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仏教用語?朝にこうべを足るればーーーー

その内思い出すだろうと思いながら、ここ1ヶ月以上も正式な言葉がでてきません。 確か?仏教用語と思います。 「あさにこうべをたるれば、夕べに死すとも可也」 これの正式な漢字での言葉と、意味を知りたい。 確か、人生若しくは宇宙の真理が分かれば、いつ死んでも苦いはない? このような心理状態を言い表した言葉と記憶しているのですが? 宜しくお願いいたします。

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  • merlionXX
  • ベストアンサー率48% (1930/4007)
回答No.3

論語ですね。 朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。(朝聞道、夕死可矣)   朝、天下に“道”が行われているということを聞けたら、夕方には死んでもいい。老いた孔子の嘆きでした。 これは魏の何晏らに代表される「論語」の“古注”の解釈です。しかし、南宋の朱熹の注、いわゆる“新注”では、「朝、道(事物当然の理)を聞いたら、それで修学の目的を達したわけだから、その夕には死んでもいい。」という、求道への熱情と解釈しています。 日本でも、「朝、真理(人間存在の実相)を聞いて悟ることができたなら、夕方に死ぬことになったとしても、悔いはない」という解釈が主流のようです。

yogi56
質問者

補足

回答ANO2の方の補足内容と同様の気持ちです。 ありがとう。

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回答No.5

朝、夕べ、死、での検索から、以下の文が出てきました。 「朝に紅顔ありて夕べに白骨となる・・・」 (あしたにこうがんありてゆうべにはっこつとなる) 同じ分野ですが、ちょっと、傾向が違いました。 大雑把な意味は、「朝元気な人も、夕方にはなくなることもある、 毎日一生懸命生きよう」とのことだそうです。 哲学?とまでは行かないまでも、ある真理かも知れません。 以上

回答No.4

 「朝(あした)に道を聞かば、 夕べに死すとも可なり」  これは、「論語・里仁」にある孔子のことばです。  「朝、 人の生きるべき道を聞き知れば、 かりに夕べに死んでも心残りはない」という意味です。

  • mabomk
  • ベストアンサー率40% (1414/3521)
回答No.2

朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり)[=道を聞いて~] 朝に大事な道を聞いて会得したならその晩死んでも心残りはない。道(真理・道理)は極めて重要なことであるというを強調したもの。 出典:「論語-里仁」「子曰、朝聞道、夕死可矣」 ですね。儒教系(論語)、仏教系ではないですね! 「朝聞道、夕死可矣」でググッテ下さい。

yogi56
質問者

お礼

これです!!! 言葉の記憶が少し間違えていたようでーーーー 論語でしたか。 ありがとう。

回答No.1

「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」であれば聞いたことがありますが… 『子曰、朝聞道、夕死可矣』論語です。

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