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福島県の県民性とは?
- 福島県の県民性について、その特徴や印象について考えてみましょう。
- 福島県出身の人々の主義主張や判断力の確立、個性的な特徴についても注目してみてください。
- 福島県の県民性がどのように培われたのかについても興味が湧くでしょう。
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質問者が選んだベストアンサー
こんにちは。 面白い質問ですね。 丁度良かった。 私の教え子に春休み前に、それぞれの出身地について「どのような特徴や印象を持っているか」を各自に答えさせました。 福島県出身・・・いましたよ。 貴殿のご質問には、大変申し訳ありませんが、1~4をまとめてお答えしたいと思います。 (1)一口に「福島県」と言っても、貴殿の言われる通り、江戸時代は大きく分けて3つの藩からなっていました。そのため、福島県民は海側から県をほぼ縦に切って「浜通り」「中通り」「会津」に分かれる、その境界は、越後山脈と奥羽山脈によって区切られている。 (2)★「浜通り」・・・当然、漁業が盛んで、漁師町も多いことから、「開放的」で「さっぱり」している。反面「やや気性が荒い」など。 ★「中通り」・・・平坦な地形が多く、小藩や天領地が多数、しかも飛び飛びに存在した地域で、領主もコロッコロッと変わった。そのためか、発想には「柔軟性」があり、すぐに「うちとけやすい」。そして、何よりも新し物好き。反面「執着心」が薄い。 従って、江戸時代で言えば、藩主がコロコロ変わっても、それを「素直」に受け入れ、すぐに同化したのではないでしょうか。 ★「会津」・・・これは「白虎隊」でも有名であり、家族や年配者を敬い情に厚い。もっとも東北人らしい、「口べた」「おとなしい」などが多い。 また、会津出身者になると、「福島県出身ですか?」と聞くと、誇りを持って「会津の出身です」と答えると人も多いと言われています。 (3)特に「会津」では、保科正之の家訓である「経世済民」。 つまりは、統治や経済発展は全て民の幸せのために存在すると・・・と言う教えからか、「正義感が強い」「責任感が強い」「人を裏切らない」などが根付いていると言われています。反面、「やや、とっつきにくい」「頑固者」が多いとも言われています。 (4)女性に関しては、早婚が多く、ある統計によると、福島県の女性の平均結婚年齢は「26.6歳」と言われ、東京の「28歳」よりも2歳も若いそうです。 (5)女性は総じて「地味」「ねばり強い」「愛想が良い」。反面「保守的」な人が多いとも言われているようです。 (まとめ) 以上のことから、3つの地域をひとまとめにして福島県の「県民性」は? と言い表すことが難しい・・・と言われています。 また、私が病院勤めをしていた頃、福島県(浜側)から「出稼ぎ?」に来ていた看護師が数人いましたが、「おっとりしている」「何事もやり通す」「やや口数は少ない」などの印象を受けました。 そして、余談になりますが、私は特にこれまで福島県出身者との交流は余りありませんでしたが、学生の話を聞いて「成る程な~。福島県を一つに考えること自体、間違っていたのか」と考えさせられました。 お答えになっていなくてゴメンナサイ。
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- staratras
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北海道を除くと福島県は岩手県に次ぐ全国第2位の面積の大県で、浜通り・中通り・会津の3方部(ほうぶ)…この言葉は福島県で初めて知りました…で気候風土や気質が大きく異なります(年末年始に浜通りのゴルフ場ではゴルフが、会津(一部は中通り)のスキー場はスキーが楽しめることが多い)が、それでも共通点がないわけではないと思います。 回答者は転勤族で福島市に合計6年間住んだことがあり、福島と福島に住んでいる人が好きになりました。福島の人は一見保守的に見えますが、自分の信ずるところを曲げてまでお上に従うことはない、「ぶれない」性格の人が少なからずいることがわかったからです。 例えば安積疎水を作るのに貢献したファン・ドールンというオランダ人の銅像が猪苗代湖畔にありますが、戦前に建てられたこの銅像は戦時中オランダは敵国となったこともあり、金属材料として供出しろということになりました。しかし地元の関係者は「敵国人かも知れないが、自分たちが農業で生活できるようになった疎水作りに貢献した大恩人の銅像を溶かすことはできない」と考えました。 そこで、お上には銅像は行方不明になったということにして、山の中に埋めて隠し、自分たちのなべやお釜を代わりに差し出し、戦争が終わると、また銅像を掘り出して元のように立てたそうです。銅像に少し傷があるのはそのせいだとか。 また近年では公立高校をすべて男女共学にしたことも信念を貫いた事例だと思います。その後元は女子高校だった高校が夏の高校野球の福島大会で初勝利を挙げたニュースを知って、多少の感慨がありました。ひと言でいえば、ならぬものはならぬし、なすべきものはなす。ということだと思います。 ここまでだけでは単純な「福島人賛歌」と誤解されそうなので、別の視点で分析すると福島県の県民気質には歴史的な背景もあると思います。江戸時代には福島県は極めて細分化されていました。その最大の藩は会津ですが、戊辰戦争の直前には11の本藩と14の飛領、そして幕領に分かれていたといわれ、戊辰戦争の際にも、藩により新政府軍に対する帰順の時期が違いました。このことが近隣の町村の間で、その後微妙なしこりとなっているところもあるようで、年配の人の中には酒席などでそのことを話題にする人がいました。 この戊辰戦争の体験が、会津だけでなく福島県全体にも大きな影響を与えているのではないかと考えます。歴史を単純な正義と不正義の争いとして理解することが不毛であることを、福島県人はよく理解しているように感じるからです。銅像の事例もそのひとつとも考えられますし、第1次世界大戦中のドイツ軍の捕虜に人道的な取扱いをしたことで知られる、徳島県にあった収容所の所長が会津藩士の息子だったことは象徴的ではないでしょうか。
お礼
ありがとうございました。 BAを選んでお礼をしている間に、ご解答がありました。 まことに素晴らしいご解答で、確かに私の知る福島県の方々の心性と気質を彷彿とさせていただけました。
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11082/34531)
クレーム処理の仕事をしていたことがありますが、私の主観ですが「三大怒らない県民」が、北海道、山形、福島です。特に山形人はどうすれば「怒る」のかちょっと分かりません・笑。 他県民と比較すると、東北地方はどこも自己主張ははっきりいってヘタクソです。あえていえば青森県民(しかし青森も実は津軽と南部で気質が大きく違いかつまたお互いに激しく激しく対立しています)くらいでしょうか。 だから私とすれば正直「え?福島の人ってそんなに主義主張をはっきりするかな?」と思うところです。もしかしたら、福島の人は「親しい人」と「そうじゃない相手」では態度が違うのかもしれませんね。二面性があるというより、内弁慶といったほうが近いのではないでしょうか。
お礼
ありがとうございます。 ”東北地方はどこも自己主張ははっきりいってヘタクソ”ですか。 ”福島の人は「親しい人」と「そうじゃない相手」では態度が違う”のですか。それは分かりませんでした。 ありがとうございました。
お礼
ありがとうございました。 「福島県といえども一つに考えること自体、間違っているようですね。」質問の出し方が不適切でした。 頑強でしっかり立とうとする。これって福島県人の通有のような気がしています。