確かにこの証明方法を最初に考えた人は凄いですよね.
こういうのは「自分も思いつかないといけないんだ」と悩むよりも,
「へぇ~,うまくできてるなぁ」と感動できることが大切だと思います.
そして,先人の知恵に敬意を払いつつ,
一種の文化遺産(!?)として継承すれば良いわけです.
でも,こんなにうまく証明できてしまうからには,
誰も気に留めなかったような「見えない繋がり」が
隠されているのかもしれません.
まずは初等的な知識を使って,
シュワルツ不等式を図形的に解釈してみましょう.
3点O,A,Bがあり,(O→A)=a,(O→B)=b とし,a,bのなす角をθとします.
点Bから直線OAに垂線BHを下ろします.
垂線の足Hは点Oから見て点Aと同じ側に来ることもあれば
点Aと反対側に来ることもあります.
さて,直角三角形の斜辺は他の辺よりも長いですから,
OH≦OBです.
ここで, OH = OB|cosθ| であるので,これを用いて書き換えれば
OB|cosθ|≦OB となり,この両辺にOAを掛けると
OA・OB|cosθ|≦OA・OB が得られます.
これをベクトルで書き直すと
|(a,b)|≦|a||b| というシュワルツ不等式になります.
次に,上で用いた「直角三角形の斜辺は他の辺よりも長い」という事実を,
ピタゴラスの定理(三平方の定理)から眺め直してみましょう.
直角三角形BOHの各辺の間には,
OB^2 = OH^2 + BH^2 という関係が成り立ちます.
これは BH^2 = OB^2 - OH^2 と書いても同じことで,
ここで仮に辺OHが斜辺OBより長ければ,BH^2 < 0 となってしまい,
BHが実数として定まらなくなってしまいます.
すなわち,「BH^2≧0であるはずだ」という当然の要請から
OH≦OB が得られ,そこからシュワルツ不等式が導かれる,と考えてもよいわけです.
ここまでが準備段階ですので,しっかり理解してみてください.
さて,ご質問に出てくる証明には
「xa+b」というベクトルが突然出てきました.
この表記はややこしいですが,a,bはベクトルでxは実数ですね.
これをさきほどの図に描き込んでみましょう.
まず,点Bを通りOAに平行な直線mを引きます.
点Oを始点として,xa+bというベクトルをさまざまなxに対して図示すると,
その終点はすべて直線m上に来ることが分かると思います.
証明では「これらのベクトルの大きさの2乗が全て0以上である」
というアタリマエのことを用いていましたが,これを言い換えれば,
「これらのベクトルの中で最も小さい(短い)ものであっても,
その大きさの2乗は0以上である」
となります.
最も短いベクトルはどれかと言うと,点Oから直線mに下ろした垂線ですよね.
そして,その長さは先ほどのBHと等しいはずです.
すなわち,この証明もやはり「BH^2≧0であるはずだ」ということを
出発点にしているわけです.
ここに,前半で示した証明との接点があります.
上では,「ベクトルは矢印だ!」という高校生レベルの捉え方で
初等幾何的な説明をしてみました.その観点からすると,
「xa+b」を用いた証明は非常に回りくどく感じられ,
前半で述べた証明のほうがエレガントに映ります.
しかし,ベクトルをもっと一般的に「数を束ねたもの」として捉え,
「矢印」などという狭い視野を打ち破っているところに,
この証明の意義があるわけです.