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この孔子の名言の出典を教えてください

「最大の名誉は決して倒れないことではない。倒れるたびに起き上がることである。」 この言葉を孔子の名言として紹介しているブログが非常に多く見られるのですが、その出典がわかりません。 この引用はカーネギー編纂の名言集によっているらしいということまでは分かったのですが、カーネギーはなにを出典としてこれを孔子の名言として紹介したのでしょうか? 少なくとも『論語』にはこれに類する言葉は出てこなかったように記憶するのですが。 もし出典がお分かりになるかたがいらしたら、この言葉の出典となる書籍名(および篇名)と、できればもともとの文章を漢文で教えてくださると助かります。 あと、オリバー・ゴールドスミスという18世紀の英国作家が上記の名言とほとんど同じ内容の発言をしているらしく、もしかしたら孔子ではなくて、もともとゴールドスミスの言葉なのではないかと思ったりもしているのですが。 ご意見いただければ幸いです。

みんなの回答

回答No.3

 あぁすみません、ゴールド・スミスという西洋人のことばですか。  ことのが当たっていますね。  多分人違いして翻訳したのですね。  余計ですが、西洋語の“glory”自体も、そして翻訳の“名誉”も格言としては軽蔑することになる人もいるかも知れませんね。  ロマン・ロランの「悩み、そして闘い、やがて勝つであろう自由なる魂たちに捧ぐ」の方がいいと言う人もいるでしょうね。  孔子の言葉も雑談的に処世や要領やノーハウ的で、論語全体の中では甚だ見落ちのするものですね。  本当に孔子の言葉か疑問です。此の部分は浮いていますね。

acephale
質問者

お礼

やはりゴールドスミスの名言を孔子のものとして記録してしまったという推測が正しいとしか考えにくいようですね。 カーネギーの著書の英語版を見ていないので、 どの時点でゴールドスミスと孔子が入れ違えられたのかは分かりませんが・・・。 しかし、カーネギーの『名言集』を読んだ人は これからもこの言葉を孔子のものとして記憶し、語り続けていくのでしょう。 尽く書を信ずれば則ち書無きに如かず、といったのは孟子のほうですが、 聖典のごとき価値を認められた書物でも内容を鵜呑みにしないことですね。 これで質問は締め切らせていただきます。ありがとうございました。

回答No.2

 聖書も論語も後世の人が、綴ったものですが、孔子のことばとして伝わるものの出典はこれしかありません。  その中で一番さんのを出せば、     01-08  子曰、君子不重則不威、學則不固、主忠信、無友不如己者、過則勿憚改、 子の曰わく、君子、重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如(し)からざる者を友とすることなかれ。過てば則ち改むるに憚ること勿(な)かれ  先生がいわれた、「君子はおもおもしくなければ威厳がない。学問をすれば頑固でなくなる。[まごころの徳である]忠と信とを第一にして、自分より劣ったものを友達にするな。あやまちがあればぐずぐずせずに改めよ。」  以下に論語全てがその解説と読み下し文をつけて、日本語で載っています、  http://www.asahi-net.or.jp/~pd9t-ktym/rongo.html  

参考URL:
http://www.asahi-net.or.jp/~pd9t-ktym/rongo.html
acephale
質問者

お礼

ありがとうございます。 これはNo.1の回答者様が指摘してくださったのと同じ部分ですね。 強引に孔子の言葉とするならば、過失はただちに改善せよという教えに結びつけるしかないのでしょうか。

noname#101087
noname#101087
回答No.1

孔子といえば「論語」しか知りませんが、これズバリは無さそう。 似たニュアンスのコンパクトな文なら、  「過則勿憚改 (過ちては改むるに憚ること勿れ)」<論語 / 学而>  「不弐過 (過ちをふたたびせず)」<論語 / 雍也> あたり。 これかな?   ↓  http://www.brainyquote.com/quotes/quotes/o/olivergold121357.html >Our greatest glory consists not in never failing, but in rising every time we fall. >Oliver Goldsmith   

acephale
質問者

お礼

ありがとうございます。 『易経』に「君子豹変」の言葉があるように、 儒教における人格者というのは、 決して失敗しない人ではなくて、失敗したらそれを改善して、 良い方向に自分を変革していける人を指しているのですよね。 回答者様が挙げてくださったものの他にも、 「君子の過ちは日月の食のごとし」であるとか、 「過ちて改めず、これを過ちという」などと、 なにか自分に落ち度があった場合は、 それをすみやかに改めることが望ましいということが くどいぐらいに述べられています・・・が、 そのことと、”挫折するたびに立ち上がる”とではずいぶんニュアンスに隔たりがあるように思います。 倒れるたびに起き上がる、という文言のなかには、 倒れることになった原因を究明してそれを改善するという過程がすっぽり抜け落ちているからです。 といいますか、調べてくださったゴールド・スミスの言葉の原文を見てみると、 ますます孔子の名言とされているものはこれの翻訳にしか見えませんね。 カーネギーはどこでゴールドスミスの言葉を孔子の言葉として間違えてしまったのか、 それとも出版社の人間が誤植してしまったのか・・・。

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