赤かぶ検事シリーズ、この回を担当した、監督さんは…
「フランキー堺さん(故人)による、十八番となった主人公の赤かぶ検事(以降、赤かぶ検事)役としては、2時間ドラマの単発ドラマバージョン、1時間の連続ドラマバージョン関係無く、最後の出演のドラマ」と言われてる、朝日放送と松竹(京都映画、現在の松竹撮影所)で製作して、平成4年(1992年)前後に本放送された、赤かぶ 検事奮戦記シリーズによる、「赤かぶ検事の逆転法廷(石川県金沢市が、主な舞台)」。
「本放送では、最終回の前の回か、2回前の回として、放送されてたと思う。
担当の監督さんが、誰だったかメインで、質問したい」回が、あります。
問題の回、主なストーリーは…
「車だん吉さんは、「印刷屋さんと思うが、経営してた個人商店を、不況等による取引先からの注文激減と、子供が交通事故で死んだ為、倒産させてしまったのが発端で、仲が悪くなった奥さんを、首を絞めて殺して、富山県との境にある、倶利伽羅峠の麓の自動車整備工場に置いてた廃車に、遺体を隠した。
因みに、奥さんを殺す前には、愛人関係だった、双子である奥さんの妹と手を組んで、ある生命保険会社にて、ある生命保険に加入した。
その上で、石川県警の金沢中央警察署に自首して、「殺した、女房の遺体は、能登金剛(海岸)に捨てた」等と、能登の海に遺体を捨てたのを自供する事から、心神耗弱を装う事で、担当検事となった赤かぶ検事に対して、徐々に思い込ませるのと、それにより、金沢地裁による刑事裁判で、担当裁判官となった、「刑事事件なら、被告人に対して、甘くて弁護側有利となる、判決を出すのが多い、裁判官」として、石川県警の金沢中央警察署の刑事達から、嫌がられてる野々村裁判官に、無罪判決を出させる。
これと、赤かぶ検事には、更に名古屋高裁金沢支部への控訴を、断念させる様に、まんまと仕向けて、成功した」男の犯人。
鈴川法子さんは、「車さん扮した、犯人の男が殺した奥さんと、双子の妹である、犯人の愛人」一人二役。
それぞれで、ゲスト出演した。
保険金自体は、加入した生命保険会社が、「裁判の様子を、見て判断するが、無罪なら、給付する」方針だったかして、「無罪判決が出て、赤かぶ検事による、名古屋高裁金沢支部への控訴断念」により、結局、車さん扮する犯人へ、払われた。
その後、赤かぶ検事は、仕事で京都から帰って来た、美保純さん扮する、娘の葉子の誘いにより、市内のカラオケスナックか、カラオケスタジオで、憂さ晴らしにカラオケを唄った。
その際、「必殺仕事人で、登場する仕事人の中村主水に、化けた自分が、マイカーに乗ってた、車さん扮する犯人を、斬り殺して、恨みを晴らした」夢を、思い浮かべる事で、憂さ晴らしした。
所が、その翌朝、自宅で寝ていた 赤かぶ検事は、娘の葉子に叩き起こされて、居間にある、テレビを見た所…。
「神奈川県の箱根で、車さん扮する犯人が、鈴川さん扮する、もう一役の犯人の愛人と、一緒に乗ってた自動車が事故を起こして、二人が死んだ」ニュースを、伝えてた。
この為、赤かぶ検事は、「天は、悪を見逃さんモン(物)、だてよ…!?」と、正夢になった意味で、ニヤニヤと喜びながら言って、側に居た葉子も、理解する意味で、首をタテに振った。
ただ、葉子が知らせた時、既にテレビを見てた、春川ますみさん扮する、赤かぶ検事の妻の春子は、「浮気すると、必ずバレるモン、だわ…!?」と、少し逆方向な事を言ったかして、夫である赤かぶ検事と、娘の葉子の二人を、呆れさせてしまった…」的な内容に、なります。
そこで、質問したいのは…
「車さん扮する犯人が、心神耗弱を悪用して、奥さん殺しを、無罪になる様に仕向けた回。
何と言う、題名の回であって、本放送したのは、平成何年の何月何日頃だったか?
又、今回のメインの質問となる、監督さん。
私の記憶では、「悪役等で、有名だった、同じ朝日放送と松竹の共同制作なら、同じテレビ朝日系列による、2時間ドラマの土曜ワイド劇場では、テレビ朝日制作と、朝日放送制作関係無く、ロングヒットした、京都殺人案内シリーズで、秋山捜査一課長役で、レギュラー出演してた、遠藤太津朗さん(故人)。
卒業したのが、芸術関係の大学の映画制作関係の学科だった為、実質的な弟子だった、俳優の京本政樹さんや、愛島新一郎(新一朗)さんの様に、俳優としてでは無く、監督さん等、映画制作のスタッフとして、遠藤さんの元に弟子入りし、その遠藤さん宅では、遠藤さん自身の孫か子供に対する、家庭教師したり、講師クラスと思うが先生として、卒業した大学かも知れないが、芸術関係の大学で、学生へ教えてた」逸話あると言う、津島勝さん(故人)。
又は、「現在は、(株)松竹撮影所の京都の撮影所となってる、京都映画のすぐ近くにある、東映の京都撮影所(通称太秦撮影所)撮影で、テレビ朝日と東映が、共同制作してた、連続ドラマとしての時代劇、暴れん坊将軍シリーズで、担当回数が多かった」日高武治さん。
この二人、何れだった様に記憶あるが、全く違う監督さんが、担当してたかも、知れないので自信が無いが、担当の監督さんは、誰だったか?」に、なります。
お礼
早速作りました。とてもおいしくできました。ありがとうございました。