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山本五十六信者に問いたい

「半年か一年なら随分と暴れてみせる」 これはヤクザの鉄砲玉と同じ言い草なのではありませんか? 私にはこれが命を投げ出して戦争を防ごうとした人のセリフとは とても思えないのですが。 ハルノートが到着する前から出撃したのも解せません。 どうでもいいことですが、もし私がGF長官で真実に戦争反対だったなら ボイコットするか辞任していたと思います。 以上よろしくお願い申し上げる

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  • k16399638
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回答No.6

1です。蛇足。 ハルノートがまとまったら、艦隊呼び戻す暗号も決まっていました。 ツクバヤマノボルナ です。 ニイタカヤマノボレ一二〇八 は開戦とかいう意味ではなく「X日を12月8日に定める」という意味です。開戦はいついつだよ、ではなく、軍事行動をとる日(X日)は12月8日、という意味です。 で、陸軍は別の暗号で「ヒノデハヤマガタ」というのを打っています。ヒノデハ、が「X日を」で、「ヤマガタ」が8日です。ちがう日の場合はトウキョウ、ヨコハマ、となる仕組みでした。 というか、陸海軍が米英シソ相手の戦争するのに、暗号ひとつとっても全くバラバラという事実は、なんだかな、です。 南雲ではなく山口が指揮するべきともいいますが、南雲は水雷の出で、駆逐艦隊指揮、つまり魚雷の権威でした。で、この当時最新兵器の扱いに長けていたので、雷撃機が重要なこの艦隊の指揮を押しつけられたのです。南雲提督はこの時「潜水艦に補足されている」とか言って関係ない源田に相談したりしていますが、駆逐艦関係者らしいエピソードでもありますね。 タブレット使ってPCで絵を描くのが得意なひとに、「なら、ワープロで小説かけるよね」と、言って仕事を押しつけたような物かと。

pbf
質問者

お礼

呼び戻す信号が決まっていたとは知りませんでした。ですが途中外国の商船と遭遇した場合は撃沈せよの指令も出ていたそうですね

その他の回答 (13)

noname#101018
noname#101018
回答No.3

別に全く信者ではありませんが。 >「半年か一年なら随分と暴れてみせる」 それは日本が勝てる戦争が出来る限界をのたとえたのでしょう。 その戦果を元に、政治家に講話交渉してくれと言う事。 そこだけで揚げ足取りをしても・・・・ >ハルノートが到着する前から出撃したのも解せません。 常の先を想定した行動をするのは当たり前。 出撃=即戦闘開始ではないし、交渉が成立すれば帰還すれば良いのですから。 もし戦争になれば、勝たなければ意味がありません。 交渉決裂後から動き出していて、出遅れでもしたら、 国力の乏しい日本の勝つチャンスをつぶしかねません。 信者の揚げ足をとれば、楽しいでしょうが、 どうでもいいのなら、 安易な議論の吹きかけはやめた方がいいですね。 上っ面な事を書いて、叩かれるだけですから。

pbf
質問者

お礼

ご存じないようなのでお教えします。勝算ついて山本長官が愛人の河合千代子にどう語っていたか。「勝つ見込みはさらさらなし」

  • isa-98
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回答No.2

ボイコットするか辞任していたと思います。 墜落機の機長が真っ先に脱出するのと同じです。 国民の負託に応え、常に職務に専念し、時には命を顧みず、 職務を遂行 しない軍人もたまにはいるでしょう。 今まで1億の血税でエリート気取りですが、今度は政治家気取りになる方もいるでしょう。 しかし、その豪邸から椅子や食事の全ては全て切り捨てた国民から貰った物です。 少なくとも、飲まず食わずで戦う2等兵より劣ります。

pbf
質問者

お礼

トラック島で長官がフルコースを召し上がっているそのときガダルカナルの陸軍将兵がどれだけ飢え死にしたことでしょうか。

  • k16399638
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回答No.1

信者じゃないですが(;^_^A 半年か一年、というのは日露戦争とおなじ時間です。この前のときくらいはなんとかやる、けれどその間に落としどころをつけてくれ、が本意なのですが、これをくんでくれる人物がいなかった。 あと、周囲がダメダメで、外務省は無能だわ、陸軍は騒ぎを起こしてどこも鎮圧していないわ、海軍だって万全じゃないわ、国力は昭和13年ピークに2割おちているわ、と言う状態で山本の意志とは別の方向にばかり事態が動いてしまった。あと、天皇の軍隊をあずかっていながら無策なのか、と周囲がやれ、とおいつめた一面もあるとおもいます。だから、だれも使ったことのない航空母艦中心にやってみる、しかなかったのです。英国の事例は特に参考にはしていないでしょう。 実際、山本は占領した地域を全部返して、仏印から撤退くらいしないと、あちらは交渉にのらないだろう、とも言っていますし、直前の真珠湾図演の結果(日本空母も全滅)も当然知っています。なにより、アメリカ駐在経験があり、デトロイトとピッツバーグみたら、だれだって戦争しかけようとは思わないよ、とも言っている人です。 ただ、私もまちがっていたと思うのは、大量生産消耗品の飛行機を戦争の主力にした点です。あっちは大量生産ならお手の物。消耗してもその分つくる国です。が、これはあと知恵だとも、おもいます。 あと、やはり当時の軍人で、天皇の前で軍を預かる身として「できません」とは言えないでしょう。政治家時代の米内光政は、閣僚に「できない。日本海軍は英米相手に戦うように建造されていない。独伊の海軍は問題にならない」と言ってはいるのですが。 ボイコットしても、山本が中央から外され、別の人物で戦争するだけです。辞任しても、おなじです。 ただ、そうなったら山本は戦局悪化してきたときに現場復帰もしくはだれかの政権の海軍大臣として、なにか働きがあったかもしれませんが、これは言っても虚しいことでしょう。

pbf
質問者

お礼

おっしゃることよく理解できます。ですが「できない」ものを「できない」と答えず国家あざむき、かつ国民に大損害をもたらした意味において、まさに今日の社会保険庁と同じ背信行為と言えるのではないでしょうか

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