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ウィキのヘルマンヘッセのドイツ語版について

Hermann Karl Hesse (Pseudonym Emil Sinclair[2]; ここの(pseudonym )って 別名って意味らしいけど つまり ヘルマン・ヘッセには、Emil sinclair っていう別名があったっつーこと? 詳しい人求む。

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回答No.2

Pseudonymは「ペンネーム」「偽名」「仮名」など、本名の代わりに使用する名前を意味します。ヘッセがEmil Sinclairというペンネームで発表したのは「デミアン」という作品です。ヘッセは第一次大戦のおり、兵役を志願しましたが、強度の近眼のため不合格となり、代わりに捕虜を慰問する文庫の仕事に携わります。しかし、文化人までが戦争賛美と敵国憎悪に走るのを目の当たりにし、文化に携わるものは精神の国で平和を守るべきであるとスイスの新聞で訴えたところ、激しい批判を浴びました。戦争反対者、兵役拒否者としての立場を明確にするにつれ、ドイツでは孤立していきました。そんな中、1916~17年にかけて数カ月で書き上げたのが「デミアン」で、ペンネームを使った理由の一つとして、「若者たちを、彼らがよく知っているおじさんの名前で驚かさないように」と言ったとも伝わりますが、すでに多くの著作を発表している「ヘッセ」としてではなく、戦争による体験を経て、新たに出直すという考えがあったようです。ヘッセは「デミアン」の原稿を、エミール・シンクレールという死期が迫っている青年から託されたものとして出版社に送り、そのまま出版されましたが、これが大きな反響を呼び、「フォンターネ賞」を受賞します。そこで、真の作者はだれかということが話題になりました。「デミアン」の原稿を審査した詩人、レールケは、当初からヘッセを強く想起させる作品と指摘していましたが、それ以前にシンクレアの名前で発表していたエッセイにもヘッセを思わせる内容があり、真の作者がヘッセであることを特定するのは難しくありませんでした。作家のオットー・フラーケが、シンクレ―ルはヘッセであると指摘したあと、批評家のコロディという人が新聞上で本名を明かすよう促したため、1920年にヘッセ作として出ることになりました。「フォンターネ賞」は、ヘッセから返却されました。エミール・シンクレールというペンネームは、この時期に限られたもので、現在はヘッセ作になっています。

その他の回答 (2)

回答No.3

回答No.2中、一か所でうっかりシンクレアと書きましたが、シンクレールのことです。

noname#260418
noname#260418
回答No.1

「デミアン」