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看護の哲学者、ジーン・ワトソンの考えについて

多くありますが、そのなかでも「感情の共有は、看護師にとっても、患者にとっても、危険を伴う経験である」とはどのような意味なのでしょうか。看護師が患者に肩入れするのが危険、というのはわかりますが、なぜ患者にとっても危険なのでしょうか? また、ジーン・ワトソンの考えそのものを砕けて言うとどのようになるでしょうか。最初の質問の方、できるだけ早めによろしくお願い致します。

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  • kigurumi
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回答No.1

哲学的に考えるには無理があるように思いますが、一応考えてみました。 看護師が患者と共感することは、正常な鋭いプロとしての観察力が奪われてしまうから。 奪われてしまっては、正しいケアができない。 逆の場合は、依存が生まれるから。 ターミナルケア(終末ケア)の場合は、看護師はのめり込むと精神を病んでしまうと思うので、ここがラインというところを定めて、そこに踏みとどまった状態でケアしていった方がいいと思う。 逆の場合は苦しみを理解してもらえたという安心感には繋がるかもしれない。 ターミナルケアで最終的に患者の気持ちを救うのは宗教らしいです。 といってもケアリングに関する理論学がありそうなので、『医療』または『介護』のジャンルにそれを学んできた人たちがいると思うので、そこで現状の正解を聞いたほうがいいと思います。 何故現状と書いたかというと、学問は変化するから。 昔は当然だったものが、今では悪しきことだったとなることが多々あるから。

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