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「こいつこそ真の戦犯」と思う人は?
歴史のいろいろな書を読むにつれ、いかに東京裁判がデタラメで非正義の下に行われたかに憤りを感じ、犠牲になられた(死刑のみならず懲役等も)諸氏には哀悼・憐憫の念を禁じ得ません。 日本の起こした戦争の内幕に関しては、日本人が一番理解しているはずであり、国体を混乱させ疲弊させた国賊に対しては日本人が自浄するべきで、そもそもガイジンがガタガタ抜かす必要はないと思っています。 従いまして東条や広田等に関しては、私はさほど「悪人」という印象はありません。対して松岡洋右、牟田口廉也、武藤章のあたりこそ、国賊・極悪人だと思います。 みなさまは、誰が真の戦犯だと思いますか?
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大西瀧次郎は「発案者」じゃありませんよ。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%A5%BF%E7%80%A7%E6%B2%BB%E9%83%8E 私も冨永恭次(ノンフィクション小説『陸軍特別攻撃隊』参照)や牟田口廉也(同『インパール』などを参照)といった、敵に対してではなく味方に対しての罪が大きい無能な指揮官こそ責任を追及されるべき「戦犯」だと思います。大西みたいに弁明せず腹を切る潔さもありませんでしたし。
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- Hazos24
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アジア市場に入り込みたいのと、ヨーロッパ戦線のドイツを叩きたいものの、大統領選挙では「戦争をしない」という公約で選任されたものだから自分では開戦できず、日独伊三国同盟を利用して日本に開戦させることで自動的にドイツとも戦端が開けるという政略で日本を追い詰めた人種差別主義者のルーズベルト。 日露戦争の恨みを晴らすため、わざわざ日本だけに狙いをつけた32年テーゼという共産主義戦略を作り、ハル・ノートの作成にも自国のスパイを参画させたスターリン。 蒋介石との内戦に有利になるように盧溝橋事件をはじめとして日本をむりやり戦争に引き込んだ毛沢東。 この3人が、最大の戦争犯罪者ですね。分類から言えば、戦争を起こすように画策して実現したわけですから、平和に対する罪に当たり、A級戦犯と言えます。 さらに他にも、原爆投下を命じたトルーマンも、国際法でやめるように協定が結ばれている民間人大虐殺の責任者ですから、定義から立派なB級戦犯と言えます。
- buchi-dog
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国賊(卑怯者)として具体的に名を挙げるなら、 1. 米軍の侵攻を控えた沖縄県から逃げ出した県知事(内務官僚)、氏名不詳。 四国に何かの用を作って出張し、そのまま帰任を拒否したとのことです。この人が何らかの処分を受けた、内務省を追われたという話は聞きませんので、そのまま役人人生を全うしたと思われます。 2. フィリピンの戦闘において陸軍による航空特攻を指揮し、米軍の脅威が迫ると台湾に逃亡した陸軍中将 冨永恭次。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E6%B0%B8%E6%81%AD%E6%AC%A1 「敵前逃亡」で、軍法会議で死刑になるのが当然なのですが、上に甘く下に厳しい当時の陸軍ではそうはならず、処分は「予備役編入、師団長に降格、殆ど戦力を持たない師団の師団長として満洲に配置」という極めて甘いものでした。なお、ソ連によるシベリア抑留で、一般の兵や下士官、下級の将校は「奴隷」として食も衣料も住居も与えられずに極寒の中で重労働に使役されて多数の犠牲者を出しましたが、将官は一切そうしたことはなく、従兵もついて「将官の生活」を送っていたそうです。 3. 軍令部第二部長として、実戦の役に立たない特攻兵器を次々と開発させ、将兵の命を羽毛より軽く失わせようとした海軍少将 黒島亀人。 特に、 人間機雷 伏竜 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E9%BE%8D 訓練の段階で、粗製濫造の潜水具によって夥しい死者が出たと言われます。乗るべき飛行機がなくなった予科練出身の(少年)航空兵がほとんどであったそうです。 特攻モーターボート 震洋 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%87%E6%B4%8B 外洋を航行することができず、速力が遅く、無装甲の特攻ボートが敵の船に近づくことは不可能です。第一、敵の船を見つけることすら不可能だったと言われています。 は、実戦を知る海軍軍人であれば直ちに「全く戦果を挙げられずに全滅するのみ」であることが容易にわかったはずで、黒島の愚かさと、黒島が軍令部第二部長の要職にあり続けた日本海軍の人事システムの欠陥に憤りを覚えます。「伏龍」など、職を賭して実戦配備を阻止する海軍士官は軍令部第二部に一人もいなかったのか?と非常に残念に思います。 逆に、讃えるべき人を一人挙げておきます。 A. 樺太庁警察部長(氏名不詳)。今で言う「県警察本部長」に相当する地位で、先述した「敵前逃亡した沖縄県知事」より格下の内務官僚のはずです。ソ連軍は、8月15日以降も日本軍や日本人非戦闘員への攻撃を続け、人類史上最悪の残虐行為を行いつつ南下し続けました。この警察部長さんは、北海道へ避難する船に乗るチャンスがあったそうですが、 「樺太に日本人が残っている限り、自分はここを去ることはできない」 と避難を拒否し、ソ連軍の捕虜になる運命を甘受しました。 ソ連軍は、多くの日本人を逮捕して「ソ連の国内法に基づく、ソ連に対するスパイ行為、反ソ行為」で重労働20年とか10年とかの判決を下し、監獄で奴隷として酷使して、シベリア抑留の将兵同様多くが死にました。 警察部長は「日本領である南樺太において、ソ連のスパイを摘発するのを指揮した罪=反ソ行動の罪」でソ連によって戦犯とされたと聞いています。警察部長が日本に生還できたのか、また部長の家族はどうなったのか詳細を存じません。
- sudacyu
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非常にいい質問だと思います。現在の「靖国神社問題」などがうやむやになり続けるのも、現在の日本国民が『真の戦犯』は東京裁判で裁かれたA級戦犯たちではないと思っているからでしょう。 わたしの結論としては、「日本軍の統帥権の独立」が戦争の原因であると考えています。 明治維新で形作られた、「戦前の近代日本」は、軍人も兼ねた明治初期の政治家(政治家が政治のために=幕府を倒すために=軍を指揮した人が多い。)が形作ったものですが、主権者を天皇とし日本軍を天皇の直接指揮する軍隊と規定しました。国会や内閣も天皇の下にある組織で、軍とは別組織であったわけです。 明治天皇やそのブレーンとしての明治維新の立役者たちが、内閣・軍・国会を総括的にコントロールしていた時代は、このシステムが有効に機能し、日清・日露戦争を戦い抜きました。 しかし、日本の工業化が進み国力が増大し、政府組織も肥大化して、民主化が進み始め(大正デモクラシー)、主権者である天皇が事実上政府の一機関としての役割を果たしだしたとき(天皇機関説)、政治的意図を持って、日本軍をコントロールする存在が事実上不在となってしまいました。 天皇機関説:美濃部達吉、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%AA%AC 天皇位に付く以前から大正天皇の摂政を行っていた、昭和天皇本人も天皇機関説に従って行動していました。つまり、内閣・国会・海軍軍令部・陸軍参謀本部の決定に対して、再考を求めることはあっても(再度同じ答申がされれば、反対しなかった。)基本的に異議を唱えることはなかったそうです。 天皇が自らの意思を主張し、それが政府の決定となったのは、2・26事件と終戦の決定の2つだけであった様です。(当時の政府内部事情なので、断言は出来ませんが・・・・) 美濃部達吉氏が不敬罪で告発されたとき、天皇自身が「美濃部は当然のことを言っているだけではないか。」と驚いたそうです。 このように、日本の政治組織にその元凶がある場合、日本国民全体にその責任があるといえるわけですが、その責任論をするとなれば、結局最終責任は、内閣総理大臣兼陸軍大臣として「開戦決定」を行った人が責任を取るしかないのです。 ヒトラーや毛沢東・金正日などのような、明らかな独裁による決定ではなくとも、責任者は責任を取らなければなりません。(終戦決定をした時点で、昭和天皇自身も刑死を覚悟していました。) 会社で重大な不祥事があれば、その事実を知らなかった場合でも社長や経営陣は「引責辞任」します。(まして、開戦決定したのですから、責任は当然あります。) 私の親世代の当時の気持ちは、「A級戦犯は日本人全体の責任を代表して取っている」という感じを持っていたようです。 特攻隊の基地指令であった人などが、終戦の決定で自決しました。若い青年に特攻命令を出すということは、まともな指揮官にとって自分も死ぬという覚悟がなければ、堪えられないことであったでしょう。 東条英機氏も、終戦で自決を試みたのは有名で、「なぜ、確実に自決しなかったのか」と、当時その行動の甘さを指摘する人が居たほどです。 参考: 日本国民自身の戦争責任(既に亡くなった私たちの親世代は、はっきり自覚していました。)を代表して取ったA級戦犯に対して本当の敬意をはらう方法は、彼らをA級戦犯のまま日本国民の心の中に刻み込むこと=戦争に至った経緯を詳しく知り、戦争当時の人たちの心を当時そのままに伝えていくことであると思います。 特に、今の右翼の宣伝のようにきれいな部分だけ拾い集めるのではなく、美醜(醜の部分に多くの取るべき責任が生まれてきます。)全て含めて知り、伝えるることが大切です。 対外的に彼らが責任を取ったおかげで、日本は戦後賠償を逃れ復興することが出来、日本国民は豊かな生活を享受しています。 ですから、対外的に彼らが責任を取った形をそのまま続ける事が彼らに対する最大の敬意であり、尊厳を守ることだと思います。 A級戦犯の存在をなし崩しにしていくことは、彼らが代わりに取った日本人全体の責任に対するをなし崩しにすることに、ほかならないと考えます。
お礼
丁寧なご回答ありがとうございます。 全く同感であります。ヒステリックに騒いでいる朝鮮半島・中国の人はともかく、当の日本人ですら「A級戦犯」をA>B>Cというランクなのだと思っている者が少なくありません。まず問題なのは彼らの無知であろうと思います。 東京裁判で犠牲になられた人は、「国民代表」という説は頷けますし、我々も敬意を払うべきだと思います(但し本当に悪い人はその必要なし)。しかしその影で牟田口のような卑怯者も多く生き永らえているわけで。理不尽な怒りを禁じ得ません。
- staratras
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この東京裁判についてはさまざまな問題点が指摘されていますが、国家の指導層に対する戦争犯罪の裁判はもともと政治的な性格を帯びやすいもので、No1.様のご指摘のようにA級戦犯の被告は「時代に明確な区切りをつけるための象徴」とされてしまった一面があります。明治の戊辰戦争のとき新政府に反抗して戦った東北の諸藩が降伏した後で、責任者として家老が切腹させられたことにも通じる面があるかと思います。その家老が最大の責任者(真の戦犯)かどうかを追及した結果ではなく、責任を誰かに取らせる必要があり、それには藩主ではなく家老が一番ふさわしかった(当時の人が納得しやすかった)ということでしょう。 戦前・戦中の日本では、ドイツのように独裁者の威令がすべてに及んだわけではなく、むしろどこで政策決定がなされ真の責任者がどこにいるのかわかりづらい面がありました。そのような中で誰かに責任を取らせなければならないとしたら、問題の時期に首相や外相といった地位についていた者を被告とした東京裁判の判断も、ひとつの考え方ではあると思います。文官の広田被告を死刑にするなど判決にはおかしな点も多いと個人的には考えますが、この代わりにほかの誰かを死刑にすればよかったとも言えません。ご質問の趣旨と微妙にずれていたら申し訳ありませんが、多くの人が納得できる「真の戦犯」を決めることは極めて困難だと思います。 ただ「一億懺悔論」という考え方が敗戦直後にあったようですが、ごく少数とはいえ宗教上や思想上の理由から、戦争に反対して投獄されたり獄死したりした日本人も存在したわけですから、「国民全員」に責任があるとまではいえないと思います。「国民の多くに」責任があるというのならその通りです。ただその責任にも軽重があり、やはり当時国家の指導的な立場にあった者の責任が庶民より重いことは確かでしょう。
お礼
ありがとうございます。 確かに一銭五厘の赤紙で強制的に徴兵された人に対して戦争責任があるかといえば、疑問です。戦争さえなければ人のいい八百屋や魚屋のお兄さん・オジサンで終わったかもしれないのに、赤紙一枚で狂わされたわけですから。 やはり開戦の責任者・友軍を無為に損耗させた者・己の功名心にはやって友軍を損耗させた者・部下を見捨てて逃げ帰った者。これらは今からでも積極的に明らかにし、糾弾するべきと思います。 「古いことをなぜ・・・」と思うかも知れませんが、今の自衛隊にも同じような輩がいないとも限りませんし、今のうちに反面教師とするべきだと思います。
- haifa7741
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国難に当って見識も無く 世論をミスリードし 体制翼賛的土壌の醸成にひとかたならず貢献し 戦時に当っては大本営発表を 事情を知りながらも流し続けた 当時のマスコミ、ではないかと・・・
誰が大元かといえば、国民全員の責任だと思います。 政治があのような方向に向かっているのを黙認し、または、本心だろうと偽りだろうと、お国のためと言って後押しし、やれと言われたことをそのとおりにやったんですから。そしてああいう結果になったんですから。やってしまった後で、私は何もしていない、無関係だ、あいつがすべて悪いんだ、なんて言う人をどう思いますか?それは最悪だと私は思います。 そのことこそ当時の日本人なら皆知っていることでしょう。 それなのに、誰か一人を悪者にして責任をなすりつけ、吊るし上げるなんでできるでしょうか? アメリカ人だってそれくらいはわかるでしょう。彼らはずいぶんたくさんの戦争に関わってきたんですから。それも国民が投票して選択したんです。 日本人すべてを絞首刑にはできません。そんなことは不可能だし、誰のためにもなりません。正義かどうかで考えるなら、東京裁判には何の意味もないと思います。ですが、時代に明確な区切りをつけるための象徴が必要でした。大きな組織の重要な責任者になるということは、そういうことがあるということを覚悟するべきだし、誰にでもできることではないし、それができる人だから尊敬に値するのではないでしょうか。 質問とは逸れたような答えで申し訳ありません。 ですが、本当にそう思います。 質問者様が上げた人物も皆、私たちと同じ国民です。
お礼
ありがとうございます。 ですが当時と今では憲法からして違いますので、政治に参加できるのは資産家、庶民レベルや女性は参加できませんでした。要するに「世論など聴く必要ない。お上が決めた事に国民は従うだけでよろしい」という国家体制でしたから。その環境を理解せずに「国民全体に責任あり」とするのはやや乱暴だと思います。北朝鮮のように国民挙げて好戦的な国は別ですが。 国民全体に戦争責任あるなら、かの地アメリカの国民は何度死刑にされなければならないでしょう??残念ながら国際政治力で「戦争犯罪」とはされませんが、「犯罪的戦争」の数では日本の比ではないですよね(笑)
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お礼
ありがとうございます。 同感です。アメリカ兵は何人殺しても、それは「戦争」ですから。 本来友軍を万全に支援して共に戦わないといけない立場の人間が友軍の人命をムダに失わせ、しかも責任を取らないというのは究極の罪だと思います。割腹するのは、まだマシな方ではないかと思います。牟田口はしかも戦後もおめおめと生きていたようですし、この厚顔ぶりは信じられません。 牟田口・富永のほかにもいれば、糾弾したいです。