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米国が宣戦布告なしに始めたドミニカ戦争について

 こんにちは。  どなたか歴史に詳しい方、教えて下さい。  アメリカは日本の真珠湾攻撃のことを、宣戦布告なしに開始したとして非難することが多いですが、先日、藤原正彦先生の「国家の品格」という本を読んでいたら、「1916年の対ドミニカ戦争でアメリカは、宣戦布告なしに奇襲、占領しています」と書いてありました。  アメリカがドミニカに対し宣戦布告しなかったのが意図的なことか事故によるものかは分かりませんが、かりにそれが事故によって宣戦布告ができなかった(あるいは遅れた)のであったとしても、日本の真珠湾攻撃と同じことをしているアメリカが日本のことを非難する資格はないように思えます。 そこで、ドミニカ戦争開戦の経緯(特に宣戦布告がなかったこと)について詳細をご存知の方がいられたら教えて頂けますでしょうか。あるいは、そのことがよく分かる書籍やサイトなどを紹介して頂けると幸いです。  どうぞよろしくお願い致します。

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  • kusirosi
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回答No.2

・日本の真珠湾攻撃と同じことをしているアメリカ  まったく違います。真珠湾攻撃から始まる太平洋戦争は、日本からみてもアメリカから見ても戦争であり、それゆえ宣戦布告の時期が問題になります、(日露戦争の後に、戦争開始の要件に事前の宣戦布告が国際法上、規定された。)  「1916年の対ドミニカ戦争」は、アメリカからは、戦争でなく(義和団の乱、満州事変、真珠湾奇襲以前の日華事変と同じく、)国際紛争解決の手段、あるいは国際警察行動としての事変・出兵であり、最後まで宣戦布告していません。  戦争でないものに、「1916年の対ドミニカ戦争でアメリカは、宣戦布告なしに奇襲、占領しています」といっても、無意味です。  なお20世紀に入ってから、アメリカが戦争に参加したのは 第一次世界大戦と第二次世界大戦だけです(宣戦布告したという意味)。 あとは、 国際紛争解決の手段、あるいは国際警察行動としての事変・出兵 国連憲章に基づく平和強制行動、集団自衛安保行動、最大の防御行動 なんだそうな^_^; ※1845年ハイチより独立してドミニカ共和国となり、ペドロ・サンタナ将軍が初代大統領に就任した。 しかし、相次ぐ隣国ハイチとの戦争に耐えられなくなると、保守派の利害を代表したサンタナは1861年に再度スペインに併合を申し入れ、自身はサント・ドミンゴ総督に就任した。しかし、この屈辱的な措置はドミニカ国民を激怒させ、ハイチ人と結んだドミニカ人自由派がスペイン人に対する独立戦争を激化させ、結局1865年に独立を再び果たした。しかしハイチの脅威は大きく今度は二度に渡ってアメリカ合衆国への併合を求め、グラント合衆国大統領も乗り気だったものの、合衆国上院に拒否された。1875年にようやくハイチとの平和条約が結ばれ、独立国家としての道を歩むことになった。 1882年からウリセス・ウーロー大統領が独裁を開始した。ウーローは、大統領としては拙劣な政策を積み重ね、政権末期の外債はとても一国では支払えない程の膨大なものとなっていた。 1916年から1924年まではアメリカ海兵隊に軍事占領される。1906年ドミニカ共和国は、ウーロー大統領後の混乱収拾と列強に対する債務返済のため、アメリカ合衆国が50年にわたりドミニカ共和国の関税徴収を行う代わりに債務返済の保証をするという提案を受け入れ、事実上の保護国となった。この時期ハイチも対仏賠償や各国への債務が返せず財政難と混乱が続いた。第一次世界大戦時、両国の内政混乱に付け込みドイツ帝国が手を伸ばすのを避けるため、アメリカ軍は1915年にはハイチに、1916年にはドミニカ共和国に出兵して両国を占領した。両国は米軍支配下で債務を返済し、経済基盤や政治を改善し大規模農業を導入し、有力者(カウディージョ)の私兵や軍閥に代えて強力で統一された警察や国軍を作るが、これが後に両国の軍部独裁の種となる。

kaesn
質問者

お礼

早速のご回答ありがとうございます。また、ドミニカ戦争について詳細に教えて頂き大変恐縮です。 アメリカは、ドミニカ戦争のことを「戦争」ではなく「国際紛争解決の手段」あるいは「国際警察行動としての事変・出兵」であるので、ハーグ陸戦法規に基づく宣戦布告が不要であると整理しているわけですね。そうすると今度は、「戦争」と「国際紛争解決の手段」の違い、または、両者の定義が問題となってきますね。実質的に「戦争」であっても、「国際紛争解決手段」としての武力行使であると言い張れば、宣戦布告しなくても済んでしまいますし、極論を言えば、真珠湾攻撃ですら、国際紛争解決手段としての武力行使であったと言い張れば、宣戦布告が不要となってしまうように思えますので、アメリカの言い分はやはり詭弁に思えます。しかし、アメリカの理論構成(理論武装)を教えて頂いたことは大変勉強になりました。

その他の回答 (1)

  • merlionXX
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回答No.1

勝てば官軍。 1916年の対ドミニカ戦争なんて古い話をもちださなくとも 1964年 ベトナム戦争 1983年 グレナダ侵攻 1990年 湾岸戦争 2003年 イラク戦争 一度でもアメリカが宣戦布告しましたか? アメリカだけじゃないです。 第二次大戦後だけ見ても、中国はチベットに侵攻して併合したし、ベトナムにも侵攻しました。やはり宣戦布告はありませんね。

kaesn
質問者

お礼

早速のご回答ありがとうございます。 この表を見てまず思うのは、アメリカが本当にたくさん戦争をしているなということです。国際法上戦争が許されるのは、(1)自衛戦争(国連憲章51条)、(2)国連安保理決議に基づく強制措置(憲章第7章)、(3)地域的取極に基づく強制措置(憲章第8章)、の3つだけだと勉強しましたが、これらの戦争はどれにも該当しないように思えます(湾岸戦争もイラク戦争も憲章第7章に基づく強制措置ではないですよね)。まさに仰るとおり、勝てば官軍という様相です。

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