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焚書って本を焼くことですよね

でもなんで焼かれてしまうのですか? ネット検索しても秦の始皇帝が思想の統一のためにした、 というようなものくらいしか出て来ないのです。 あとはヒトラーとか最近の船橋西図書館の事件ですね。 理由って他に無いのですか? 個人的に本が好きなのでいろいろ知りたいのです。 よかったら意見を聞かせて下さい。

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  • yaima
  • ベストアンサー率32% (44/136)
回答No.2

要するに、為政者にとって都合の悪い思想、反する思想を弾圧するためです。 印刷技術が確立されるまでは、人手で写す方法しかないので、今のようにそんなに部数が多いわけではないですが、反政府文書が流通するのはマズイですから。 小林ヨシノリさんが書いた「台湾論」が、台湾で燃やされてませんでしたっけ。 まさに、焚書ですよね。 焚書とまではいかなくても、発禁処分などは、近代以前は頻繁だったでしょう。 現在でも、政府を批判する新聞が発行停止となる国もありますしね。

okhonel
質問者

お礼

確かに発禁処分は最近でも時折耳にしますね。 ありがとう御座いました。

その他の回答 (4)

  • good0wiil
  • ベストアンサー率21% (4/19)
回答No.5

 「焚書」は本を燃やすことでそこに書かれた思想をなかったものにすることですね。灰にしてしまったらもうその本を読むことはできませんから。  古代や中世のキリスト教徒も結構行っています。  燃やしているわけではないのですが図書館の大量廃棄に関しては東京都立図書館の数十万冊の廃棄も大問題でしょう。  現代の図書館は、市町村立の分館は良く借りられる本を集中的に置き、スペースの関係で置けないあまり借りられない本、学術的に深く追求した本、古い本は市町村立中央館、都道府県立図書館、国立国会図書館という順序で探して借りてきてもらえるネットワークを組んでいます。ですから、船橋西あたりの末端の図書館で多少蔵書が捨てられても、必要なら中央館なり県立なりからまわしてもらえばいいわけです。もちろん手間な話ですからきちんと基準を決めて廃棄しなかったことに関しては問題がないわけではありません。  しかし、図書館がネットワークだと言う視点からすると、都道府県立図書館が充実していないと、深みが出ないのは明らかでしょう。  その意味では、文化人を自称する石原都知事の方がとんでもない「焚書」をしています。  参考URLに示しておきますが、図書館員や住人の反対を押し切って数十万冊の本を除籍しています。  たかが十数冊の、しかも書店や中央館にはありそうな本を廃棄したことを大騒ぎするくせに、数十万冊しかも絶版になっている本も数多く混ざっている方を問題視しないのは問題のすり替えといわれてもしかたがないのではないでしょうか。

参考URL:
http://www.hinocatv.ne.jp/~je1hyg/kankeidantai/toritumondai/taihangakieru.htm
okhonel
質問者

お礼

スペースの問題は部屋に本が積もりに積もって…なんてのと一緒にしてはいけないのでしょうが、なるほど、ネットワークを組んでいるのですね。 ありがとう御座います。

noname#12673
noname#12673
回答No.4

今では単なるデモの一種のようなモノも多いのではないでしょうか? 昔アメリカのデトロイトで日本車を叩き壊したみたいな。 ベストセラーを焼くことに、社会的にはデモ以上の意味は無いでしょう。 ただ、船橋西図書館の事件は図書館という市民の知的財産から恣意的にある種の思想だけこっそり抹殺するという卑劣な行為だと思います。政府などによる発禁処分も言論弾圧ですよね(ポルノ系は別として)。裁判所の出版差し止めはケースバイケースで一概には言えませんけど。 後者の方は例え自分の考えに反する本でも大いに憤りを感じますが、前者のデモ程度のモノは「あぁ、デモか」と感じるくらいですね。

okhonel
質問者

お礼

デモですか。今はそうかも知れませんね。 ありがとう御座います。

  • tunoji
  • ベストアンサー率7% (8/105)
回答No.3

フィクションですがレイ=ブラッドベリのSFに「華氏451度」という作品があります。Fire Manが文字通り焚書官として本を焼いていくのです。目的は人々に今、世界の中で自国がどう見られているか、戦争の危機は無いのかなど 考える力を奪うためです。読めるのはパルプ雑誌のような低級な娯楽本のみです。一読をお薦めします。

okhonel
質問者

お礼

ほう・・・今度探してみます。 ありがとうございました。

noname#3361
noname#3361
回答No.1

「焚書」自体の意義としては,やはり思想弾圧の手段が一番ですね。本は物として長く残りますし,広くみんなに読まれるということにもなります。(写しを作ればそれこそ何万人にも行き渡りますからね。) 「焼く」ことそのものに関しては,その当時,確実に消滅させる方法が「焼く」ことだからです。 今なら「薬品」も有るでしょうが。(もちろん,公衆の面前で行い,見せしめという側面もありました。)

okhonel
質問者

お礼

本が焼かれることは見せしめの効果抜群ですね…。 ありがとう御座いました。

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