こんばんは。
ロマ書講解を読んだだけのバルト読みですが 関心があります。
神は 霊ですので 霊である――非経験の場である――ことが そのまま《存在の仕方》であるかと思います。
《ペルソナ》は その霊である神が この経験世界とのかかわりにおいてどういう貌(かお)をしているのかを 《存在の仕方》のさらに細かいあり方として 説明しようとするものだと思います。
というのは 神が肉になったというわけ(ヨハネ福音)ですから その肉になったのは 父なるペルソナの神ではなく 父から生まれた子なるペルソナだと説明します。基本的に神がこの世界ないし人間とかかわるのは 霊であるというそのとおりに聖霊なるペルソナをとおしてだという説明です。
弁証法神学などのくわしいことは 残念ながら 知りません。ので ご質問の趣旨をもう少し説明ねがえればと思うのですが?
お礼
なるほど、たいへん参考になりました。 ありがとうございました。 それではお達者で。