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「三尺様」とは何でしょうか?
- 八尺関連ではなく、下写真の事です。
- 「三尺様」と彫られた石は 100 余個あり、中には「無縁聖」と彫られた石もあります。
- 「庚申」信仰ならば「道教」由来の「三尸」虫の事ではありません。
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秋葉三尺坊大権現では? 「三尺様」という石碑を立てて祀ったものがあるのかどうかは存じませんが、秋葉信仰は火除けの神として全国に広まっているので、そういう形のものがあってもおかしくないと思います。 コトバンク「秋葉三尺坊」 https://kotobank.jp/word/%E7%A7%8B%E8%91%89%E4%B8%89%E5%B0%BA%E5%9D%8A-1261132 コトバンク「三尺坊」 https://kotobank.jp/word/%E4%B8%89%E5%B0%BA%E5%9D%8A-1326698
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- マサ(@masa-u)
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「三尺様」は背が低い人でそれなりの地位があった方ではないでしょうか。 2chが由来の「八尺」は身長が高い人(女性)に似た妖怪が由来だったように思います。 ネットを駆使して「三尺」を調べたところ、「三尺帯」を説明するサイトがあり、長さは一尺(約30cm)の3倍程度の長さのようです。 「様」はそれなりの地位のある人や目上の人に手紙を出す時に使うので「三尺様」は背が低くてもそれなりに地位がある人の事を指している可能性はあると思います。
お礼
回頭、有難う御座います。 はい、私も初めは「小人症 (小学生ぐらいの背丈のまま大人になる症状) で徳の高い御坊様か何かがこの地に居て、御地蔵様に祀られたのかな」と思ったのですが、都波岐神社の庚申石と同じ石の使い方や「無縁聖」と彫られた石も混じっている事から「個人を祀る」のではなく「庚申信仰のような形態の別の風習があったのかな」と疑問に思った次第です。 因みに 3 体鎮座された御地蔵様はいずれも杖を持っているのですが、一体は魔法使いの杖みたいに上部がクルりとまるまっており、もう一体は錫杖にしては大きすぎて Poseidon 神の三つ叉みたいな杖、最も新しい一体も上部がやたらと太い杖になっていて、この杖の形状も Identity として意味がありそうでした。 東総域は庚申信仰が盛んだった事が窺われ、庚申塚や西国記念 (お伊勢参り記念?) の碑が沢山ある事も関係しているのかな?と……
お礼
成る程! 確かにありそうです(^_^)/。 件の三尺様石は千葉県旭市にあり、2km ほど先には火之迦具土神を祀る愛宕神社がありますから三尺大権現、秋葉信仰……大いに関係していそうです。 西国行記念碑も御伊勢参りではなく遠州秋葉参りなのかも……。 この地は木曽義昌が徳川家康より与えられた 1 万石の知行地なのですが、木曽家滅亡後、南の内海である椿海を干拓した干潟が 8 万石になるまでは水利に恵まれた地とは言えず、浜に近い方は焼き畑も行っていたでしょうから、農民達の間では延焼を防ぐ為に三尺大権現を祀り、焼き畑の境界に結界として三尺様石を置いたなんて風習があったのかも知れませんね。 都波岐神社の庚申石にしても某かの結界だったのではないかと思えるような石ですし、沖縄 (正確には中国福建省南部) 由来の「石敢當」を塀に組み込んでいる沖縄出身と覚しき家を千葉県のみならず神奈川県でも何軒か見た事がありますので、そのような民間信仰に三尺大権現が組み合わさったのかのかな? という気もします。 彼方此方に古墳があったり、大和時代から多くの人が住んでいた土地 (何しろ東京は大湿地帯で房総半島を迂回した方が上総で、東京側は下総(^^;)) ですから、不思議な遺物が沢山あって面白い土地です。 木曽義昌なんて「ええっ?どうして木曽義仲に連なる人みたいなのが此処に居るの?」と調べたら全然ショボい子孫で、その子の代で既に滅亡しているのに義昌さんの像があったりと、首を捻ってしまうものも多いのが興味深いです……あっ、千葉徹彌さんが住んで居た事から「あしたのジョー」Characters の SD (Super Deform 2 等身) 像が置いてある公園とかもありますね(^^;)。