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時が過ぎること
カテ違いだったらすみません。 最近、過ぎた時が悲しくてさみしくてたまりません。 今40代なのですが、 若いときはそんなことは全然思いませんでした。 だから年齢のせいだとは思います。 いつまでもいい時は続かない・・・ことがさみしいのです。 自分が一番バリバリと働いてたとき(若かったとき)、子供が赤ちゃんだったとき、 みーんな過ぎてしまいました。。。。 そして同じ時は二度と戻らないのです。 これから先もずっと同じ思いをすると思います。 今40代ですが、50代になったらきっと今この時をも同じように思うことと思います。 死を意識し始めたのでしょうか? 今を一生懸命に生きる、というのはよくわかるし、そうしたいと常に思っています。 しかし、過ぎゆく時への悲しさ、さみしさはどう受け入れたらいいのでしょうか?
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- kobutanuki
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一般的に 人は意識の途切れを恐れる アルツハイマーという病を恐れる 自分が自分という意識の制御下に無い時に 自分というものが在るという現象を
- kobutanuki
- ベストアンサー率0% (0/11)
人は連続した意識の中でこそ生きている 彼岸であろうと此岸であろうとそれをつなぐ川であろうと 人は生における諸々の思いを携え それを背負って 超えようとするのだ 物理的な死を迎えるその時までの 生き様 例えば 日の丸の否定も 君が代の否定も そのものの真相を観ようとしない逃げでしかない
お礼
>人は生における諸々の思いを携え それを背負って 超えようとするのだ 時が過ぎるのは当たり前のこととして 受け入れれば悩むこともないですね・・・
いろいろな考え方があると思いますが、ひとつのものとして、連続した同じ自分というものは実在しないという考えです。これはいわゆる自己の放棄ではありませんし、病的な考えでもないと思います。いつも今なのです。必ずしもうまく表現できませんが、年号などというものは実際には存在しないことを考えれば納得できると思います。年号は実際にあると考えるにしても年号と同じように(同一の、あるいは連続した)自分というものが存在しているということになります。しかし年号と同じような意味で自分というものも実際には存在していないと思うのですが・・・
お礼
難しくてよくわからないのですが・・・ 今は今として考えたらいいということなのでしょうか?
- ruehas
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こんにちは。 #3です。 一番肝心なことを書き忘れました。 我々の未来は短くなりましたが、その可能性が低くなったわけではありません。 「過去の結果が良い悪いに拘わらず」、これまでに得たものを上手く使うならば、我々はより価値の高い結果を生み出すことができます。これは、経験の浅い若い頃にはできなかったことです。 過去の結果ではなく、この事実を評価して下さい。 くどくて済みませんでした。
お礼
そうですね。 それなりの経験を積んだからこそできること、わかることはあると思います。 今の自分に満足してないわけではないのですが・・・ これから老いていく未来に漠然とした不安があるのかも知れません。
- ruehas
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こんにちは。 「失ったもの」を受け入れる唯一の方法は「得たものを評価する」ことです。 40代といいますのはちょうどそういう年齢で、多くのひとが質問者さんと同じことを考えます。 時が過ぎてゆく以上「失ったもの」に対する思いは誰でも同じです。ですから、これは受け入れる以外に手段はありません。 若い頃にそれを感じなかったのは、そのときは「大きな未来」があったからです。では、年齢を重ねるならば「失ったもの」が増え、未来が少なくなります。ですから、ここでは「自分が得たもの」をきちんと計算にいれなければこの先やっていけません。 今まで質問者さんは何をやってきましたか? 間違いばかりをやってきたわけではないでしょう? お子さんが成長したのは誰の業績ですか? もっと自信を持って頂いてぜんぜん構わないです。
お礼
>「大きな未来」があったからです まさにその通りです。 年を取るほど未来が狭くなる気持ちがします。 高校を卒業したときのあの晴れ晴れとした気持ちが忘れられません。 人生の攻めから守りに入ったとも言えると思います。
今の自分自身に満足していない状態に成ると、そういう事をよく考えていました。 「あの時は頑張っていたのに、今は・・・。」という悲観的な考え方ですが。 (個人的には、)自分のすべき事を見付けた瞬間に、その悩みは消えましたけどね。
お礼
今も目標はあるのですが・・・ ふとさみしい気持ちになるのです
- tent-m8
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わかりますよ。 同じ時が戻らないのは、当たり前です。 でも、未来は見えないほうが楽しみだとは思いませんか。 楽しかった時、幸せだった時代があるのですから、それでいいのです。 それは、思い出としてとっておけばいいでしょう。 これからも、それに匹敵すること、あるいはそれ以上のことがあるかもしれません。 「これからも、きっといいことがある。」と思って生きていうしかありません。
お礼
>楽しかった時、幸せだった時代があるのですから そうですね・・・ それがたとえ少しの間だったとしても 後で悲しくなるくらい充実した時があったなら それは人生の幸せですよね・・・
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お礼
その通りだと思います。 そんなことになるのは怖いです