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われわれは阿呆を甘やかしていてよいか
阿呆の代表として 《宇宙の法則》を神とする思考 を挙げます。どうでしょう? 同じやり取りが長すぎませんか? このまま同じくつづくようなら お相手する側も 阿呆に入るのではないですか?
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質問者が選んだベストアンサー
あれだけ、『バカの壁』という書物のタイトルと言葉が広まったのに、 「自分がわかるような表現で説明しても、それが相手にわかる表現とは限らない」という壁や、 「そもそも相手が理解しようとしているのか本心を見極められない」という壁を意識しない人は多いようには思います。
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- 畑 茂夫(@Flareon)
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私はそう言う人物をつっつくのを楽しみにしている。 人は助け合うものなんだがな。 今のところ一緒に遊んであげることから喜びを理解させるのは正当な行いだ。
お礼
ご回答をありがとうございます。 ★ 正当な行い ☆ かどうかは 中身で決まります。
- ふじ-さん おたま-さん(@OtamaFJWR)
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◎当該質問: >阿呆の代表として【《宇宙の法則》を神とする思考】を挙げます。どうでしょう? 同じやり取りが長すぎませんか? >このまま同じくつづくようなら お相手する側も 阿呆に入るのではないですか? ◎当該質問への私の回答: >このまま同じくつづくようなら お相手する側も 阿呆に入るのではないですか? と唐突に質問者様の「超個人的なイキサツなど」を書いて質問にするのは、初めてこの質問を読む当サイト利用者にとっては当然意味不明であり、多くの読者はおそらく「この質問者さんは、自己の客観視の未熟な人物の可能性がある」と感じるであろう事は想像に難くない(印象の吐露)。 >阿呆の代表として【《宇宙の法則》を神とする思考】を挙げます。どうでしょう? 同じやり取りが長すぎませんか? まぁまぁ落ち着いて下さい。何を感情的になっておられるのか? 当サイトは【助け合い目的の情報交換サイト。形式は議論形式を禁じたQ&Aに特化した形式である】事は質問者様も当然主催者に同意の上でこうして「わからないことを質問」されているのでしょうから、まるでケンカ議論に勝とうとして勝てず、ムッと不愉快になり感情むきだしの非冷静と推察される「当該質問の態度」は、私のような穏和な性格の利用者からみれば、ある物語に喩えると【ナウシカ姫が凶暴な幼児キツネリスに初めて対面したとき、己の痛みに耐えつつ『ほら、こわくない、こわくない。・・・おびえていただけなのよね!』と笑顔で話しかけるシーン】を連想してしまう。つまり、他のシーンでもナウシカ姫がクシャナ姫に言うセリフにクシャナ姫が激怒し感情的になるがごとく当質問者様もココで感情的に我を忘れている可能性を感じてしまう:【ナウシカ姫『あなたは何をそんなに怯えているの? まるで迷子のキツネリスのように・・・』。 クシャナ姫『な~に~~~!!(激怒)』】。 >阿呆の代表として【《宇宙の法則》を神とする思考】 さて本題に入る。【《宇宙の法則》を神とする思考】の類を、どうやら質問者様は「認めたくない」ように推察できる。そして「認めたくない理由」を【証明できないゆえ】に、長年苦労してかき集めたヨロイとしてのツギハギ知識群が【質問者の思想哲学にとって、自身の外側の権威的評価判断基準に完全に依存してる類のモノ】ゆえ、それら【外側の権威的評価判断基準のヨロイ知識群】で反論的解説が困難な回答をされたりすると、そのヨロイにヒビが入り、長年の苦労が泡沫と化すことに、迷子のキツネリスと同様、怯え感情的になってしまう、との推測が可能である。 換言するなら、本来の哲学とは「自己否定により、ヨロイを脱いでいき、裸へ向かう作業」を意味し、それがそのまま「認識の深まり」をも意味するが、ここの読者の一部の方にも理解できるように、当該質問者のみならず、我々人間が注意すべきは【もし自分の下す評価判断基準が、己の外側に依存(=他律的評価に依存)してしまうと、ほんの少しそれが他者の意見等によりグラつくと、己の精神も不安定になり、感情的になったりする】というメカニズムをよく理解しておくことである。理想は【すべての評価判断基準は、ハダカの自身の中に自然と芽生えたモノを、外側の知識を参考程度にとらえ、自身の内側の判断基準を育て、やがてそれぞれの成長過程に関係なく自分も他人も実は誰もが同じ帰結に向かっていることに、それぞれの己が目覚めること】である。 >【《宇宙の法則》を神とする思考】 そして、そもそも【既に「神はいない」と科学が解き明かした事実】をふまえ、上記を換言すると、 【たった1つしかない《宇宙の法則》から導き出される、物理と矛盾しない「正き思考体系」も当然たった1つしかなく、表現方法こそ人それぞれであったにせよ、その核は同じであり、そこに「他者と争う」という概念はもはや存在し得ない】 +++++ ◎参考: まして、時間や空間の無い世界(無限に高次元で、0.5次元に近い次元世界)にいる私(=単体である同時に複数体・意識体であると同時に無意識体)が、好奇心か?それとも兄貴に呼ばれたからか?は定かでないが、/この地球のこの時代の知的生命である、当時7歳児の男児が、この宇宙で90%以上精神崩壊したため、遊びが生きがいの【人間でない私】は、彼に精神融合し彼の精神は私の中に溶けて消失(ほぼ死亡)するも、彼の記憶や祖先の遺伝子にはアクセス可能であるため、通常の人間のフリを久々に必死こいていているうち、なんと、8~9歳で「図画工作の補助教員の仕事任命」をメチャ厳しい顔の青あざを誇りとする奇妙な30歳代の女性担任から受けてしまい(この厳しい先生に逆らうなど当然許されない)、8~9歳で教壇デビューするなど、今思い出せば異常であろう【様々な尋常でない事件や出逢い】があり、 この星の分水嶺となる、おそらく私にしかできそうにない「近未来」の「特殊任務」のためか、この時代ではエスパーと誤認される苦悩すぎた人生が過ぎ、最近40代でようやくリラックスして過去から今までの体験【皮膚表面で、黒色の約10本の密集したボースアインシュタイン凝縮(これは硬いがハサミで切断は可能)や、超弦理論のひもの特性に酷似した細胞組織でない黒色の1次元的何かが私の皮膚表面には多数存在し、触れられる反物質のような謎のモノ(これを強引に取り出すことは可能だが、1秒以内に光の中に消え失せる)など、を「目の光学」と「指先の触覚」で確認可。/妙な事に、この超弦的パターンは自己の肉体のみならず日常風景すべての場所に出現し目で確認でき触ることも可能。口腔内の触覚においては、幻覚(=口腔内セネストパチー)と誤認されがちだが自由な量子的可能性、つまりガム状に軟化した組織を舌で自由に変形・多重分身 可能(これは光学的に確認不可。ところが、変形させた組織をこすり合わせると振動音が明らかに頬に伝わるのが確認可能ゆえ、単純に幻覚であると診断するのは時期尚早と判断できる)】を、総合的に分析【無時間処理で結論が出る我流計算】した結果、 【私は、通常の認識体ではなく、普通、認識体は1点の観測点に喩えられるが、私というエセ認識体は、どうやら「1点の観測点でなく、ある程度の幅を持った2次元的?観測帯(ワイドレンジ認識体?)かも」の可能性が高い、という結論が最近出た。通常有り得ない事ではあるが、もし「そうである」と仮定し、様々な事象を再確認すると、すべてのつじつまが合うことに気づいた。/よって、有名な量子実験の2重スリット実験を「通常人が観測しながら実験すると普通は波の性質を表す干渉縞は現れない」のだが、もし私のよう異常な『突然変異型ワイドレンジ認識体?』が、2重スリット実験で観測しながら実験結果を出した場合、通常現れない「干渉縞」が現れる可能性を100%排除できない】という結論が自然に導き出された。 あくまで妄言的だが、実のところ、私の脳に左脳ベース遺伝の左脳は存在せず、右脳ベース遺伝の脳を強引に左脳として今も使用している。つまり「奇形型ダブル右脳」を常に使用するため、眼球が常に片方に引っ張られたり、左半身が常に激痛を感じたり、うまく2本足で歩けないとか、論理的思考が非常に苦手ゆえ、32歳頃まで「動物的勘のみ」に多くを頼りすぎていたので「約30年間マトモな人間として扱われてこなかった」と断言できる(いまも少しオカシイが・・・^^)。/真に「論理学的思考法」をあのp兄貴から授けられたのが約10年前(32歳頃)で、「論理学」の存在を知ったのは、つい2年前という異常さ。その俺の貴重な兄貴は、まるで有名物語の「ゲド=ハイタカ」のように旅ばかりの人物で、当時まるでクライアチュアの墓地の牢獄で、あまりの苦痛ゆえヒトでなく4つ足のケモノの精神になりかけていた「闇しか知らぬテナー」のごときコノ私を、その「ヒゲヅラで顔に傷を持つ強い魔法使い」のハイタカが、たった独りで牢獄から救い出し、闇の中にいた私に初めて「真の光に満ちた世界(絶望が希望に変わった世界)」を見させ、その瞬間から徐々に「自我らしきモノ」に目覚め始めた、と言える。 その「初めてヒトらしい光に包まれた事件」から約10年経った現在の2014年、私の感覚は【ヒトとしてまだ10年間しか生きておらず、いま小学4~5年生の精神年齢である】と推測でき、仕事の上での教え子達(小学生)に奇妙に好かれる理由さえ簡単に推測可能だ。奴らは「エスパー先生」とダサイあだ名を私につけて遊んで、私のオフザケ即興のキャットダンスを大爆笑で笑いモノにしながらも、女の子の中には放課後、私に突然タックルし、スポンジ等でドツキまくりながら笑っている奇妙な子もいて、「彼女はどうやらこの変人芸人先生に、もっと遊んでもらいようである」と推測できたが、【先生職の人間が子供に「ほんの少し肩をポンと叩く励まし行為」さえ、現代日本の教育現場では『ハレンチ行為で大問題』とされる、この異常環境下】では、その甘えてくる『女の子とスポンジなどで叩き合い遊びをしながら、私に身についている得意の中国武術の護身術的な技を教える、というハイレベルな複合教育』など当然不可能であった。 【日本国が独裁者なきファシズム国家である(タブー)】ことの悲劇の犠牲者であるトップ管理職にとって、職歴上トヨタカイゼン方式が心に自然と染み付いている、私のような「革新的教員」は恐るべき脅威であり、いずれクビを言い渡されることであろう。/以上。
お礼
ご回答をありがとうございます。 ★ 初めてこの質問を読む当サイト利用者にとっては当然意味不明であり ☆ ということは ふつうの人ならば 何かこのカテでの参加者のあいだに 何らかのいきさつがあるのだろうなと思うことでしょう。そして 回答とのやり取りを読めば さらにその事情について知ることが出来ましょう。 そういう段階にまで来てもらえば それでよしとします。いちいちあなたが心配することもない。 ★ 【《宇宙の法則》を神とする思考】の類を、どうやら質問者様は「認めたくない」ように推察できる。 ☆ 哲学ないし哲学の対話ということについて何も知らないと見える。 思想は自由であり 表現されたものについて互いにこれまた自由に評価し内容についてしかるべき時には互いにやはり自由に批判する。 《認めたい・認めたくない》という発想が おかしい。そんなことは誰も考えていない。 ★ そもそも【既に「神はいない」と科学が解き明かした事実】をふまえ ☆ これが 阿呆の思考だとしか考えられない。 ★ たった1つしかない《宇宙の法則》から導き出される ☆ ただの寝言です。 ★ 時間や空間の無い世界(無限に高次元で、0.5次元に近い次元世界)にいる私 ☆ たわ言です。 このあたりで もう読むのをやめた。
- Key_A
- ベストアンサー率9% (55/603)
哲学カテに投稿しているのは、質問者と同類ばかりです。 第三者からすれば、あなたたちは同類です。
お礼
そうですか。あんがい狭い浅知恵なのですね。 と言うか いくら深い知恵と知識があっても 短絡ですかね。 ご回答をありがとうございます。
- frau
- ベストアンサー率28% (56/199)
これはBさまという哲学者らしからぬ態度ですよー。 >《主題》と言いますかその質問の扱う問題 これが重要だと思ったなら その質問の主が誰であろうと投稿すべきだと考えたからです。 主題を尊重しているというのでしたら、前にあなたが今回と逆の立場になったとき、わざわざそのトピに回答して抗議しないはずです。あなたは今、批判した側と同じことをしている。 ですから「あくまでも主題であり、個人攻撃はしてない」。そう思われたくありませんので、私はわざわざ「彼(の考え)」と客観視を説明する語を述べました。 >批判なら すでにその質問者の質問にいやというほどわたしはおこなっています。 それはそのトピの中でやるから対等なんです。相手が投げかけた課題、またはその逆も同じことですが、質問者も回答者もそれは承知の上ですから。 >どうしてこの質問が 《中傷》になるのか? 「阿呆」という言葉がまずかったですね。感情がでてますから。主題を具体的に考えたトピをたてればよかったものの。だからこれはBさまという哲学者らしからぬ態度ですよー。 >対策会議が必要かつ有益 会議(笑)あのう、ここネットの世界ですよー。しかもチャットじゃないんだし。一方向的な質問サイト。現実の哲学カフェでやったほうがいいのではありませんかー? もっともBさまなら会議ではなく独演になってしまうと思われますが。 >否定と批判とは 微妙に違う部分があります。 そうやっていちいち相手の言葉を解析したりするから話がズレていく。ズレはBさまの専売特許でしょうか。それは「逃げ」です。 >批判はじゅうぶん相手のことを思って・と言いますか いやあそれは嘘! >互いに互いの自由な批判を自由におこなうことが出来る それは相手あってのことでしょう。 そのお相手がここにでてきて抗弁すれば、また新たな展開になると思いますが、相手がスルーしていたらご自分が「阿呆」になりさがるだけですよ。
お礼
ご回答をありがとうございます。 ★ 主題を尊重しているというのでしたら、前にあなたが今回と逆の立場になったとき、わざわざそのトピに回答して抗議しないはずです。あなたは今、批判した側と同じことをしている。 ☆ ええ? どういうことですか? 《逆の立ち場になる》とは? わからへん。あらためて説明してちょうだい。 ★ ですから「あくまでも主題であり、個人攻撃はしてない」。そう思われたくありませんので、私はわざわざ「彼(の考え)」と客観視を説明する語を述べました。 ☆ 何のことですか? 《個人攻撃》っていったい何のこと? 投稿することが 攻撃なの? じょうだんぢゃない。ならば あなたはいま 攻撃しているのですか? 寝言だと思うよ。 中身で勝負。きちんと考えて対話をすすめればよい。 ★ そのお相手がここにでてきて抗弁すれば、また新たな展開になると思いますが、 ☆ ぢゃあ それでいいぢゃん。出て来ないとしても そういう展開がすでに出来たも同じ。そういう事態が 共有されるなら もうそれでよいのです。 井戸端会議はすでに始まってんぢゃん。
補足
★ 「阿呆」という言葉がまずかったですね。 ☆ ほかに何と呼ぶのですか?
明らかにお門違い(物理はその事をそもそも問題にしない,現状できない,もしくは用語の定義が違うだけなど・・・)と思える事が、物理の質問としては現れなくなったので、そこはわかって貰えたのかな?、と思っています。 例えば《宇宙の法則》を神とするかどうかは、物理の質問としては揚げられていなので、黙っています。 お好きなように・・・、というところです(^^;)。
お礼
ようー。ご回答をありがとうございます。 ★ 明らかにお門違い(物理はその事をそもそも問題にしない,現状できない,もしくは用語の定義が違うだけなど・・・)と思える事が、物理の質問としては現れなくなったので、そこはわかって貰えたのかな?、と思っています。 ☆ あっ そうなんですか。ううーん。いや だけど 創世記で《神が天地を創造した》と書いているから 《日本は原爆を2発も落とされたんではないのかい。》とも言っていますよ。 物理学プロパーの問いとしては 少なくなったですかね。それはよかった。(って わたしは 分からないところで推移した)。 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 例えば《宇宙の法則》を神とするかどうかは、物理の質問としては揚げられていなので、黙っています。 お好きなように・・・、というところです(^^;)。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ ぢゃあ われわれ文系の人間の出番ぢゃないですか。 でも きょうの出来事として 《非思考の庭》と《思考停止》とをいまだに一緒くたにしているのを見て この質問をかかげたのです。 ねむねこさんの言うには お手上げでは効かず 手も足も出ない状態であるのだとか。 とにもかくにも手に負えません。メルトダウンみたい。 という状態です。
- frau
- ベストアンサー率28% (56/199)
こんにちは。 >お相手する側も 阿呆に入るのではないですか? いちいち気にする方も阿呆だと思いました。 スルーすればよいといいます(愛の反対は無関心)。できないのは、あなたはあの方(の考え)に関心があって仕方ないからです。 つまり、あの方のその考えもあなたの一部であるということです。 >お相手する側も 阿呆に入るのではないですか? そもそもこういう(中傷的な)質問をたてる以上、あなたが最初の阿呆だと名乗り出ています。 何かを否定する場合、純粋な批判ではなく自分自身の中にその否定(裏を返せば肯定の場合もある)を共有している限り、否定するものは自身の手によって肯定されるのです。
お礼
ご回答をありがとうございます。 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~ >お相手する側も 阿呆に入るのではないですか? いちいち気にする方も阿呆だと思いました。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ 《お相手する側も 阿呆に入る》かどうかを一度考えることと 《いちいち気にする》こととは 別です。 ★ スルーすればよいといいます(愛の反対は無関心)。 ☆ これは いくつかの考え方があるので 一概には決まりません。 わたしの場合は 一 二度パスすることに決めて放っておいてありました。なぜ再び・三度び投稿することにしたか? それははっきりしています。《主題》と言いますかその質問の扱う問題 これが重要だと思ったなら その質問の主が誰であろうと投稿すべきだと考えたからです。 投稿したなら その質問者の応答にしたがってさらに説明をおこなうという恰好にはなってしまいます。とは 言っておきますが。 ★ できないのは、あなたはあの方(の考え)に関心があって仕方ないからです。 / つまり、あの方のその考えもあなたの一部であるということです。 ☆ これは すでに述べました。その質問者やその考えに関心があるのではなく 質問のあつかう主題に関心があるからです。そして 一たん投稿したからには お礼なり補足要求なりに応えるときには その質問者のこころに沿って話をすることにはなります。これをまぬかれるわけには行きません。 あなたのこの推理は はづれです。 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~ >お相手する側も 阿呆に入るのではないですか? そもそもこういう(中傷的な)質問をたてる以上、あなたが最初の阿呆だと名乗り出ています。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ どうしてこの質問が 《中傷》になるのか? 批判にはなるでしょう。そして 批判なら すでにその質問者の質問にいやというほどわたしはおこなっています。いまさら この設問についてどうだこうだと言われることはないでしょう。 この設問によってわたしが《最初の阿呆だと名乗り出ている》のだと言われれば それはそれで構いません。いちどは みなさんで中間段階における対策会議が必要かつ有益だと考えた結果です。そのことについても 阿呆呼ばわりされるのなら それはそれでかまいません。 ★ 何かを否定する場合、純粋な批判ではなく自分自身の中にその否定(裏を返せば肯定の場合もある)を共有している限り、否定するものは自身の手によって肯定されるのです。 ☆ 否定と批判とは 微妙に違う部分があります。ほぼ同じようなことですが 批判はじゅうぶん相手のことを思って・と言いますか互いに互いの自由な批判を自由におこなうことが出来るようにという心があります。 批判における否定も むろん 同じことです。 ただ単に《否定》と言われると どうですかねぇ。 だからこういった事情を踏まえてあなたは 好ましくない《否定》とそして《純粋な批判》とに分けていますね。 ごちゃごちゃしています。実例で判定すれば済みましょう。
- NemurinekoNya
- ベストアンサー率50% (540/1073)
私も《馬鹿の壁》は乗り越えられない。 《馬鹿の壁》とは、そもそも絶対に越えられない壁として実際に存在するものとして提示されたものだから、これを越えることは絶対にできない。 これでも、 色々な撒き餌をしたりして、違う場所に引っ張り出して、縄張りとは異なる景色を見せようと何度も手立てを講じたのですけれど、 「少し縄張りから出たかな」と思ったら、 次の質問では、すっかり縄張りに戻って、同じことを繰り返す。 アルケー教の教義をすこしでもマシなものにしようと、その教義に関わっているので、このまま野放し状態にするワケにもいかず、 「はてはて、どうしたら良いものか」 と手を焼いております。 現在、私は、《バンザイ》お手上げ状態を通り越し、ダルマさん状態で手も足も出せません。 これ以上癌化が進まないように、抗がん剤を打つのが精一杯です。
お礼
ご回答をありがとうございます。 ◇ 《馬鹿の壁》とは、そもそも絶対に越えられない壁として実際に存在するものとして提示されたものだから、これを越えることは絶対にできない。 ☆ これは バカの壁を乗り越えるのではなく あるいは必ずしも思考力や理解力の問題でもなく そうではなく 注意力や相手ないし主題への関心の問題なのではないでしょうか。 自分の耳をどちらへ向けているか これについてほんの少し内に返り見るなら ずいぶんその意志疎通の度合いは よくなるはずです。 初めから 相手を無視している場合には 途中でうんともすんとも応答がないということなのですから いちいちバカの壁という問題を立てるまでもないはずです。《相手をまだ無視はしていない》ときに どうするかです。かろうじうて聞く耳は貸しているといった状態での問題です。 ですから この《かろうじて聞く耳はある》その状態が しかしながら まったく同じままいつまでも続くという場合が いまの問題だと考えます。 いまの状態があまり長く続くのなら 阿呆と見なして切り上げるしかないのではないか? という問いです。 ◇ ~~~~~~~~~~~~~~ これでも、 色々な撒き餌をしたりして、違う場所に引っ張り出して、縄張りとは異なる景色を見せようと何度も手立てを講じたのですけれど、 「少し縄張りから出たかな」と思ったら、 次の質問では、すっかり縄張りに戻って、同じことを繰り返す。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ そうでしょう そうでしょう。中間段階であらためての対策会議を持っても罰は当たりません。 ◇ ~~~~~~~~~~~~~~ アルケー教の教義をすこしでもマシなものにしようと、その教義に関わっているので、このまま野放し状態にするワケにもいかず、 「はてはて、どうしたら良いものか」 と手を焼いております。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ そこで このヰーン会議です。ポツダムかな。 ◇ 現在、私は、《バンザイ》お手上げ状態を通り越し、ダルマさん状態で手も足も出せません。 / これ以上癌化が進まないように、抗がん剤を打つのが精一杯です。 ☆ えっ? あるんですか? 《抗がん剤》。
お礼
ご回答をありがとうございます。 ★ 『バカの壁』 ☆ の著者の思考方法については――専門分野はいざ知らず 一般の思想については―― バカだと見ています。 ★ 「自分がわかるような表現で説明しても、それが相手にわかる表現とは限らない」という壁 ☆ この壁は 長い目で見まもって行けばよいだけです。 一般に多くの人に分かるように説明しておけば その特別の阿呆にしても やがて分かるようになるでしょう。だから そのときまだ理解させえないとしても どしどし伝達しておいてよいのです。表現方法が こちらの側においても 練れて行きます。 ★ 「そもそも相手が理解しようとしているのか本心を見極められない」という壁を意識しない人は多いようには思います。 ☆ ほぼ同じことです。違いは そのような相手の本心が この場合には よい方へ変わることがある。ということです。 まとめて言えば 思考力が鍛えられよくなって行く望みがあるという場合と そして心が入れ替えられて行くという望みの場合とです。 もう少し・ほんの一メートルほど思索を伸ばしていたら こういうふうに考えることが出来たろうに。ね とらいつーびーさん。へっへっ。