、等間隔に打たれていないため、バランスが悪くなったりしてしまいます。何かポイントがあれば、教えて頂けないでしょうか?
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接続詞の後や誤読しそうなところに打つ、という方針はよいと思います。 しかし、質問文を読んでいると、さきに文字が並んでいて後か点を打つ場所を考えているように捉えられます。 その考え方だと、行き詰まってしまうことが多々あります。 読点を打つ場所に悩むよりも、文の構造自体を変えてしまったほうがすっきりする場合もあります。 たとえば、接続詞を別のものにしたり、長い文なら2つないし3つに切ったりします。 極端なことを言うと、読点を打たなければ意味が通じないような文は捨ててしまったほうがいいと思います。 つまり、読点を打つ"場所"だけにとらわれず、できるだけ打たずに済むような文を書く練習をしたほうがいいですよ、ということです。 (もちろん、どんな場合も必要に応じて読点を打つべきですが、"読点ありき"で考えないように)
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- marisuka
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連文節の切れ目に打つ、というのが私の意見です。 例文:(昨日から体調がとても悪かった私は)、(私が小さい頃から頼りにしているかかりつけのお医者さんの所へ)、(保険証も持たずにとりあえず向かった)。 元は「私はお医者さんの所へ向かった。」で、これだけなら読点は打たなくてもいいでしょう。ですが、それぞれにいろいろと修飾語が付いて長くなると、読みにくくなります。そこで、元の分の中心になっている主語と修飾語との後ろに読点を打つ、ということです。 他に打つべき点は、他の回答者様方と同じです。
お礼
ありがとうございました。例文がとても分かりやすく、すっきりと理解できました!
脅迫状や犯行声明などから犯人像を推定するとき,句読点が正しいと教育を受けた人間だと考えるんだそうです。もっとも,プロフェッサーでございという人間でも,提出された原稿の読点がめちゃくちゃで読みにくい人はいますから,完全な推定方法じゃないでしょう。 あなたの読点は,ほぼ適切だとぼくは思いますが,気になるところに手を入れます。これらは,あくまでも個人的な判断です。 >小論文などを書いているとき、読点をどこに打つべきか,いつも迷ってしまいます。 ・「いつも」が挿入されると読みにくいので,直接かかる「迷う」の直前に置く。 ・「書いていて」はちょっと意味がとりにくい。 ・判断なので,「打つか」ではなく,しつこく「打つべきか」と表現する。ここは 心の中の言葉なので,あとに読点を打って分離する。 >私は,接続詞の後、長い文章の意味的な切れ目、および,誤読しそうなところなどに打っています。 ・主語の後にも打つのが標準でしょう。 ・「接続詞の後」と「誤読しそうなところ」は場所を示していますが,「文章が長くなる時」は場合を示しています。これは統一したほうがいいです。 ・3つ以上並列するときは,「および」を入れる。 >その結果,読点だらけになったり,あるいは,読点の間隔に長短ができてバランスが悪くなったりしてしまいます。 ・「~たり~たり」の構文なので,「等間隔に打たれていないため、バランスが悪くなったり」と切られると読みにくい。 >何かポイントがあれば、教えて頂けないでしょうか? というわけで,ちょっとは参考になりましたか? ここでは書けない工夫は,声を出して読んでみることです。ぼくの読点は,「音読できる読点」にもなっているはずです。 なお,ぼくは読点はコンマを使います。これは個人的な好み(ないしは所属している業界)の問題であり,コンマがいいといいたいわけではありません。 ※上の文で,「ぼくは,読点は」「これは,個人的な・・・」と主語のあとで切らなかったのは,それぞれ一気にぼくが発声するからです。条件節などもひとまとまりなので,ぶつ切りにはしません。
お礼
ありがとうございました。よく分かりました。指摘された事は、直していきたと思います。
お礼
ありがとうございました。私にはなかった発想です。そう言われてみれば、私が接続詞をどこに打つか迷った時、新聞や小説の文章を参考にしてみるのですが、私が書いた文章に似たものは、どこにもありませんでした。新聞記者や作家の方は、回答者さんが書いたような事を実践されているのだなと思いました。