これはまた面倒なご質問ですね。
平仮名が使われ始めた平安時代初期では、「は・ひ・ふ・へ・ほ」は、どの位置に現れても「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」と発音されていました。
11世紀ごろになると、「ハ行転呼(てんこ)」と呼ばれる現象が起こって、文節の頭以外の位置に現れる「は・ひ・ふ・へ・ほ」は、「ワ・ヰ(wi)・ウ・ヱ(we)・ヲ(wo)」と、ワ行音で発音されるようになります。さらに後にはワ行音自体が変化して「ワ・イ・ウ・エ・オ」と発音されるようになります。このような日本語の変化にそって、「あはれ」が「アワレ」と読まれ、「たまひ」が「タマイ」、「あふ」が「アウ」、「うへ」が「ウエ」、「かほ」が「カオ」と読まれることになったわけです。
ならば、希望の助動詞「まほし」も「マオシ」になってようさそうなものですが、そうはなりません。室町時代の末期から江戸時代初期にかけて日本で活動したキリスト教のポルトガル人宣教師たちが日本語について書きしるした文献を「キリシタン資料」と呼んでいますが、そのキリシタン資料の一つである、ロドリゲスの『日本大文典』には、ローマ字表記で、
aramafoxij(あらまほしい)
とでてきます。「ほ」に当たる部分が「fo(フォ)」と書かれていて、ハ行転呼を起こしていません。
なぜ、助動詞「まほし」がハ行転呼を起こさなかったかについての説明もやっかいです。
助動詞「まほし」は、「まく欲し」から変化したものだと言われます。「あらまほし」を例にとりましょう。
あら…ラ変動詞「あり」未然形。
ま…推量の助動詞「む」の古い未然形
く…上をひっくるめて体言化する接尾語(準体助詞とする考えもあります)
欲し…形容詞
つまり、「あらまく欲し」は、「あるだろうことが、欲しい」という意味です。この「まく欲し」の部分が変化して希望の助動詞「まほし」が生まれたわけです。その一方で、「まほし」の「ほし」は、形容詞の「欲し」であるという語源意識も残っていて、「ほ」は文節の頭と意識されていたようです。さきほどのロドリゲス『日本大文典』も、mimafoxij(見まほしい)と並べてmimacufoxij(見まくほしい)をあげています。
助動詞「まほし」が、なぜ「マオシ」にならないか。それはひと言でいえば、「まほし」の「ほし」が形容詞で、「ほ」は文節の頭と意識されていたため、ハ行転呼が起こらなかったということになります。
参考URLも併せてお読みくだされば幸いです。No2,No3が私の過去の回答です。
お礼
お礼を申し上げるのが大変遅くなりまして申し訳ございません。 ありがとうございます。 とても分かり易く、ご丁寧にご教示いただき、 ありがとうございます。 なるほどと、大変納得いたしました。また、驚いております。 kimosasbeさまの過去の回答も拝見いたしました。 かなづかいは、本当に深いですね。大変勉強になります。 ロドリゲスの「日本大文典」早速探してみます。 ありがとうございました。