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信じるものは救われる。。
最近この言葉は胸にすっと入るようになったんですが。 これはキリスト教の方からの言葉ですか。。 みなさんの御意見をお聞かせ下さい。
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- hekiyu
- ベストアンサー率32% (7193/21843)
神様は心が狭いのです。 偏狭といってもいいぐらいです。 だから信じないひとは救おうとしません。 信じる信じないに関わらず、全員救ってやれば と思うのですが、それだとフリーライダー ばかりになって、お布施が入りません。 そういう訳で 信じないものを救うことは出来ないのです。
- 来生 自然(@k_jinen)
- ベストアンサー率30% (80/261)
「信じる者は救われる」を論理的に捉えておられないのであれば、「信じる者は 救われない」もまた正しいということです。 問題は「信じる」が先か「救われたい」が先かです。 「信じる」が先なら、それは論理的(知的)であり、「救われたい」が先なら、 それは人間的(情的)でしょう。 「救われたいがゆえに、信じざるを得ないものがある」 ということです。 さて、「何を・どうして」信じるのか? どういった状況が「救われる」ということなのか? そこのところは、深く考えるべきです。
お礼
再びご回答有難うございます、「ヨブヘの答え」また機会、有りましたらまた読んでみたいと 思います。
- 来生 自然(@k_jinen)
- ベストアンサー率30% (80/261)
「信じるものは、救われる」 対偶(論理的に真)は 「救われないものは、信じていない」 すなわち、 「信じている」なら必ず「救われる」のであれば、 「救われない」ものは「信じていない」ことになります。 ようするに、「救われない」だけではなく、さらに不信心だからだと「排斥」されるのです。 。。。恐ろしいことだと思いませんか? このあたり、旧約聖書の「ヨブ記」および「ヨブヘの答え」(みすず書房、C.G. ユング・著, 林 道義・翻訳)が参考になるかも知れません。
お礼
論理で全て丸く収まるもんですか。。こんど論理学系「知性の限界」って本を読んでみようと 思っているのですが。 論理で救われますか。。う~ん またパーソナリティによっては論理的に組み立てるのが下手な人がいるのではないかと。思ったりも するのですが、私なんかそうですね。 少し勉強してみます。貴重な御意見を聞かせて頂いて有難うございます。
- RKwarawara
- ベストアンサー率13% (119/874)
信じる者は救われるのではなく、信じる者がいるから救われるのです。 信者と書いて「儲かる」と読みます。 つまり、信者がいることが儲かるために救われることなのです。 都合が良いように信者が救われるような意味合いにして誤魔化してるのさ。 勘違いしないように。
- MASTEMA-0
- ベストアンサー率43% (18/41)
個人的には救われるというか、精神安定剤の役割を果たしている気がします。 何かに対して疑いを持てば、様々な詮索をします。そして不安になる。-の感情になります。 ですが、信じていれば「大丈夫だ」そう思うことができます。+の感情です。 実際に救われるかどうかは判りませんが、少なくとも心は落ち着きます。間接的に救われるでしょう。
お礼
そうかも知れないですね 最近他力宗では、「信」が信仰の中心ではないかと思うように成ってきました MASTEMA-0さん貴重なご意見有難うございました。
- こにゃん子24(@konyanko24)
- ベストアンサー率38% (22/57)
永い年月をかけてやっと実感出来る言葉なのかなと思います。 でも、人間何もしてないようで細やかな努力を積み重ねているんですよね。 大々的なことではく、コツコツと積み重ねてきた努力が実を結んだときに、その言葉を実感しています。
お礼
少し前まではなんでもかんでも信じたら。。 つまり反社会的な行動をすると救われると言う様な 教えを信じた場合。。ですね。。 怖いなって思ってましたが konyanko24さん貴重なご意見ありがとうございます。
- patak_m23d
- ベストアンサー率40% (23/57)
個人の宗教とか信仰とかの価値観がいろいろありますから、なんともいえませんが。。。 世界が天災とか災害とか地震とかが多くなると宗教の勧誘とか宣伝とかが多くなります。 宗教活動ができないサイトなのでどこがいいかということは言えませんが、 気持ちのうえで、不安要素があるときに、何かに頼りたいとか、将来どのようになるかわからないときに、 自分のよりどころとなるものを求めることはあります。 気持ちのうえで救われる宗教があるかもしれません。 じっくり考えてみてください
お礼
patak_m23dさん早々貴重がご意見有難うございます。
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お礼
再びご回答有難うございます、「ヨブヘの答え」また機会、有りましたらまた読んでみたいと 思います。
補足
回答のお礼間違って書き込んでしまいました 有難うございました。