モンゴル帝国っつうのは基本的にチンギスハンファミリーによる家族支配ですから、人種的対立はないです。モンゴル族という「支配する民族」とその下にある「支配される民族」に分かれるだけの話です。んで、支配される民族はモンゴル族に従うか、反乱を起こして負けたら体の穴という穴に融けた金属を流し込まれるような処刑をされるかのどちらかでした。
最初のうちは家族の中で上手くやっていけましたが、時代が下るにつれて段々それぞれの家族はそれぞれに疎遠になっていきましたので、そこは比較的平和裏に分家されて各地で独立していったという感じですね。それぞれの分家はどちらかというとその支配地域に帰化していったという感じです。
そもそも「民族自治(それぞれの民族は、独立した自分たちの国を持つべきだ)」という考え方そのものが19世紀くらいになってから出てきた思想なんです。それまでは複数の民族でひとつの国家を形成していることはフツーというか当たり前のことだったんですね。
企業は零細や中小であるより、大企業になったほうが安定して一般的に待遇も良くなります。国家も同じで、大国になると安定するのです、イロイロと。だからモンゴル帝国があんなに短期間で大帝国になったのは、チンギスハンの軍事的才能だけではなくて、シルクロード商人たちがシルクロードにまたがる大帝国があると国境を超えるたびにいちいち税金を取られなくていいよねという支持があったからなんですよ。今のEUみたいなことだったのです。