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外国の文化・技術などを輸入するということに、日本人は抵抗がなかったのでしょうか?
外来の音楽の日本での受容について調べている者です。(厳密には、開国後の西洋音楽の受容です。) 開国前に存在していた日本の音楽(雅楽や能など)は、元来、外来のものを日本で輸入し、のちに日本風に発展させたりするパターンが多かったようです。 歴史の教科書などでは、音楽に関わらず、新しく外国の文化・技術が入ってきたときのことを「○○が輸入された」「××が流入した」など、事実が簡潔に記述しているだけで、あたかも簡単にそういった行為が為されたような印象を受けてしまいますが、本当に日本人はそういった外来文化を受け入れることに抵抗がない国民性を持っていたのでしょうか?それとも、ものによって、または時期によって、または輸入を牛耳っていた特定の人によって、受容が拒まれたりすることがあったのでしょうか。 日本は真似の文化と呼ばれますが、真似をするということは、その前にまず心理的にそれを受け入れなければなりません。今までに見たことも聞いたこともないような新しいものを、心理的・精神的にも受け入れるということは、非常に勇気のいる大きな一歩だと思います。それを達成できるような、外来文化の受容に寛容な国民性を日本人は持っていたのでしょうか? また、他の国における外来文化の受容と比べて、日本はどうなのでしょうか? また、このような問題を取り扱っている書籍・資料を探しています。このような問題はどのような分野に属すのか、また、お勧めの本などありましたら是非教えてください。 お願いいたします。
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お礼
回答どうもありがとうございました。 お礼が遅くなってしまって申し訳ありません。 早速、ご推薦いただいた本を注文してみました。明治時代が「日本人」を作っていた時代だというご意見、とてもおもしろいなと思いました。外国を知って初めて、自分達のアイデンティティを意識し始めた、ということでしょうか。「日本らしさ」というものを意識して誇張したり、整理したりしたのでしょうか。 本の到着が非常に楽しみです。ありがとうございました。