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朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり

朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なりという言葉がありますが、具体的にどういった意味なのでしょうか。 どうぞよろしくお願いします。

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noname#118466
noname#118466
回答No.2

「道」の捉え方によって古来二つの解釈があるようです。道は一般には人としての生き方を指すと思われますが、国の指導者が民に示す(施す)道と理解することも出来ます。 1.朝この世に正しい“道”が行われているということを聞いたら、夕方には死んでもいい。 2.修行を積むものとして朝、道(理)を聞いたら(悟ったら)学ぶ目的を達したわけだから、夕方に死んでもいい。 人生を漫然と生きるのではなく毎日を真剣に生きていれば人間いつ死んでも悔いは残らない、或いは国の指導者たるものは常に正しい政治を心がけるべきである という孔子の教えです。

参考URL:
http://homepage1.nifty.com/kjf/China-koji/P-007.htm

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noname#20377
noname#20377
回答No.1

Yahoo辞書より http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?p=%C4%AB%A4%CB%C6%BB%A4%F2%CA%B9%A4%AB%A4%D0%CD%BC%A4%D9%A4%CB%BB%E0%A4%B9%A4%C8%A4%E2%B2%C4%A4%CA%A4%EA&stype=0&dtype=0 朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり 《「論語」里仁(りじん)から》朝に人としての大切な道を聞いて悟ることができれば、その晩に死んでも心残りはないという意。