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徒然草に「年ごろ思ひつる事果たし侍りぬ」
古文の完了の助動詞にいつも戸惑ってしまうのですが、 徒然草の「年ごろ思ひつる事果たし侍りぬ」の「つる」も なぜ完了の「つ」が用いられているのかよく分かりません。 「年ごろ」なので、「年来思っていた」となり、 例えば存続の「たり」+過去「き」になったりしないのは何故なのでしょう。 あまりに基本的なことかと思いますが、 教えて頂けたら助かります。 よろしくお願い致します。
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> 完了の助動詞「つ」や「ぬ」が強調の意味の時、場合によっては、 > 存続のような意味が出てきたりするのでしょうか。 そういう説明は、少なくとも辞書では見かけませんね。多分存続の意味付けは「年頃」という副詞に全部お任せして、「つる」は専ら強調目的で用いたのではないかな‥と私は思います。「年頃思へること」や「年頃思ひたりしこと」では強意が出ませんからね。つまり、この文では「強く思っていた」という点が重要なのでしょう。 ちなみに、もしや作者に「つ」を好んで使う癖があるのでは?と思ってちょっと他を見てみましたが、そういうこともなさそうですね。 この国の博士どもの書ける物も、いにしへのは、あはれなること多かり。(第十三段) これなど、「書きつる物」にはしていません。もっとも、そう書いたら変ですが‥。
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- o_tooru
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こんばんは、疑問はつきませんね。 さてご質問の件ですが、 > 徒然草の「年ごろ思ひつる事果たし侍りぬ」の「つる」も > 例えば存続の「たり」+過去「き」になったりしないのは何故なのでしょう。 どちらも文法的には間違えではない気がしますが。 存続の「たり」に過去の「き」が接続すれば、「~ていた」という意味になり 完了の「つ」の「~ていた」という意味と近い意味を表すようになると思います。 「つ」は比較的確信を持って述べるときに使います。よく比較されるのが「ぬ」との比較ですが、「つ」が人が意識的に終了するときに使い、「ぬ」は無意識的に終了するときに使うと言われます。一方で「たり」は、動詞の下に「~てあり」という状態を表す「てあり」が詰まって「たり」となったと言われています。 鎌倉時代の人が、どの様に違和感を持って使い分けていたかは、想像の域を抜けませんが、「思ひつる」は「意識的な終了(完了)」。「たり」はそういう状態の継続を表しますので、たとえ「き(過去の助動詞)」をつけても、違和感があったのかもしれません。 当時の人の感覚なので、「どうして?」と言われてもひょっとすると、当時の人も困るかもしれません。
お礼
ご回答ありがとうございます。 「当時の人も困るかもしれません。」 そうですよね。 自分でも妙なところに引っかかって・・・と思ってしまいます。 一番引っかかったのは、 「つ」には、存続の「~ていた」という意味が、私が大昔に高校で習った中では、なかったような・・・、という点でした。 「年ごろ」なのに、とグルグルしてしまって。 たくさん読めば、当時の人の言葉の感覚が自分なりにわかってくるかな、と期待して、頑張ろうと思います。 丁寧にお答えいただいて、ありがとうございました。
意味としては完了ではなく、確認や強調でしょう。 現代語でも「舐め “た” らアカン!」とか言いますでしょ ( ^^
- ANASTASIAK
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>例えば存続の「たり」+過去「き」になったりしないのは何故なのでしょう。 「思ひたりし事」でも正しい接続です。 「思ひつる事」とどうちがうかですが、完了の「つ」は強め の意味があり、単に「思った」というよりも「ここ数年来ずっと 思っていた」という強いニュアンスがあります。 そこが「たり」と「つ」のちがいです。
補足
丁寧にご回答くださりありがとうございました! 「ずっと思っていた」という強いニュアンスということですね! 最初に本文を見たとき、どうしても、 「~ていた」という存続というか、継続というか、 の感じが「つ」にないように思って、「年ごろ」という単語や文の意味と しっくりこないような気がしてしまっていました。 完了の助動詞「つ」や「ぬ」が強調の意味の時、場合によっては、 存続のような意味が出てきたりするのでしょうか。 理解が鈍くてすみません。 もし、お時間があれば、お教え頂けたらうれしいです。
- myeyesonly
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こんにちは。 これは完了の「つ」じゃないのでは? 「つつ」の活用形ではないでしょうか。
お礼
ご回答ありがとうございます! 「強く思っていたという点が重要」 なるほど、そうですよね。 時制?みたいなので よく頭が一杯になってしまって・・・。 副詞等との取り合わせも、現代語の感覚とは違うのかも知れませんよね。 参考になりました。 ありがとうございました!