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戦国時代の季節の表し方。
戦国時代くらいまでの月というか、季節の表し方がわかりません。 旧暦の水無月や葉月という表現は江戸時代ごろに入ったと聞きました。 それまではどのような表現で表していたのでしょうか?
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戦国時代くらいまでの暦は「旧暦」で、今とは数え方が ちがいます。 旧暦は月の満ち欠けによる「太陰暦」で、ひと月が 29.5日の為、1年を12ヶ月とすると、11日が余るので 農作に必要な太陽の運行に合わせ、約3年に一度 「閏月(うるうつき」)を作りました。 閏月は1年が13ヶ月ですが13月はなく、5月のあとに 閏5月をつくり、そのあと6月と続くようにしました。 閏月は一定ではありませんでした。 従って現在のように、3~5月が春、6~8月が夏、 9~11月が冬、12~2月が冬という、四季と月の 連動はありません。 旧暦の四季は月とは毎年食い違います。 四季は旧暦でなく、太陰暦より古い太陽の観測による 「二十四節季」により定めていました。 立春などの表記です (当然今もそのまま)。 それでも大雑把には旧暦の月でも四季がわかります。 旧暦の月に 1~2月足せば今の四季に合います。 たとえば旧暦2月は今の3~4月(梅、桃、桜)の春 7月は今の8~9月で初秋という具合です。 西行法師の歌に 願わくば 花の下にて 我死なん その如月(きさらぎ)の 満月(もちづき)のころ とあり如月の満月=2月半ばで今の3月末でしょう。 望み通り桜の花の下で亡くなった由。 百人一首にも「長月」とあり、月の異称は古くから ありました。
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誰もい答えないんですね。 万葉集に 牟都奇(むつき)立つ 春の初めに かくしつつ 相し笑みてば 時じけめやも。 とあります。 またまたウイキペディアで失礼ですが。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88_(%E6%9A%A6) 日本書紀などの公文書は数字表記ですが、 2月、キサラギ 11月、シモツキ 12月、シハスの併記があるそうです。 ですので相当古くから。 と判断出来ます。 時間が無く完全には調べていませんが、 奈良~平安時代の記録を調べれば殆ど出て来るはずです。 暦についてですが、宣明暦が800年間使われました。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A3%E6%98%8E%E6%9A%A6 殆ど狂いは無く、平安時代は夏に雪が降ったなどと言うのは俗説のようです。
お礼
かなり昔から旧暦はあったのですね! 万葉集などの昔の書記は思っていた以上に参考になりますね。 早くに回答いただき有難う御座います><
お礼
閏年ではなく閏月があったのですねΣ(´∀`;) 月と四季が一致しないというのは違和感がありますが 二十四節季の話は聞いたことがあります。 より詳しく解説いただいたのでベストアンサーに決めさせていただきます!