ドストエフスキーのデビュー作は「貧しき人びと」という作品です。これは小説ですが、いわゆる書簡体小説というもので、2人の人物がやりとりする手紙の文面が、そのまま小説になったものです。
後に書かれた「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」などでもそうですが、登場人物が自分の考えや見聞きしたことを延々と語り続ける場面がありますが、「貧しき人びと」における書簡体形式はいわばその原型のようなものかもしれません。
すごく大雑把に言うと、ドストエフスキーより前の小説というのは、作者が自分の思想なり世界観なりを具現化するために、作者の考えをいわばその分身である登場人物に託して喋らせたり、物語を一つの結論に向かって動かしていくというようなものだったとしましょう(といっても、現代でもこういう小説はいっぱいあるかもしれませんが)。
それに対してドストエフスキーの小説では、登場人物の一人一人が、作者の考えを代弁するのではなく、あたかも現実の人間と同じように自分なりの考えを持っています。また、このような登場人物同士が自分の意見を戦わせることによって、作品は、もはや作者一人の思想の反映ではなく、いくつもの異なった世界観が主張しあい、ぶつかりあう場となります。言ってみれば、登場人物の一人一人が「作家」であるようなものかもしれません。
じっさい、この世界そのものが、神様が空の上から下界を眺めるみたいに、たった一つの正しい視点から見られるものではなく、そこに生きている人間同士が話しあったり、争いあったりしている、現実そのものをドストエフスキーは描いたと言えるのかもしれません。
最初に読むのに適した作品は、ぼくは「罪と罰」を読んだのですが、ドストエフスキーの小説はどれもけっこう長いので、気軽に読めるということなら、「貧しき人びと」や「地下室の手記」あたりがいいんじゃないかと思います。もうちょっと長くてもいいよ、というなら、「死の家の記録」をおすすめします。でも、とりあえず本屋で立ち読みしてみて、気に入ったのから読んでみるのが一番いいと思います。