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シュレーディンガーの猫(いくつか質問あり)

物理は習ったことがありませんので回答してくださる方、小学生でもわかるようにお願いします。 たまたまシュレディンガーの猫というのをネットで見たのですがあの説によると例えば私がアメリカにいくとわたしがアメリカに行くまでアメリカは無かったということでしょうか?私が行ったとたんに目の前にアメリカが展開するということ? また箱を何ヵ月後にあけたら死んでいた猫は腐敗しているから開けたときに死んだことにはならないのでは? また シュレディンガーの猫と話がずれますが見ている意識が無ければ見られる対象が存在しないといいますが私が友達を同じ木をみていて友達が心臓発作で突然死んだとしても私は同じ木を見ていることが出来るのでやはり木があってみている人がいるのでは?

みんなの回答

  • chiha2525
  • ベストアンサー率10% (245/2384)
回答No.5

いつも思うのだけど、シュレディンガーの猫って分かりづらいよね。 いまwikiを見て勉強したのだけど、これの何が問題かというと量子力学の「確立解釈」というのが、我々が知っているものは『“観測”した時点で収束すると考える』とするもの。方程式を書いて解いても得られるのは確立だけで、現実の世界はそれが収束したものが“観測”されるって感じかな。こいつは量子の世界の振舞いを上手く記述するのだけど、同時に“観測”するとはどういうことか、という疑問を投げかける、いわば不完全なもの(だから物理学者がいろいろ考えてみた)。 シュレディンガーの猫の話も、この“観測”をするのがどの時点かという話で、箱(ある系)を開けるまで“観測”してないから、方程式的には猫が|生きた状態|と|死んだ状態|(あるいは空腹とミルクを飲んだ状態)が重なり合った状態にあるのか?という批判的な問題提起。 (ある系というのは箱に限らず、量子力学の方程式で記述できる全てです。量子力学でしか扱えない電子の位置なども、同様にある系。どちらも観測するまで箱の中身が分からないという同じ意味のもの、ということです。) ということらしい。 猫の重ね合わせ状態、という解釈の部分ばかりが目を引くのだけど、ようは人間の知能の限界でその現象が理解できないから、なんかおかしな話も出てくる、ってこと。 「観測者がいなければ、この宇宙は存在しない」みたいな話も、同根でしょう。 量子エンタングルメント(量子もつれ)という現象のほうが、量子というのがどういう状態なのか分かりやすいのではないかと思います。 これのほうが、古典的な「箱の中のクジを引くまで当たりか外れか分からない」や「最初から当たり外れが決まっていて観測するまで分からないというだけ」といったものと、量子の重ね合わせ状態というものの違いが、よく分かる気がします。面白いと思うので調べてみてください。 ついでに、2重スリットの遅延選択実験、なども面白いと思いますよ。

sivanandayoga
質問者

お礼

有難うございます。2重スリットの遅延選択実験を見てみます。ますます解らなくなるかもしれませんが、、。

回答No.4

>たまたまシュレディンガーの猫というのをネットで見たのですが >あの説によると例えば私がアメリカにいくとわたしがアメリカに >行くまでアメリカは無かったということでしょうか? 状態は観測されるまでは決定していないという意味ではそうは間違ってません。 「無かった」ではなく、状況が不明ということかな。 でも現実は決定しているわけで、「ミクロとマクロのこの違いがどこから 生まれるのか?」という「観測問題」の議論は決着していないはず。

sivanandayoga
質問者

お礼

ありがとうございます。 「無かった」ではなく、状況が不明ということなんですね。

回答No.3

アメリカや公園の木は誰がいつ見てもそこに必ずあるものですから,目をつぶったからといって消えたりすることはありません。 猫箱の話は観測するたびに異なる結果が出るような場合のたとえ話で,かわいそうですが猫を何十匹と用意して装置をセットしてから1分後に蓋を開けるということをくり返すと,あけるたびに猫が生きていたり死んでいたりする。このような場合,次の実験のときに猫が生きているか死んでいるか,二つの可能性が生じるので,量子力学的にはこのような場合はあける前は生きている状態と死んでいる状態の重なりになり,あけたときにどちらかに決まるというものです。猫箱の話を考えるときは,このように観測のたびに結果が異なる事象であることが必要です。 >また箱を何ヵ月後にあけたら死んでいた猫は腐敗しているから開けたときに死んだことにはならないのでは? 現実の猫は生きていると同時に死んでいるという状態にはならないので,量子力学の考え方は現実とあわない。おかしいじゃないですか?という矛盾を説明しているたとえ話です。現実の猫はかならず生きているか死んでいるかどちらかで,人間がその情報を知らないだけです。 猫箱のように,人間が手で触れる世界(マクロな世界)は明らかに量子力学の仕組みにはしたがっていません。しかし一方で,電子などの世界(ミクロな世界)はさまざまな実験証拠から量子力学によって支配されていることが明らかになっています。この間をどうやってつなぐかが大問題で,いまだに解決していません。

sivanandayoga
質問者

お礼

有難うございます。 人間が手で触れる世界(マクロな世界)は明らかに量子力学の仕組みにはしたがっていません そうなんですか。知りませんでした。

  • foomufoomu
  • ベストアンサー率36% (1018/2761)
回答No.2

シュレディンガの猫の、どの話を見たのか分かりませんが、 量子力学という、電子1個くらいより小さなものを扱う理論では、物の存在があいまいで、「そこに電子が1個ある」ということが言えず、「そこに電子が50%の確率で存在する」と考えなければなりません。 普通なら、これは超ミクロの世界のできごとで、目に見えるような大きなものには、あてはまらない。とするのですが、 イジワルなことを考えた学者がいて、コレコレの装置を作れば猫のような大きなものも「50%の確率で生きている」ということが起きるのではないか? という、問題を投げかけたのが「シュレーディンガの猫」です。 (ここで注意してほしいのは、「50%の確率」というのは、「10枚のコインを投げたら5枚が表になる」というのとは違って、「10枚のコインのそれぞれ1枚ずつが50%だけ表になっている」(裏、表の存在があいまいになっている)という意味だということです。) しかし、これは、もともとがイジワル理論なので、あまり真剣に考えないほうがよいです。 やはり、「こういう不思議なことは、超ミクロの世界のできごとで、目に見えるような大きなものには、あてはまらない。」と考えるのが、普通の考え方です。

sivanandayoga
質問者

お礼

有難うございます。 「10枚のコインのそれぞれ1枚ずつが50%だけ表になっている」 ということなんですか。わかりました。

  • FEX2053
  • ベストアンサー率37% (7991/21371)
回答No.1

そもそろ「シュレディンガーの猫」というのは、量子力学の世界で 量子の振る舞いが観測方法によって一定しないことをどう考える かという「思考実験」の産物で、それ自身には意味がありません。 要は「2つの状態(猫が生きている/猫が死んでいる)が同時に 存在するということが大前提の思考実験」なんですね。 ですので、誤解を恐れずぶっちゃけた説明をするなら「シュレディン ガーの猫」実験の世界は、人間が同時に2つの状態になることが 出来ない私たちの世界で考えるべきでなく、あくまで量子力学の 世界だけで考えるべきで、私たちの世界に引き戻して考えることは 「不可」ということなんです。 もっとも、あえて私たちの世界に引き戻して考え、「認識論」の哲学 の道に入ることも「アリ」っちゃ~「アリ」ですけどね。そうなると物理 の世界からは離れますから・・・。 そっちの世界に行きたいなら、哲学や論理学の「認識論」を調べて みるといいと思います。

sivanandayoga
質問者

お礼

「認識論」ですね、ありがとうございます。とても興味がわきます。

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