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元帝大のソウル大学
(はじめに…政治的な意図とかそういうのはなく、純粋な質問のつもりです。ご気分を害してしまったら、ごめんなさい) 韓国のソウル大学は、朝鮮半島を日本が治めていた時代に、「帝国大学」として創立された大学だと、最近知りました。 そこでまず一つ目の質問ですが、 「帝国大学」とは、今で言う「国立大学」のようなものですよね? もしそうならば、二つ目の質問です。 私は、日本が朝鮮半島を「植民地」として「支配」した、 と思っていたのですが、普通、植民地に国が大学なんてつくるでしょうか? 例えば、識字率や就職率を上げるために、小学校にあたる教育施設をつくるのはわかります。 しかし、大学、となると、それなりに専門性が高まりますよね。 つまり、朝鮮半島に住む人々の頭がどんどんよくなります。 他の国がどうなっているのかとか、そういうことも知るようになるし、自国がどのような立場だったかなども、それまでよりも多くの人が、理解するようになります。 しかし、植民地を持っていたら、恐れるのは「反乱」や「独立運動」なのではないですか? 言い方は悪いですが、植民地の人々に(それまで以上に)知恵を与えるのは、支配する側にとっては、断然不利だと思うのです。 そこで自分なりに考えたのですが、日本は、例えばイギリスがインドを支配するのとは違う意識で、朝鮮半島に接していたのでは?ということです。 日本が朝鮮半島へ進出したのは、 当時ロシアが朝鮮半島へ南下していて、しかしながら朝鮮やそのバックの中国の勢力が、ロシアに敵わないものであったため、日本にロシア勢力が及ぶ恐れがあり、ロシアを食い止めたかったから だと認識しています。 結果的に日本も朝鮮半島も、ロシアに奪われることなく、日本の朝鮮半島獲得(?)は、日本人からしたら、いわば、正当防衛(+αで、朝鮮半島も助かった?)だと思っています。 (あくまで私の考えです) こういう経緯があり、領土拡大や資源欲しさの植民地支配ではなく、 植民地という名ではあったけれど、共存しようとしたのでは? と思えてきますが、どうなのでしょうか。 でなければ、わざわざ「支配」している土地に、国の大学なんて作らないと思うのです。 私は今受験生です。 世界史は試験では使いませんし、得意ではありませんが、興味があります。 私の知識不足で的外れなことを言っていたらお恥ずかしい限りですが、皆様のご意見を、(頭のあまりよくない私にも分かりやすく…)なるべく分かりやすく教えて下さい。
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- area_99
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識字率の悪い国民は、どうにも工業では利用しようがなかったので、国の国策として、朝鮮の識字率を日本並にする必要がありました。 しかし、朝鮮の子供は、まったくハングルさえも知っていませんでした。 話す以外のものがなかったのです。 知識階級は漢文を読み書きできましたが、こちらもハングルは知りませんでした。 日本人が調べて、過去の李王朝時代に、こんなハングルとか作ってたじゃん? といって学校を建てて教育したのです。 こうしていろいろと働けるようになりました。 わざわざ大学を作ったのも、そういった二等国民でも差別しない日本人的社会主義の政策のせいでしょう。
- tanuki4u
- ベストアンサー率33% (2764/8360)
普通、植民地に国が大学なんてつくるでしょうか? ↓ 普通、作ります http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%B3%E5%A4%A7%E5%AD%A6 1908年 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%8E%E3%82%A4%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E5%A4%A7%E5%AD%A6 1906年 言い方は悪いですが、植民地の人々に(それまで以上に)知恵を与えるのは、支配する側にとっては、断然不利だと思うのです。 日本は、例えばイギリスがインドを支配するのとは違う意識で、朝鮮半島に接していたのでは?ということです。 ↓ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E9%AB%98%E7%AD%89%E6%96%87%E5%AE%98 http://www.kasumigasekikai.or.jp/R2011218d.pdf 独立前や段階では、インド人率が半数
- wy1
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大韓民国公式見解では、京城大学とソウル大とは関連がないことになっています。すなわち、終戦後は廃止になり、その後まったく別個の、独自の大学としてソウル大学が設立された、ということだそうです。
- suicyo
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ヨーロッパと日本の植民地支配の大きな違いのひとつは、植民地の地理的な違いです。 寒冷乾燥地帯の狭い土地に多くの国々がひしめいているヨーロッパでは、大規模プランテーションは不可能です。そこで温暖湿潤なアジアや中南米などを植民地として、自分たちの必要な物資を生産させ搾取します。植民地ではプランテーションが優先で現地人の主食の生産が禁止・制限されたので従来の自給自足の生活が破壊され、宗主国から食料の輸入を余儀なくされるような事例もあり、この場合は現地人にとっては二重の搾取となります。 アメリカでは西部・南部に手つかずの広大な土地があったので、黒人奴隷による自国の開拓を進めました。結果として植民地争奪戦に出遅れたアメリカは、中南米に介入して衛星国化を企むとともに、ハワイ・フィリピンへと太平洋に手を伸ばします。中国は既にヨーロッパと日本の草刈り場と化していたので、アメリカは門戸開放・機会均等を叫び中国利権に必死に食い込もうとします。 中国の内戦の激化によって中国利権の大部分を失ったヨーロッパと食い込めなかったアメリカが、中国進出にそれなりに成功している日本に対して嫌がらせ?八つ当たり?の制裁を加えた。これが太平洋戦争の契機となります。 一方、日本にとっての台湾・朝鮮、そして中国も気候風土が大して変わらないので、最初はプランテーションなど考えていません。国防上の観点から欧米やロシアに取られるのを座視するくらいなら、先にこちらが取ってしまえ!というのが本質です。但し、北海道での寒冷地開拓が成功?するとともに、日本も満州などでのプランテーションを考えていたようですね。 で、せっかく奪った台湾・朝鮮を「お荷物」のままにしておくのは当然勿体ないので、日本の庭先として内地化・同化政策をとります。このために多くの日本人の公務員や技術者などが現地に赴任したので、日本人子弟の教育と現地人の人材育成のために大学が必要とされたということです。 結論を言うと、植民地での大学設置を何か「日本が与えた恩」のように語るのは美化しすぎ。あくまでも内地化・同化政策のインフラのひとつであり、将来の日本の利益獲得のための先行投資でしかありません。 同様に、日本と欧米の植民地支配の違い云々も美化しすぎ。台湾・朝鮮は欧米のプランテーション型?の植民地支配に適した土地柄ではなかったため、内地化・同化政策をすすめただけ。日本人が1等国民、植民地人は2等国民として扱われた実態は欧米の人種差別と本質的に変わらない。 日本はアジアを解放しようとしたという歴史認識があります。しかし、それは「欧米からの解放」であって、「日本の支配を受け入れる」という前提条件があります。現地人から見れば、これは解放ではなく、単なる支配者の交代でしかありません。朝鮮の場合も「共存」というのは美化しすぎで、中華王朝による属国支配から解放される見返りに、日本の2等国民という身分を受け入れざるを得なかった訳です。 朝鮮人の場合、中華王朝による属国支配は中華思想による国際秩序の一部であり、宿命のようなものです。その中華思想の朝鮮式解釈では、朝鮮は文明国、日本は朝鮮から文化を与えられないと存続できない野蛮・劣等国です。「併合による立場の逆転」という現実により、やたらと誇り高い朝鮮人はこれをトラウマとして今だに引きずっていますね。韓国がこのトラウマを解消するような、日本を劣等国ではなくて対等な相手として認識するような教育、中華王朝による属国支配と日本による併合は本質的に同質、という教育をしない限り、あの国との関係回復は不可能でしょうね。 以下、独り言です 私は右寄りの人間ですが、左翼側の論説も納得できる点は評価し、自らの見解に加味しています。今回の回答も基本は右ですが、右による「美化しすぎ」については、注記しています。右側は不当に貶められた日本の名誉を回復しようとしていますが、その論説が適切でない為、却って誤解を招く悪循環に陥っています。最近の朝日叩きも然り。 但し、欧米が自国の植民地支配などの罪科に知らんふりをして、日本に対し「歴史を反省しない」だの「歴史修正主義」などを公言する姿は、著しく醜悪で吐き気がするし、それを煽る日本の左翼や外交問題化して国益に利用する中韓などを私は嫌悪します。
- staratras
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京城帝国大学が作られた背景には、それ以前に朝鮮で民族系の団体が自分たちで大学(朝鮮民立大学)を作ろうという運動を起こしていたことがあります。京城帝国大学の設立には、こうした民族系団体の運動を制する狙いもありました。この大学は文部省ではなく朝鮮総督府の管轄になっています。 >普通、植民地に国が大学なんてつくるでしょうか? 結論から言うと、植民地に宗主国が大学を作った事例は少なくないです。 現在のインドの有名大学の中にはイギリスが作ったものが相当数あり、ボンベイ大学(現ムンバイ大学)・カルカッタ大学・マドラス大学などは、日本で言えば明治維新前の19世紀半ばに作られたものです。またイギリスは保護国だったエジプトに20世紀初めにカイロ大学も作っています。 さらにイギリスだけでなくフランスもフランス領インドシナのハノイ(現在のベトナムの首都)に20世紀初めにインドシナ大学を作るなど、植民地に大学が作られた事例は結構あります。 このような事例を合わせて考えると、日本が朝鮮(や台湾)に大学を作ったのは何も奇特なことではなく、当時世界的に行われていた政策を、日本も踏襲したものと見た方がよさそうです。 このように植民地に大学を設立する主な目的は、宗主国のために働く現地のエリート層の養成です。実際にこうした大学の卒業生の多くが官僚などとして宗主国のために働きました。ただしご指摘の通り、現地の住民に対する高等教育の普及は「両刃の剣」であり、一方では植民地からの独立・解放を目指す活動家・革命家も輩出しました。 >領土拡大や資源欲しさの植民地支配ではなく、植民地という名ではあったけれど、共存しようとしたのでは? 植民地といっても、宗主国が一方的に支配したり収奪したりすることはできません。現地の住民の中に、それなりの社会的な地位や収入を得て宗主国に協力的に働いてくれる人材が必要です。それはある意味では「共存」ともいえるでしょう。植民地に設立された高等教育機関である大学やそのほかの中等教育機関はそうした人材を養成する役割を果たしました。 戦時中、朝鮮にあった鉄道学校で学んでいた日本人の学生が夏休みに朝鮮人の同級生の家に遊びに行きました。立派な旧家に住んでいたその同級生の父親が大変喜んで、息子の同級生のために朝鮮式の大宴会を開いてくれ、日本人の学生は感激しました。回答者の親族(その日本人学生本人)から聞いたたわいもない話ですが、机を並べて共に学ぶ間には、単に「植民地支配」の一語ではくくれない、こうしたささやかな交流があったことも事実です。
- SPS700
- ベストアンサー率46% (15297/33016)
1。そこでまず一つ目の質問ですが、「帝国大学」とは、今で言う「国立大学」のようなものですよね? 数は帝国大学(各「地方」に一つ)の方が、国立(各県に一つ)より少ないです。 2。私は、日本が朝鮮半島を「植民地」として「支配」した、と思っていたのですが、普通、植民地に国が大学なんてつくるでしょうか? 朝鮮は「普通」ではないからです。 3。しかし、植民地を持っていたら、恐れるのは「反乱」や「独立運動」なのではないですか? 「万歳」マンセー運動などというのは起こりました。 4。そこで自分なりに考えたのですが、日本は、例えばイギリスがインドを支配するのとは違う意識で、朝鮮半島に接していたのでは? おっしゃる通りです。 5。こういう経緯があり、領土拡大や資源欲しさの植民地支配ではなく、植民地という名ではあったけれど、共存しようとしたのでは? おっしゃる通りです。京城帝大は東大を出た若い学者が、東大に空きができるまで待っていた場所の一つでもあり、日本人も朝鮮人も入学していたことでも分かります。 とても頭のいいご質問で感心しています。
- shorinji36
- ベストアンサー率17% (406/2382)
歴史は人によって様々な解釈の仕方がありますが 日本がした植民地支配はヨーロッパがしていない世界初の試みだったわけです。 植民地の人間も自国民、日本人として教育しようとしたのです。創氏改名なんてまさにそれ。 ちなみに台湾にも帝国大学はありました。
- satorukune
- ベストアンサー率34% (85/250)
「植民地」というのは半島側の主張であって 日本の立場としては「併合」でしょう あなたの認識どおり、対ロ防衛の意味合いが最大だったと思います 戦後長い間さまざまな問題を放置しているように見えるのも 対ロ(ソ)の意味合いが強いんだろうと解釈しています なので共存しようとした、という前向きな捉え方よりも 共存せざるを得なかったのでがんばって引き上げようとした という方がしっくりくると思います
お礼
ご回答ありがとうございます。 たしかに、日本の視点からだと、「併合」のほうがしっくりきますね。 共存せざるを得ないから引き上げようと… というのは、教育レベルを、ということですか? そうだとしたら、教育レベルの差が大きいと、どんな不都合があると考えられますか? 私は、就職や生活の安定、治安維持のためかな?と思いましたが、間違っていたらごめんなさい。 私の理解不足なのですが、日本は見事ロシアから身を守ることができたのですよね。 対ロ防衛、は成功したのに、なぜ朝鮮を併合する必要があるのでしょうか? またロシアが攻めてくる可能性が大きいからですか?
- Tacosan
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まあ一種の「懐柔策」ですね. ちょう細かい話ですが, 内地の 7帝国大学が文部省管轄であったのに対し外地の 2帝国大学は各総督府管轄だったので, 微妙に立場が違います. そのため, 内地の帝国大学が素直に「国立大学」といえる一方外地の帝国大学を「国立」といっていいかどうかちょっとあやしい.
お礼
ご回答ありがとうございます。 懐柔策…武力で押さえつけても、上手くは行かないだろう、と考えたということでしょうか? でも、ロシアからの自己防衛以外に、朝鮮半島を持っているメリットはありますか? 当時、中国は混乱していて、強国とはいえなかったそうですし、日本にとっての脅威にはなりませんよね? でも、日本はロシアから自分たちを守るために朝鮮半島を支配したとしたら、わざわざ大学を作る意味が理解できません…。 当時は、中国や朝鮮半島から日本への留学生も多かったと聞きますが、そういう意欲的な若者のために善意から建てた…なんて話、あるのでしょうか? それにしても、同じ帝国大学という名前でも、管轄が違うのには驚きました。 管轄が違うと、何が変わってくるのでしょうか。 施される教育の内容…? 歴史は複雑ですね…。
お礼
ご回答ありがとうございます。 確かに、歴史にかぎらず、ものごとは立場、視点によって、正しいことや間違ったことが異なりますよね。 A国では勝利した戦争も、B国にとっては負けた戦争ですものね。 その点、気をつけて考えたいです。 台湾にも、帝国大学があったのですか! それは知りませんでした。 「日本人として教育」というのは、大学の内容もわからないのでよくわかりませんが… 「創氏改名」というのは、選択の自由があったそうですよね? むしろ、日本名を得るために、お金を払わなきゃならなかったとか… そうだとすれば、「植民地の人も、自分の国の人と同じように教育しようとした」とはいえないのではないでしょうか? (もしそういう意志があったとしても、緩すぎ…というか) また、トルコなんかは内部の各民族たちに寛容だったと聞きましたが、欧米各国は植民地に対して、すごく(武力)支配的だったと思います。 日本が「世界初の試み」をしたというのは、武力支配ではなく、教育など内面から治めようとした、ということでしょうか?