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日本橋本町に薬の問屋が多いことについて

この間、神田紺屋町や日本橋本町のあたりを歩く機会がありました。薬の問屋があまりにも多かったので不思議に思い、ある問屋で聞いてみたところ、結構昔からここの地域には薬問屋が集まっていた、とのこと。地図をみると、近くに田辺製薬、山之内製薬などの大手の製薬会社が集まっていることに気が付きましたが、問屋と製薬会社、どちらが先にこの地域に集まってきたのでしょう?それから、どうしてこの場所にこのように集まったのか、もしわかれば、教えて下さい。

質問者が選んだベストアンサー

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  • kiriku
  • ベストアンサー率41% (195/468)
回答No.2

日本橋本町は、元禄初期に薬種問屋の座ができたのが最初のようですね。 参考URLに由来が書かれています.

参考URL:
http://www003.upp.so-net.ne.jp/nozu/third.html

その他の回答 (3)

  • gogoxr250
  • ベストアンサー率10% (2/19)
回答No.4

城下町が元の都市では、そうゆうことはよくありますよ。 城下町を作る際、区画を決めて、武士、職人、農業などをわけるのです。職人町の町名は大体その職業がわかるような名前です。職人町には他に、材木町、紺屋町(染物)、鉄砲町、鍛冶町などがあります。

  • h-komi
  • ベストアンサー率36% (250/693)
回答No.3

直接の回答ではありませんが、下記に日本橋本町の歴史が書かれています。

参考URL:
http://www.iijnet.or.jp/ynp/edo400/lecture03.html
  • ymmasayan
  • ベストアンサー率30% (2593/8599)
回答No.1

ちょっと長いですがこのURLに歴史が出ています。

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