二礼二拍手一礼がGHQの指令だとは知りませんでした。本当ですか?
どこかにそのような記述があるのですか、あなたの思い込みですか?
まさか明治期から行われた宮中祭祀(僕は明治期以降の「天皇制」は創作だと考えています)までも、GHQによる差し金だったとでもいうのでしょうか。
古代神道というものをどう理解されているのか分かりませんが、明治期において神道は国家神道に政治的に格上げされました。その神道は、仏教、儒教、道教の「ごった煮」のようなもので、日本古来の神道とは似ても似つかぬものだと喝破した人がいました。
帝国大学の久米邦武教授です。
彼の説によると、神道は天を祭る素朴な習俗であり、それ以外の何ものでもない。地祇(地の神、国つ神)や社稷、山川を祀るのは陰陽道の影響である。「神道に宗廟なし、大神宮を大廟と称するは甚だしき誤謬」であり、伊勢神宮を神社の総本山とすることや宮中の社殿も本来の神道のあり方とかけ離れていると指摘しています。
まあ、こういう言説によって、彼は帝大を追われる形になりました。
上記の久米教授の指摘にもありますように、社を建設して、社殿の中に<神>を封じ込めることは古来の神道とは全く違った方向です。
日本における寺院や神社の多くは、朝鮮渡来の人たちが建設したと文献にありますので、その時代の日本の神道は生き延びる方途を探しあぐねていたのだろうと推測します。
岩や森、山そのものを神としていたのですから、次々と寺院が建設されてきだすと、自分たちもそこのどこかにはいりこめないものかとも考えていたように思います。仏教との折衷ですね。
日本古来の神道よりも仏教の方が古いのですから、礼拝という形も折衷案を考えていたのだと思います。
ナマステというインドの言葉がありますが、これはあなたに膝折って挨拶をしますという意味だと中村元氏の著書で読んだことがあります。
浄土教の南無阿弥陀仏の南無も、このインドの挨拶に近い言葉で、ナマステのナムが転じたものだと書いています。
僕が読んだ浄土真宗派の経典解釈では、「南無」は感嘆詞の「ああ」というものに近いと理解していたのですが、原始仏教に造詣の深い中村元氏の方が正解だろうと思います。
つまり、礼拝の形は、この膝折ってあなたに挨拶しますというものだと思います。また、あなたではなく相手は<神>なのですから、それこそ膝深く折り曲げて礼拝する形だったのではと推測しています。
現在、神社の礼拝でする二礼二拍手一礼が短時間の礼拝であるとする根拠が上記のものです。
僕は神との交信というレベルでは考えたことがないので、「柏」に意味があるのかないのか分かりません。
あてずっぽうで言えば、後世のこじ付けだろうと予測しています。
日本の場合は、漢字文化の導入の中で、いろいろ整備していったという考え方が多くは当たっているようです。
お礼
ありがとうございます GHQに関してはこちらの動画を 参考にしていただければと思います https://youtu.be/bFKyH0AMtPk