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存在するという結果自体が、実は原因なのか?
因果律とは、原因と結果という、時間の順序のことであり、原因と結果が同時であっては矛盾ということになる。 このように、因果律とは、時間の順序そのものということであるが、それを空間的に捉えた場合。 例えば、電子、陽子、中性子を原因とするなら、原子を結果とするような考え方もできる。 とは言え、原子とは、結局のところ、電子、陽子、中性子、の集まってできた集合体であって、本当に存在しているのは、原子ではなく、電子、陽子、中性子であり、それらが集まって原子として振る舞って存在しているだけなのである。 とすると、結局原子とは、電子、陽子、中性子が原因であると共に、電子、陽子、中性子が結果でもあるのだ。 だから、電子、陽子、中性子に存在する固有時間は、同時に原子(電子、陽子、中性子)の固有時間そのものなのだ、原因と結果は同じ時を刻むどころか、全く同じ存在なのである。 つまり、このように、原因は結果であると共に、結果は原因でもあり、存在が存在するための原因は、存在自身であり、原因を遡ったり、外部から原因を必要とすることなく、存在は、因果律が原因と結果の二つの間で閉じたループになっていて、因果律が自己(存在)の中で完結しているのだ。 このことは、原子だけに限らず、それよりミクロの世界を構成する素粒子や、また銀河のような宇宙の大規模構造にもあてはまるように思える。 つまり、原因と結果は同じ時を刻む、同じ一つの存在なのだろうか? そして、存在するという結果自体が、実は原因なのだろうか?
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- sheep67
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こんにちは。 うわ鋭い質問、と思いました。 因果律がループをする、あるいは同じ時を刻む、というのはそのとおりだと思います。 疑問に思うのは、最後にどうして空間の因果に収斂するんだろう?というところです。 僕なら、物理的にも基礎である時空が閉じている、と言いたくなるんですが。 時間を無視して空間だけにするのがなんででしょうか? で、理由を考えましたが、書かれた話を読むと、宇宙のエントロピーの増大を無視してるように見えます。 エントロピーの増大は空間的変化ですが、これが時間の矢の流れと裏表なのはお分かりと思います。 この一方的な空間構図の変化は、時の流れがあるから成り立ちます。不可逆的です。 時間の矢と、エントロピー増大は、同じ現象の、時間的側面と空間的側面です。 このことを無視するなら=ある狭い時間のスパン内の現象を観察するなら、言われるように、時間を無視して、空間的な因果ループに結論を求めても間違いでないように思いますが、 エントロピー増大という、時間と空間が結びついた現象を考慮に入れるなら、 空間に全てを帰結させるより、時空のループに帰結させるほうが合理的ではないでしょうか? ちなみに時間の矢と書きましたが、個人的には時間のループだと思っています。時間の矢とは、時間のループのごく一部を切り出したものというふうな。振動宇宙論などもありますし・・・まあこのへんはちょっと不確かなので流したいですが・・ でも空間だけでなく時間もループすると思ってるから、時空のループと書きました。 因果律が自己の中で完結している、それはそのとおりと思いますが、 その自己とは、空間だけでなく、時間も含まれると思います。 ご自身でも、同じ時を刻む一つの存在と書かれてるように、2要素が並立してることは分かっておられるのでは? にもかかわらず、時間因果はダメで、空間因果のループだけに結論を集約するのは、解せません。 (自分は空間が空きだから、すべての因果を空間に収斂するんだー好みの問題だ、と言われればそれまでですが) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー あと哲学的には次の2つがぴったり当てはまると思いました。 http://ja.wikipedia.org/wiki/相関関係と因果関係 http://ja.wikipedia.org/wiki/前後即因果の誤謬 この2つのうち 相関関係と因果関係は、空間優先構図においての因果律の間違い 前後即因果の誤謬は、時間優先構図においての因果律の勘違い を指摘したものと思います。 優先、という言葉を使うのは、時間と空間は切り離せいないものだけど、2要素を脳は同時に捉えられないので、どちらか片方を前に出して優先させて人は時空をとらえる、という現象になぞらえて、優先という言葉を当てています。 (その意味では簡単に、時間優先時空=時空 空間優先時空=空時 と書きたいのですが、そういう書き方は一般的じゃないので・・・) 質問者さんは、空自が好きなはずだと想像します。僕は時空という捉え方の方が好きなので。 話戻して上の2つの用語は、つまり因果律は時間的にも空間的にも、ほんとうの意味で成り立っている証拠は厳密には存在しない、ということを指します。 なのでちょっと関係ありそうと思ったので、引っ張ってみました。 そういうところで物理は、こういう根拠のない思い込み(=因果律が存在するという仮説)の上に成り立つ学問なので、永遠に完成しない未完の学問、ということになっています。 ちょっといい加減な説明ですのでなんですが・・
- MOG56222
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質問の要旨は以下だと思います。 存在の原因は時間にではなく、実体である空間に求める必要がある、とするなら、エネルギー保存の法則によって自己完結している空間自体は、自身(空間)が原因でもあり、結果でもあることになるのか? 単純に考えると、因果関係は全体的なエネルギーの量を表現しているのではなく、エネルギーの現れ方の変化や局所の量の変化を説明する為の概念ですよね? 保存の法則との接点はないでしょう?
補足
ご回答して頂きありがとうございます! 時間的な因果律で宇宙を見ても、それは、過去の現象が未来の現象の元になっているということを説明するだけのことでしかなく、つまりは、空間の物理的見かけの変化の順序の法則は説明しても、エネルギーという実体や、エネルギー保存された実体としての存在の根本的な物質としての原因を説明するものではないのだ。 また、時間は経過(歴史)していくと過去から未来へと長くなる、つまり、時間という実体の無い存在としての大きさは保存されることなく、過去の長さによって無限に大きく長くなり続け、そして進行方向が決まっていて(過去→未来)可逆的でないので、未来が過去の影響になることはできないため直線的に因果律が無限に繰り返されていくことになり、因果律がループ(過去→未来、未来→過去)するということは絶対にない、つまり空間とは対照的で、因果律が有限ではないのだ、原因を絶対に過去に任せるため、原因は必ず過去の過去の……無限に続く過去にしか存在しないことを意味している、常に外に原因が有り続ける、そうなると原因は存在しないことと同義だ、また時間という感覚は存在しても、実体を持たないので、実体を持たない時間に原因を求めても原因にはなり得ないのだ。 しかし、空間的な因果律(要素→分解その逆も可)は、時間がいくら経とうと、実体(宇宙や素粒子などの存在)は、素粒子が結合と分解を可逆的に繰り返しても、宇宙が膨張または収縮した状態であっても、つまり、時間がいくら経とうと存在がいくら形を変えようとエネルギーは保存されている、つまり時間がいくら経過しようと存在(空間、原子)はエネルギー量が保存されているので、時間(歴史)と共に増えることは無い(例えば、昨日の自分が現在の自分と一緒に存在するようなこと、つまり過去の空間、存在が残り、現在に蓄積されていくような)、つまり存在の大きさ(量)は、時間経過によって、実体の無い時間(歴史)がいくら大きくなろうが、それとは、対照的に常に決まっていて有限であることだ(原子は決まった大きさ形をもちエネルギー量もきまっている)、つまりは時間的な因果律(過去の過去の……無限に彼方の過去に原因を求める、もはや、原因が無いのと同義)とは異なり、有限である存在(原子)の原因は無限の彼方に存在することにはならないのだ、それは、有限であるが故に存在自身の中に原因が存在するという自己完結を意味する。 また空間は三次元であり、そして空間的な変化は時間と違い自由度が高く、要素と集合に対応する結合→分解が可逆的に行える、つまり空間的な因果律は集合を要素に分解することも、要素を集合に結合させることも可逆的に出来、要素と集合の間でループが可能な、自己完結型の因果律を形成しているのだ。 つまり、時間は因果律が決まった方向にしか進まない自己完結していない直線的なものであり(過去→未来、逆は不可)、絶対に過去にしか原因を持てず、つまり、つねに原因は過去にしかないと言っていて、現在には原因は存在しないと言って、過去に原因を探ろうとすると、つねに原因は前へ前へと無限の過去へ逃げていくことを意味しいて、つまり原因は永遠に見つからない、つまり原因は存在しないと言っているのと同じである、そしてまた、一番の問題は時間は感覚としては存在していても、実体が存在しないということであり、これらのことによって『存在自体の物理的な根本の原因』を説明するのは不可能であり、『時間的因果律』では存在の存在するという原因を考えるのに向かないのだ。 しかし空間は、因果律がループ可能であり(要素→集合、集合→要素)、つまり時間とは異なり、原因は実体のある「現在」に存在することを意味していて、つまり、原因は存在自体の中に存在し、または存在自体が原因であるとも言えるのだ、そして何より『空間自体が物理的に』存在していることが重要なことであり、『空間的因果律』の方が存在自体の原因の説明が理にかなうように思える。 そして、例えば、加速器による素粒子どうしの衝突実験は、まさに空間的因果律(結合→分解、または分解→結合)で宇宙の原因を解明しようと試みる手段に思えます。
- el156
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#11の補足にお答えします。まず時間というのは、光の到達時間が問題とならないような近傍での近似を除けば、一般には空間の各点に固有に流れていて、空間上で出会わない限りは時計を合わせる事ができない、即ち遠く離れた場所での「同時」には意味が無い、という点については宜しいでしょうか。 仮に光の到達時間が問題とならないような近距離での近似を考えたとして、例えば地球がこれからも回り続けるであろう事を予測するには、地球が現在回っていること、即ち微小時間の経過後に回転方向に移動していることを直接又は間接に表す「過去の情報」が必要であって、スチル写真のような瞬間的な情報からこれを予測する事は困難だと思います。それと、エネルギーの保存則は、特殊な用法を別にすれば、何かの変化をする前とその後のエネルギーが同一であるという意味でしょうから、元々過去と現在のような異なる時刻でエネルギーを比較することを前提にしていて、過去から未来へ流れる因果に与えるルール(制約事項)の一つになっているのだと思います。確かに過去を知るということは現在に存在する痕跡という状況証拠に依存することになりますが、そうやって知り得た過去が不完全にではありますが現在を認識し未来を予測する唯一の情報ですし、現実にこれが十分役に立っていると思います。
- yuniko99
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引用です(私のHP) たとえば酸素原子があって、それが形ある物質、酸素原子という個性として存在できるのは、原子核の引力と電子波の運動がつりあって電子がゆらぎながら循環しそこに在り続け、体積を取り、核を守っているからです。もし複数の性質がつりあって調和して循環して安定するという新たな性質とならなければ、エネルギーは酸素原子という個性を形成できません。原子核の陽子中性子のつりあいも同様です(つまりエネルギーに態を与えているのが存在性です) また酸素原子はいわゆる二本の手を持っているので酸素原子同士共有結合したり 水素原子二つと共有結合して酸素分子になったり 水分子になったりて安定します これも安定して存続しようと言う存在性です。O2 H2O 安定しなかったら大事です。安定調和が存在の基本です。原子が安定せずに崩壊したら 大爆発です 全ての物質が安定しなかったら地球が吹っ飛ぶ事でしょう。
お礼
ご回答して頂きありがとうございます! 水素が電子を与える(原因)と同時に、酸素は電子を受け取る(結果)という現象は。 、酸素が電子を引っ張る(原因)と同時に、水素は、電子を引っ張られる(結果)という現象と同じことであり。 その結果として、水が存在することになった。 酸素と水素から水に変わるという時間的順序(因果律)が存在しつつも、酸素が電子を引っ張ると共に、水素が電子を与えるという現象自体は、時間的に完全に同期(シンクロ)している同時進行でなければ成り立たず、時間進行しながら原因と結果で自己完結しているのだ、酸素と水素の間で、原因が結果を作ると同時に、結果が原因を作るということが同時であるため、原因と結果の自己完結により、水が存在することになったのだ。 そして水(結果)の原因(酸素、水素)は何処に存在するのかと言うと、やはり水自身(結果)の中に存在するのだ。 存在とは、このように、存在自身(結果)の中に原因が存在していて空間的因果律(結合と分解、その逆も)で見ても自己完結しているのだ。 ※水が生成するとき余分なエネルギーを放出するが、エネルギー保存の法則により、宇宙全体として、エネルギーが増えることはなく、宇宙規模で見ても、やはり自己完結している。
- el156
- ベストアンサー率52% (116/220)
例えば外国語を習得する場合、単語の意味を理解し、文法という法則を理解することによって文章が理解できるようになります。でも母国語はそのようにして習得することはできません。単語の意味と文法と文章の意味は同時進行的に理解されると思います。部分と全体というのは本質的には後者のように並立で、部分が全体を構成すると考えるのは人がものごとに勝手に与えた理屈だと思います。 例えばF=maを、力Fを加えたら(原因)、物質mがaで加速した(結果)、と考えるところを、逆に物質mをaで加速したら力Fが加わったと考えても良いはずです。この種の物理法則の原因と結果は、確かに同じ時を刻む、同じ一つの存在だと思います。 しかし、時間とともに不確定だったことが確定して行くような過程には、時間の順序に沿った主従関係があると思います。 未来と過去が常に同時に入れ替わって行くとい感覚は、言われてみると確かにそういう感じがします。でもそれは「未来」「過去」という言葉に人が与えた定義に由来するのではないでしょうか。
お礼
ご回答ありがとうございます! 私の疑問に的確に説明をして頂きありがとうございました。 勝手になりますが。。 今思い着いたことを書かせて頂きます。 実体の無い過去は、実体である現在の中に(過去からの影響として)存在します、実体の無い未来は、時間が進行すると実体である現在となって行きます。 エネルギー保存の法則が成り立つこの宇宙の何処に、過去の宇宙が、現在の宇宙を成り立たせる為に、エネルギー保存の法則に反し、実体として存在しているのでしょうか。 過去も未来も全て、一つの実体(現在)の変化でしかないし、現在(実体)のなかで一つと言わざるを得ない。 時間的に過去から未来へと順序が存在し、時間的には広がっていようと。実体(現在)は、時間的因果律がありつつも、かつ、時間が経とうが一つの実体(現在)が、空間的に過去から未来へと物理的に繋がって、実体(現在)が延びているわけではないので(これでは過去の質量も空間的な大きさも実体として現在の空間に存在することを意味し、エネルギー保存法則に反することになる)、よって、エネルギー保存則により、実体(現在)は空間的には自己完結していると言わざるを得ないのだ。 つまり、時間による順序(因果律)など、存在の原因を説明するものでは本来ないのだ、存在の原因は時間にではなく、実体である空間に求める必要がある、とするなら、エネルギー保存の法則によって自己完結している空間自体は、自身(空間)が原因でもあり、結果でもあることになるのか?
補足
続きです。。 つまり、エネルギー保存の法則で成り立つ、空間(実体)は。 過去であろうと、未来であろうと、時を越えて同じ一つでしかない存在なのであり、過去の空間の姿であろうと、未来の空間の姿であろうと、空間を要素に分解しようと、空間を集合体へと結合させようと、過去から未来へと時を越えてもエネルギーは保存されていて、時間が経ち変化はしようとも不変の保存された一つの存在なのである。そんな空間に時間的因果律でもって、空間の存在する原因を過去に問うても、意味がないことは明白であり、問はねばならないのは空間自体になのである。 宇宙を解明しようと、加速機で素粒子どうしをぶつけるのは、時間的因果律に答えを求めることではなく、まさに、空間自体の閉じた空間的な因果律に答えを求める操作である(集合体を要素に分解する操作である)。 実体の無い時間(因果律)の進行は、一方向という順序もあり、時間は因果律的に自己完結することは無いが、空間は過去から未来へ変わろとも、空間的因果律は閉じていてエネルギーが保存され自己完結した一つの存在なのだ、とするなら、自己完結した空間という存在は自身が原因であり結果であると言えはしないだろうか?
- Mokuzo100nenn
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頭の中が散らかっていると、原因と結果の区別ができなくなる。 頭の中を掃除することによって、原因と結果の関係が見えてくる。 原因と思われる事象のWBSを明確にし、結果と思われる事象のWBSを明確にし、それぞれコンポーネントレベルで検証すれば良いだけの話なんだけどね。
- MOG56222
- ベストアンサー率12% (6/50)
要素と集合を因果関係にあわせようとするからおかしな結論になるのであって、それら両方を共通の概念は何かと考えるべきでしょう。 そうすれば、時間的、空間的の差はあれど「広がり」、過去未来、微小から巨大の差はあれど「方向」が共通と理解できてきます。 ただし、時間を逆流させることはできないが空間を管理できるのはなぜか? 時間が流れているからでしょう。 そう考えると、三次元という概念はよくできていることがわかるはずです。
お礼
ご回答して頂きありがとうございます! 『電子、陽子、中性子』(原因)を結合させれば『原子{電子、陽子、中性子}』(結果)になり、反対に、『原子{電子、陽子、中性子}』(結果)を分解すれば『電子、陽子、中性子』(原因)に戻ります。 このように解釈すると、時間順序である因果律を守りつつ、空間的には因果律はループできます。 また、時間とは過去から未来という一定の進行方向をもちながら、なおかつ『現在』という時間の一点では『未来(未来でもある現在)が過去に変わる』ことと、『過去が未来に変わる』ということが二つで一つの不可分な現象として現在という一点で起こっています、この現象はどちらも同時に起こらないと時間の進行が成り立たないため、どちらの現象が先であるということを決めることができない(過去が未来より先に起こるということとは別です、それには時間順序が存在しますので)。 時間の進行とは、現在という瞬間において、過去に変わることと、未来へ変わっていくことであります、時間には因果律という過去から未来へ進むという時間順序の方向がありつつも、現在という時間の一点では、上に記した通り、『未来(未来でもある現在)(原因)が過去(結果)に変わる』と同時に『過去(原因)が未来(結果)に変わる』という、このような未来から過去へ、過去から未来への現在の受け渡しというループの進行でもあります。
- MOG56222
- ベストアンサー率12% (6/50)
こんにちは。 原因と結果はお互いの関係を示す概念で、事柄に固有の性質を示す概念ではありません。 たとえれば、東京から観れば、九州は西にありますが、沖縄から観れば北東に位置することになります。そこで、九州は東西南北をループしているというのは仮説としては美しくないでしょう、
- agripapa
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そういうのを もしかして 神っていうのかっていうと ちょっと違う。。 ような `
- mmky
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○ 因果、縁起は時間だけを示しているのではありません、空間にも時間にも縁起は存在します。 時間の存在しない空間、その空間に存在する全ての要素は縁起に従います。人間的思考では、単にどちらが先か後という意味ですが、数学的な認識では位相の差と捉えても良いように思います。 素粒子の存在と原子の存在も縁起から逃れることはできません。素粒子が先で原子が後であることは空間のみの世界でも同じですね。 時間が無くとも、縁起のみで空間世界は存在しますので、原因と結果に時間は無くても良いのです。 ただ、人間的認識には時間があったほうが便利なので、時間的縁起のほうが判りやすいということだけですね。 逆に、時間は混乱をもたらす存在でもあるのですね。過去現在未来が同時に存在する世界(4次元以上の世界)では時間縁起で物事を観察しようとすると、未来が過去で現在が未来といった混乱が起きるからですね。つまり、時間が一方向に流れる三次元世界でのみ時間的な因果、縁起が有効ということなのです。 どのような世界でも、縁起だけは有効ということなのですが、疑問の参考になればいいですね。
補足
ご回答して頂きありがとうございます! 私も宇宙は時空で成り立っていると理解しています。 そして、時間と空間は二つで一つの不可分な存在だとも理解しています。 例えば、『時間は、空間という存在(結果)の、原因となる』と同時に、『空間という存在(結果)は、時間の原因となった』という、原因と結果が完璧にシンクロ(同期)したため、因果律が自己完結し外部からの原因無しに、無から時空(宇宙)が誕生できたとか(笑)。 本題ですが、今回の質問を通して、宇宙には因果律が3種類有ることに気がつきました! (1)『時間的因果律』過去→未来、逆は不可能である。 (2)『時間進行の瞬間(現在)における、「原因と結果のシンクロ」という時間的因果律のループ』 例えば、時間進行の瞬間(現在)において、「過去が未来へ変わる」と同時に、「未来が過去へと変わっていく」という、原因が結果を産み、結果が原因を産むという、原因と結果のシンクロ現象。 もう一つ、例えば、「水素が酸素へと電子を与える(原因)こと」と、「酸素が水素から電子を引っ張る(結果)」という現象は二つの現象のように見え実は一つの現象である。 なぜなら、酸素が引っ張る電子と、水素が与える電子は、水素が持っている同じ一つの電子(存在)でしかないからだ。 電子が酸素へと向かい、電子が水素を離れるというのは、電子が水素から酸素へという不可逆な一定の方向へ進みつつも、原因と結果がシンクロしているのだ。 これは、まさに時間には進行方向(過去→未来)が決まっていながら、現在という瞬間は、過去と未来の入れ替わりのシンクロであることに、非常に酷似している。 むしろ、原因と結果のシンクロによる自己完結によって、ある一定の方向が産まれる(決まる)ようにも考えられる。 つまり、は宇宙は自己完結により誕生したのだと(時間が始まった)。 (3)『空間的因果律のループ 』 原因と結果が、要素(分解)と集合(結合)に対応し、そしてそれは可逆的に時間と関係なく起こせる、つまり要素と集合はどちらも結局は同じ存在のことを言っているのだ。 例えば、水(結果)の中に、原因(酸素、水素)が存在し、また、原因(酸素、水素)は 結果(水)でもある。 つまり、存在の中に原因は存在している。 そして、これら3つが同時に起り宇宙は、時間という不可逆的な方向に進行しつつも、現在という瞬間は、時間と空間つまり、時空が自己完結している、むしろ、時空の自己完結により時間という不可逆的な方向に進行が始まったのだ、と言い切りたい。 宇宙の真理解明。?????