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非経済について
長い間、社会の基礎として経済が存在すると信じてきました。 人間が個人で生存できない以上、他者と「相互に依存」しあう以外、個人は存在できないものだと考えていました。 「相互に依存」この部分をすべて経済と考えていたのかもしれません。 最近、非経済という概念が気になっています。 環境問題・ボランティアや人道主義といった言葉も経済的な合理性のなかで捉えていましたし、芸術や文化も経済活動の一環のように考えていました。 このように考えていると「非経済」とはどこに在るのだろうかと言う疑問が湧いてきました、経済を考え直す意味でも「非経済」についてご意見をお聞かせください。
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参考程度に あらゆる関係において経済的かといえば、それはそうではないですね。例えば、太陽は悠久の昔から太陽系のすべてのものに光を供給し続けていますが、其の便益を感受するすべてのものから対価を取っていませんね。経済という概念からいえば、誰かが代理人になって一人当たり月10円といっても良いはずですね。同じ論は地球にもいえますね。私の土地といって売買するけど本当は地球の土地ですね。地球には対価を支払わないですね。卑近な例ですと、りんごの木にりんごがなっています。それを取って1個100円で販売しますが、りんごの木に対しての対価はないですね。りんごの木がもし話せば10円くれといいますかね。という概念で考えると、経済的な対価の概念は人間社会にのみ存在する概念ですね。人間社会以外はすべて無償の奉仕なんですね。人間だって経済的観念ではない無償の奉仕という考えはありますね。そうでないと万物の長でありえないですね。ということで、経済というのは非経済の手の平の上の概念でしかないことがわかりますね。
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はじめまして、こんにちは。 企業が生きるか倒れるかは、その社の人材を活かすことができるかどうか、なんてことは、よく聞く題目ですが、 経済学・市場は、人を「数値」として計るだけでなく、 +α の未知数を抱える「人(材)」、として考慮に入れてきたのか? と、浅学ながら、ちょっと疑問に思う箇所だったりします。 閣僚の中からも「ハードからソフト」との発話が出ています。 芸術・文化 は、経済 とは一線を画するもの、と捉えていいんじゃないか、と私などは思っています。 「資本」の反対概念は何なのだろう、と以前考えたことが、あるのですが、「非資本・非経済」は、金銭・労働の共有、ということに止まらず、金銭に重きを置かない価値意識・・・、すなわち Personality の充実にあるようにも、思いました。 (青二才のくせに生意気言ってすみません。。)
お礼
昨日、偶然図書館で「文化経済学入門」と言うタイトルの本をついつい借りてしまいました、読みかけの本が3冊もありますから手付かずですが、s_panda さんのご回答の参考になるかもしれません。 文化は非経済と認められるでしょうか。著作権のことなどを考えると経済に飲み込まれているような気がします。著作権などなかったころの芸術家の精神に憧れてしまいます。 まぁ、年寄りの戯言ですから気になさらないでください。 個性を信じる(自称青二才)がいることがわかっただけでも幸いです。 4パーセント以上は健全で未満は非健全 この辺も良くわかりませんね。 有難うございました。
- hishow
- ベストアンサー率22% (49/218)
金銭的な流動のみを経済ととらえるならfishbowl66さんなら「非経済」はすぐあるか分かると思います。 ただ、精神的、物品などの流通も結果としての「経済」ととらえてしまうと「非経済」は存在しないのでは?と私も思います。 現存している「相互に依存」の関係に全て理由をつけて仕組みの意味を問うのが「経済」だと私は思っています。 疑問なのが例えば「Aが蹴飛ばした川原の石を、Bが偶然キャッチし、珍しい石だったので喜んだ」などのことも経済として考えられるでしょうか?
お礼
ご回答有難うございます。 偶然と必然を区別することは難しいですね。 ある意味では、世界は偶然からはじまっているのかも知れません。偶然か必然かは経済か非経済かを区別する要素ではないような気がします。そうなると「>現存している「相互に依存」の関係に全て理由をつけて仕組みの意味を問うのが「経済」だと私は思っています。>」(理由をつけて)に反論しているようですが、偶然の理由を理解しない限り、否定しきれない気持ちもあります。 日本に生まれたことに感謝を忘れないようにしなければ、変なお礼ですが、hishowさんに伝わる事を期待します。これが非経済かも?
- ton5o
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「非経済」とは、お金を媒介にしない(あるいは採算を度外視した)社会活動と考えて頂きたい。 ただし個人的には、環境問題に関して言うと、私は、経済のマイナス面と言う側面で考えています。
お礼
ポランニーという学者は非市場経済に注目し、市場経済に含まれない経済が在ったと主張しているようです。狭義の経済学と広義の経済学という考え方です。 しかし現実は、非市場経済が市場経済に駆逐されています。 広義が狭義に吸収されるようなおかしな現象ですね。 市場経済は利便性に付随する利益を求めて新しい商品を次々と生み出します。 お金で買えないものは何も無くなるような気がします。非経済は消滅しそうです。 有難うございました。
- izumokun
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経済というのが、生産から消費までの過程における人間の活動を指しますから、これらの過程の範疇に属さないものを「非経済」と捉えてはいかがでしょうか。
お礼
過不足のない簡潔なご回答有難うございます。 生産と消費の関係はなかなか難問と考えています。 生産とは消費であり、消費は生産と同義語と考えられなくもありません。 突き詰めて考えると、人間の行為すべてが、生産でありまた消費であると考えられなくもありません。非経済が存在しない。自分でも不思議な疑問です。
お礼
経済(市場経済)が非経済の手のひらの上にしか存在できなければ良いのですが。 自然の問題も重要です、すでに所有権を通して、地球の土地もりんごの木もお金を要求しているのではないでしょうか。(代理人は誰でしょう) 経済「学」が自然も商品や資本にしている以上、非経済が大きな手のひらとして存在するようには思えないのが悲しいところです。 気に障られたかもしれませんが、共感する部分の多いユニークなご回答感謝します。