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感謝ってなに?

感謝をすることが大切といいます。 私は心から感謝できる家族や友人が少しいます。 でも、普段の何気ない平和で豊かな生活や、空気や水などは当たり前すぎて感謝ができません。 言葉でありがとうと言うことは出来ますが、心が伴っていません。 普段感謝していないものに、感謝するにはどうすればいいですか? たとえば、水のありがたさは極限までのどが渇いたときに口にするとわかりますが、普段は慣れすぎてありがたみがわかりません。 ~がある心地よさ、嬉しさ、楽しさなどに意識を向け味わうことが感謝ということですか?

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noname#89054
noname#89054
回答No.6

月並みな回答ですが、 >普段感謝していないものに、感謝するにはどうすればいいですか? たとえば、水のありがたさは極限までのどが渇いたときに口にするとわかりますが、普段は慣れすぎてありがたみがわかりません。 感謝とは、その存在に、命のような尊さを見いだすと言うことではないでしょうか。そしてその存在が、一番良い状態にあるように慈しむと言うことではないかと思います。 もともと、川も海も人間のために存在していたわけではないですよね。 なのに咽の渇きを癒してくれたり、森を育ててくれたり、食べ物も与えてくれます。川も海も命を宿して、沢山の生命に贈り物を届けてくれます。 具体例としてあげていらっしゃった“水に感謝する”と言うことは、自分で出来ることとしては、油や固形物を流すようなことを避けるなど排水に気を遣うこと、川や海にゴミを捨てない(ゴミを拾う)、水を無駄使いしない(雨水や風呂の残り湯を再利用する)、そういったことになると思います。 今ある自然は失ったら、もう帰ってこないと肝に銘ずることだと思います。 感謝とは、共にあることを喜び合うことだと思います。 無償の愛を感じて、愛があふれ出すことが感謝だと思います。

ponyo2009
質問者

お礼

やはり私は感謝が足りていないように思いました。 水に感謝することで水を汚さない、一番よい状態にあるように働きかけるという考えまでにはいたっていません。 自己完結ではなくて、相互関係があるのですね。 与えてもらってばかりではなく、与えようという気持ちも生まれてくるのですね。 命のような尊さを見つけるのは、自分のことしか考えていない私には難しいです。もっといろいろな面に目を向けて見ます。 ありがとうございました。

その他の回答 (5)

回答No.5

 回答番号:No.2  ポニョ2009さん、補足ありがとう。  原因や理由での感謝というのはどうにでもなりますね。  無理由、無原因。  感謝が自分だとすることが一番いいと存じます。

ponyo2009
質問者

お礼

無理由、無原因。うーむ。実行には難しいですが、頭に入れておきます。再度ありがとうございました。

回答No.4

こんにちは、 多分、心理学の何処を探しても“感謝とは何か”の答えはありません。 私の独断と偏見ですが… 世の人たち(主に親たち)が、「感謝しなさい!」と教えるのは、 『感謝している人は、幸せだから』だと思われます、 “感謝”は自分自身が、他に比べて、恵まれていることや、  優遇されたことに“気づく”ことで、起こってくる感情です。 そして、恵まれていることに、気づく時、同時に人は“幸せ”を感じます。 私は、「感謝しなさい!」との教えの本質はここにあると思っています。 つまり、「感謝しているとき、私たちは幸せで居られる」のです。 凡人の私たちは、今ある幸せを全部無くして、最悪の事態にならない限り 今ある幸せに気づきません、食べ物も空気も水も親も友も亡くした時、 初めてその“ありがたさ”に気づくことができるのです。  勿論、絶望して、死んでしまえばそれで、おしまいですが…(苦笑) 最悪の事態から、生きる為の基本的な条件をひとつひとつ取り戻していった時、 多分、私たちは、当たり前の状況を“ありがたい”感じることができます。  ※よく言われることですが、   ありがたい=有り難い=在り難し、であり、感謝を感じるのは、   普通ではない状態=在り難い(にくい)状態を感じたとき、感謝の気持ちが起こります。 上記のように最悪の事態を体験しないで、感謝し幸せを感じる為には、 知ることが一番だろうと思います、私たちが普通に出来ている、感じていることが、 普通に出来ない感じられない状況、状態の人達もこの世に沢山居て、 私たちの60兆個と言われる細胞が過不足なく働いて、私たちが痛みや不具合を感じないでいること、 そして、私たち生きていること自体が『奇跡』だと気づくことではないかと思います。 日常や普通の状態(状況)に、奇跡を感じられる人が、最高に幸せな人間だと思います。

ponyo2009
質問者

お礼

やっぱり気づくことは大切ですね。 最悪の事態を経験しないのなら、自らいろいろなところに目を向けていく必要があるようですね。 シンプルに説明をしていただきました。 ありがとうございました。

回答No.3

「~がある心地よさ、嬉しさ、楽しさに感謝する」という感覚は正しいと思います。 ただ、おっしゃる通り少し実感しにくいので、「~の美しさに感謝する」と感じるといいかな。 今だったら、雨に煙る緑の木々の美しさ・・人間の心を心地よく、実りあるものにしてくれます。 四季折々の美しい自然に、私は感謝せずにいられません。 しかし一番大切にすべきなのは、おっしゃっているように周りの人に対する感謝ですよね。 産んでくれてありがとう、ただ居てくれてありがとう。 今はまだ、「家族」や「友人」、「恋人」など、自分と近しい人にしか感謝を感じないかもしれません。 しかしいつか、親の親の親を産んでくれた「祖先」や、たまたま今日出会った人・・落し物を拾ってくれた人、スーパーでレジを打ってくれた人。たまたますれちがっただけの人。 そんな人にまで感謝の気持ちを持つことができたら、なんて実りある人生だろうと思います。 (実際はイライラしてつまらないことで周りの人に愚痴や文句を言ってしまうことも多いですね・・私も修行中です・笑) 自分ひとりだけで生きている人はいません。人や自然、(もちろん例に挙げられている水も含みます)有形無形、この世のあらゆる物に自分は生かされていることに気付くこと・・。これが感謝だと思います。愛の感情にとても似ていると思います。

ponyo2009
質問者

お礼

感謝かわかりませんが、感動するような美しい風景を見るとじーっと浸ります。見ることができてよかったと感じます。 sleeping21さんの場合は自然に対して感謝して、私は感動をもらえてよかったと自己完結しているところもありますが、感謝に近いような気もします。 この世のあらゆるものに自分は生かされていることに気づければ、なんてすばらしいことだと思います。まだ私は視野が狭いのでなかな気づけないことが多いですが、もっといろいろなものに目を向けて気づけていればよいです。 ありがとうございました。

回答No.2

 ポニョ2009さん、最高に難しいご質問ですね。  “感謝”で検索すると、たくさんの質疑・応答があるのですね。  どんなときにも、感謝している気持ち状態にいること、そしてその気持ちとと相容れない気持ちにはならないようにすることでしょうかね?  ポニョ2009さんさんはどうお考えになられているのですか?  ヒントを出してくれると、ありがたいですね。つまり感謝ですね。

ponyo2009
質問者

お礼

ヒントになるかはわかりませんが、 私は不平不満が多い人間です。こんなに恵まれているはずなに頭ではわかっているつもりが、心では感じず、感謝できないのはなぜだろうと思っています。 もっと感謝したい人やものがいっぱいあるはずなのに、慣れすぎていて甘えがでています。これはいけないと思い皆様に考えをお聞きしました。

  • mami1120
  • ベストアンサー率29% (10/34)
回答No.1

そうですね、そう言われてみると分かる部分もありますね。 当たり前すぎることは、感謝することが難しいときは確かにあります。 よく言われるところでは、海外(とりわけ貧困などが問題になっている地域などでしょうか?)に行くと自分が普段いる環境のありがたみがわかると聞いたりします。 自分の経験とリンクしていないと、なかなか感じると言うことが難しい勘定かもしれません。それもあって、心から感謝できるとponyo2009さんが思うというのが、『家族』や『友人』なのかな?と思ったりしました。 感謝とは、その物体や人、そこからうまれる環境や行為が存在していることをありがたいと感じることかなぁと、思いました。

ponyo2009
質問者

お礼

そうですね。存在していることをありがたいと感じる時ですよね。 海外に行くなどして、その自分が置かれている環境のありがたみを感じる時などは、やはり失くしてみてから気づくこともあるのでしょうかねぇ。 私は家族や友人が今遠くにいます。だからこそ感謝の気持ちが強くなったのかもしれません。 ありがとうございました。

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