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平仮名/送り仮名が『い』で終わる、な形容詞
当方、ある大学で日本語を教えております。本日、ある学生に、 「漢字の読み方の上で『い』で終わる"な形容詞"があるのは理解できるのだが、『嫌い』は、どうして送り仮名で『い』を使うのにもかかわらず、"な形容詞"なのか。そこに何か法則はあるのか。『嫌い』以外に送り仮名で『い』が付いているのに"な形容詞"に分類されるものは他にもあるのか。」 と言う質問を受けました。 『い』で終わる"な形容詞"をいくつか思い出してみたのですが、 綺麗、厄介、難解、明快、愉快、奇怪、詳細など、全て漢字の読み方が偶然『い』で終わるものだけで、送り仮名/平仮名の『い』で終わる"な形容詞"が思い浮かびません。 恥ずかしながら、まだまだ勉強不足で、学生からの質問に答えられる知識がありません。いろいろと自分の持っている文法書などを手当たり次第に探してみたのですが、答えが見つかりませんでした。 どなたかご存知でしたら、ご教授いただけませんでしょうか。 (国語でも結構ですが、出来れば日本語を第二言語として教える考えからお教えいただけると幸いです。) どうぞよろしくお願い致します。
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専門家ではありませんが、面白い問題なので考えてみました。 「嫌い」は「嫌う」という「状態を表す動詞」が変化したものでしょう。 一般に、連用形は名詞化します。 「救う」の連用形「救い」を使って、「これは救いだ」と言えます。 「好く」や「嫌う」など、状態を表す動詞の連用形に助動詞「だ」を つけた表現が、形容動詞(な形容詞)に変化した特殊なケースだと想像します。 「好き」や「嫌い」の特殊性として、 「これは好きだ」という文で、「これ」は主語ではありません。 「私はこれは好きだ」として初めて、「私」という主語が明示的に表せます。 また、「好きな食べ物」という表現では、「好き」という感情の主語が明示されて おらず不完全です。 このような事象は、「好く」および「嫌う」に限って見られるものだと思います。 たまたま、そのような特殊な単語のひとつが「嫌う」というア行活用であったため、 「い」の送り仮名で終わる形容動詞という、別の面から見ても特殊な単語ができたの でしょう。 あえて探せば、「佇まう」の連用形「佇まい」も「佇まいだ」、「佇まいな」と という用法、例えば「古き良き佇まいな」などという表現、 http://www.awa.or.jp/home/jisho/bk/dijng236_3_isb/dijng236_3_isb.html も見られます。 あと、「振る舞う」の連用形「振る舞い」に「大盤」をつけて、「大盤振る舞いな」と いう形容動詞も使われますね。
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- fxq11011
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訂正 形容動詞の活用に誤りがありました 以下に訂正 形容動詞の活用 未然=だろ、連用=でor、に、終止=だ、連体=な、仮定=なら 綺麗だろう、綺麗に(なる)、綺麗だ、綺麗な(花)、綺麗なら 形容詞と形容動詞の相違点?。 個人的には、形容詞=シルエット、輪郭に関する表現?、写真的?。 形容動詞=状況、受ける感じ、に関する表現、動画的?。 美しい花=形、色が美しい、綺麗な花=色あい(色そのものではなく)、咲き乱れている状況め・・。 脚線美=シルエット、綺麗な肌=きめ細かい状況、(美しい肌も聞く様な気もしますが)
お礼
再度のご回答・そしてご訂正まで頂き、ありがとうございます。
- fxq11011
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形容詞と形容動詞、形容動詞という品詞を否定する各説もあるようですが。 読み方の最後が「い」で終わる・・・・、ただの偶然のたまもので何の意味もないはず。 活用語尾については 形容詞の場合、かろ(未然)、く(連用)、い(終止)、い(連体)、けれ(仮定) 形容動詞の場合、だろ(未然)、だっ(連用)、だ(終止)、で(連体)、なら(仮定) 形容動詞 綺麗だろ、綺麗だった、綺麗だ、綺麗で、綺麗なら 形容詞 美しかろ、美しく、美しい、美しい、美しければ >『い』で終わる"な形容詞"が思い浮かびません 活用語尾と混同いている様に思われます。 >綺麗、厄介、難解、明快、愉快、奇怪、詳細 いずれも形容動詞、活用語尾は上記のとおりで、終止形は「だ」になります。
お礼
ご回答、ありがとうございます。 学問、分野、学者の数だけ説や論理があるということは一応研究者の端くれとして、常に頭の中に入れるようにしております。 私の書き方に不足があったと存じます。 "な"を除いた辞書形の語の最後が"い"になるナ形容詞(国語教育上で形容動詞と呼ばれるもの)、更にそれが、漢字の読み方ではなく、送り仮名/平仮名で"い"がつくもので、『嫌い』以外にあるかということを伺いたかったのです。 自分自身、日本語を母語として生まれ、使い、教育を受けてきて、日本語学、日本語教育という分野の学習を始めた時に、『国語』と『第二言語、外国語としての日本語』の考え方や教え方の違いにとても驚きました。 ナ形容詞、すなわち形容動詞の活用語尾を混同しているわけではなく、今多くの日本語教育の現場で使われている教科書などで使用されている品詞の『ナ形容詞』で、『嫌い』と同じ特殊性を持った言葉の、他の例、及びそこに何か法則が存在したのか、ということを伺いたかったのですが、 日本語教育で『ナ形容詞』と分類するから特殊なのであって、国語教育の考え方に沿えば、"嫌い"という形で使用する機会がない(口頭の会話以外で)活用自体存在しないものとして扱われているのかな、という風に感じました。 国語と日本語の複雑な違いを改めて感じました。 お時間を頂き、ありがとうございました。
- ゆのじ(@u-jk49)
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ナ形容詞、即ち、形容動詞は「~い」では終わらない。ナ形容詞の終止形(基本形)は「~だ」であるという基本的理解が欠落している。「い」で終わるナ形容詞というものは存在しない。 「だろ・だっ・で・に・だ・な・なら・○」に嵌るものが形容動詞(ナ形容詞)で、「かろ・かっ・く・い・い・けれ・○」に嵌るのが形容詞という、最も初歩的な判別法がある。結局、この呪文を暗記するのが一番早い。よって、この呪文、有名私立中学を受験しようという小学生でも知っている。 存在するべくもない「い」で終わるナ形容詞があると考えるのが大きな間違いです。
お礼
ご回答ありがとうございます。 私の書き方に問題があったのだと存じます。『辞書形が"い"で終わるな形容詞』を意味したかったのです。 私の書き方のせいで質問の意図を組んでいただけなかっただけでしたら、またも私が書くことは的はずれになってしまいますが、お許しください。 せっかくご教授頂いたのですが、『嫌い』もしくは漢字の読み方を含めると『きれい』や『しょうさい』など、(辞書形が)"い"で終わるナ形容詞(国語教育上の形容動詞)は、私や学生の勘違いなどではなく、実際に存在します。 『嫌い』を形容動詞(ナ形容詞)と認めない、とおっしゃる方もいらっしゃるのかもしれませんが、日本語教育においては(少なくとも、私が働いたことのある教育機関等で使われている教科書、みんなの日本語、げんき、大地など)、それらを"注意すべき語"と前置きし、ナ形容詞と分類して教えています。 もし機会があれば、リンク先などをご参照ください。 http://home.alc.co.jp/db/owa/jpn_npa?cat=3 http://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/ja/gmod/contents/explanation/035.html そして残念ながら、日本人もしくは日本の教育機関に入って国語教育で教えられる活用語尾の暗記は、日本語を第二言語、もしくは外国語として学ぶ人達にはあまり役に立ちません。 品詞の呼称が違うこと、その言葉を意味から品詞、活用まで全てをゼロから覚え、理解しなくてはいけない人達には、日本人の、日本語を母語として使っていると言うある程度の知識ありきが前提で未然・連用・終止・連体・仮定・命令の活用は、日本語を第二言語や外国語として教えられる人には馴染みもなく、あまり"実用的な"方法ではないからだと考えられます。 日本人が勉強した方法を暗記しろと言っても日本語が母語でない学生の助けにはならないので、学生にそう伝えることはしませんが、ここにお返事をいただくために、お時間をくださってありがとうございました。
- ha dooo(@hadooo)
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お似合いな夫婦 弟思いな兄
お礼
ご回答ありがとうございます。 名詞との併用が必至の『思い』と、『似合い』と言う"お"無しでは使えない形容動詞ですか。 実は私の個人的な感覚で、この二つの言葉に名詞を続けるときは"な"より"の"の方がしっくり来るのですが、双方"が・を・に"等の助詞が続かない(『お似合い』は、"で"なら自然な文も作れると思うのですが)ので、やはり形容動詞=ナ形容詞ですね。 (持っている国語辞典で調べたところ、お似合いは『似合う』の丁寧な言い方、という風にしか載っていなかったのですが、そうではなく、『お似合い』という言葉単体として扱い、形容動詞と分類されていても良いのに、と思いました。) 名詞と併用、"お"無しでは不自然などの追加の説明も必要で、自分がどれほど学生に明解に説明できるか、とても不安なので今回は説明出来ませんが、自分の頭には入れておくようにします。 更なる語例をご提示くださり、ありがとうございました。
- Tacosan
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「嫌う」という動詞からの転用か?
お礼
ご回答ありがとうございます。 動詞の『嫌う』の活用のひとつと考えると、別の説明の仕方が見えてきたように思います。 ありがとうございました。
- gomagoma427
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日本語というより国語を高校までしか勉強していないという一般的な人間ですので、文法についてその理論を説明できるはずもないのですが、その中に規則性を見い出すとすれば ~だ、~である と付け加えても自然に聞こえるものがナ形容詞であるような気がします。 綺麗だ、厄介だ、難解だ、明快だ、愉快だ、奇怪だ、(説明などが)詳細だ、嫌いだ 逆に不自然になるものはイ形容詞な気がします。 美しいだ、おいしいだ、楽しいだ などは明らかに不自然です。 これが全てに通用するかはすぐに確かめることができないので微妙ですし、またこの日本語として「自然だ」という感覚を外国の方へ伝えるのは難しいかと思います・・・
お礼
ご回答ありがとうございます。 日本語教育では国語と品詞の名称が違い、日本語を第二言語や外国語として学ばれたことの無い方にはあまり聞き慣れない言葉かと思うのですが、お教え頂いたように、国語教育では形容動詞と呼ばれ、終止形で『だ』を用いる言葉を『ナ形容詞』として教えます。 一方、国語で形容詞と呼ばれる言葉は日本語教育において、『イ形容詞』と分類されます。『イ形容詞』は辞書で引くときなどに使う『活用されていない形(日本語教育上は、辞書形と呼ばれ、活用のひとつの形と扱われるのですが)が"い"で終わる』から、と教えるのですが、ナ形容詞は、それらの言葉は名詞と一緒に使う場合、その形容詞(=形容動詞)の後、すなわち名詞の前に"な"を置かなければいけないために、『ナ形容詞』と呼ばれております。(きれい"な"部屋、真面目"な"人、など。) これらのルールは形容詞を教える際に説明し、終止形(日本語教育では、普通体/普通形/short form [+です、がlong form]と呼ばれます。)のルールも、かなり早い段階で教えます。 私自身、外国語を勉強して来て、母語話者の持つ"普通"や"自然"の感覚が持てたり、自分が母語の日本語を教えていて、この感覚を上手く説明できたらどんなにか良いのに、と考える事が多くあります。 お力添え、ありがとうございました。
お礼
ご丁寧なご回答をいただき、本当にありがとうございます。 やはり動詞の『嫌う』を元にした派生/特例と言うことなのでしょうか。 『嫌う』と言う動詞は、三人称でしか使えないと考える方もいらっしゃるようで複雑なのか、私が担当しているレベルの学習者にも教えない動詞なのですが、私自身はご説明いただいた内容で、少し悩みが解決しました。 好き・嫌いは"何/誰が"の情報が必ず必要ということで、少し特別だとも教えるのですが、『嫌い』がここまで"特殊"な言葉だとはあまり考えていませんでした。 『大盤振る舞い』は私が持っている辞書では名詞として分類されており、自分自身も名詞としてしか使ったことがありません…。 (今日は大盤振る舞いで、全部私がご馳走します!や、このセール、随分と大盤振る舞いだね。など) 『佇まい』にかんしては、辞書では品詞の明記がありませんでした。自分自身は"美しい佇まい"や"どんな佇まいの女性"など、形容詞もしくは疑問詞を伴ってしか使わないので、やはり名詞と認識しているようです。 しかし、tloverさんのように形容動詞として使われる方もいらっしゃるのだと知ることができ、勉強になりました。 お力添え、ありがとうございました。