- ベストアンサー
軍艦建造時の予算について
戦前に軍艦をヤマトとか造船する時予算を確保する為 小型艦数隻と予算ごまかし計上してたみたいですがさらに社会保険とか国民保険何か 保険みたいな物とか作リそれを建造費にあてたと聞いたような気がします事実でしょうか
- みんなの回答 (2)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
戦艦大和 1億2898万3091円 大和の建造が予算化された昭和12年度のマル3計画では、当初9800万円が海軍から大蔵省に説明された予算額です。ただ、この額は64,000トンの巨大戦艦を建造するという国家機密を保持するため、表向きは35,000トン級の戦艦を建造する費用として予算要求されたものです。 どんなバーゲンセールスでも、当然、35,000トン戦艦の予算で64,000トンの大和を建造することはできませんので、海軍と大蔵省主計局の予算査定担当官が、軍機保持と帝国議会を納得させるため、知恵を絞り、大和と武蔵の2隻分の戦艦建造予算とあわせて、実際には建造しない架空の駆逐艦3隻(約2,700万円)と潜水艦1隻(約1,200万円)の建造予算も一緒に計上し、その額も足して大和級戦艦2隻が建造することが計画されました。 その後、物価上昇などによる改正予算案の成立により、1隻当たり予算額は9800万円から1億793万3075円に増額、架空計上の駆逐艦・潜水艦の予算も微妙に増額され、それらを加えた最終的な建造費が最初に書いた1億2898万3091円となります。戦艦一隻で、当時の年間国家予算の約3パーセントである^_^; ※当時の大蔵省主計局の軍事予算査定担当官は、福田赳夫元首相(福田前首相の父上)など、優秀な官僚揃いだった。 ・社会保険とか国民保険何か 保険みたいな物とか作リそれを建造費にあてたと聞 これは神話(ウソ^_^;)ただし 一般の被用者(男性向上労働者)を対象とする厚生年金の前身である労働者年金保険ができたのは1941年(昭和16年)であり、 昭和19年に、男性事務職員および女子労働者にもにも適用すると同時に、労働者年金保険は厚生年金保険に改称。 実際の支給開始は、まだまだ先ということで、軍事予算に運用(流用)されたのではとは、よく、言われる。 ちなみに、厚生年金・国民年金を所管する厚生労働省は、陸軍省・海軍省の後継組織を吸収し、帝国陸海軍の残務処理を、今日も行っていたりする。
その他の回答 (1)
- buck
- ベストアンサー率14% (97/678)
故吉村昭氏の『戦艦武蔵』という作品を読むと予算計上のくだりがありまり、No.1の方の回答のとおりです。 吉村氏は綿密な取材に基づく執筆で有名でしたからほぼ間違いないと思います。
お礼
回答ありがとう御座います故吉村昭氏の零戦も豊田譲氏の戦記物戦艦長門の生涯阿川弘之氏柳田邦夫氏の零戦なんかよみましたね
補足
*これは神話(ウソ^_^;)ただし この部分を詳しく知りたかったのですが 闇や霧の中で神話 噂話 憶測 確証がないのですね。 質問して、一週間になります回答付かないようなので 締め切りたいと思います 回答頂いた回答者様ありがとう御座いました。
お礼
早速の回答ありがとう御座いますこれだけ明解に回答頂けると 直ぐにでも締め切れますね それにしても詳しいですね感心します。旧帝国陸海軍関係は詳しいのでしょうね。
補足
*これは神話(ウソ^_^;)ただし 神話だから100%うそでも無いのでは もやもやして、分からない部分があるとか、闇の部分があるのでは 誰も事実をはなさないとか、これを疑うときりがないですね 日本書紀も神話だけど、まるきりうそでもなさそうな