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南京大虐殺について
かなりきわどい質問ですが、南京大虐殺について質問します。長い間賛否両論が論じられてきた問題ですが、みなさんのなかで南京大虐殺についての確実な情報がありませんか?意見や知識よりも、自分が見た(これはいないかも…??)、あるいは直接こう聞いた、などの生の声をお待ちしてます。
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- ekobassan
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三笠宮崇仁インタビュー「闇に葬られた皇室の軍部批判」より http://www.geocities.jp/yu77799/nihonjin.html#mikasa 三笠宮崇仁は昭和天皇の弟です。 コードネーム若杉大尉参謀の名で中国に軍人として渡り 日本軍の悪事の数々を実際見聞きしたそうで 右翼の皆さんはどう思うか分かりませんが(笑) こちらもどうぞ 南京事件 143枚の写真の再検証(1) http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/ichiran_1.htm#012
- tknaka
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ドイツの文書館で保管されている、事件当時の報告書が編纂・翻訳されて日本語で出版されています。 石田勇治(編) 「資料 ドイツ外交官の見た南京事件」 http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4272520644.html 個人の日記ではなく、官庁レベルの報告書であり、また原文ドイツ語なので捏造ではありません。また、内容もキチンと精査されたものになっています。
- suuh
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追伸、訂正。 『盗品売買も日本兵士』 というのは誤読を招きやすいですね。 「日本兵士も盗品売買を」 という意味です。
- suuh
- ベストアンサー率50% (1/2)
偕行社(元日本軍人の集まり)が南京事件の嘘を晴らそうとして、証言を集めたところ、当時の日記などから、捕虜虐殺や徴発の実態が略奪で盗品売買も日本兵士がやっていたらしいことが出てきたそうです。一般民衆への虐殺命令はないですが。 これは、南京戦史、南京戦史資料集という本になっていますが、一般には売られませんでした。 しかし現在個人の寄贈などから、全国の都道府県立図書館の半分ほどには収まっています。地方の公立図書館に取り寄せることもたいていできるようです。
- mnbvcxz7
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南京大虐殺自体を知らなかったので、ネットで調べてみました。 確実かどうかわかりません。
- liberator
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ニコニコ動画やyoutubeでチャンネル桜という番組を見れるのは知っていますか? 地上波とは全く違って、政治的に中立で、しっかりと事実を伝える唯一の番組だと私は思っています。 そのチャンネル桜も結構南京大虐殺は取り上げられています、よくアサヒる朝日新聞の捏造として(笑) 私は南京大虐殺や慰安婦は完全に存在自体が捏造だと思っています。 取り合えず、チャンネル桜を一度見てみることをオススメします。
あったと主張される方々が提示される資料はすべて戦後書かれたものです。 なぜ南京事件があったとされるのは戦中なのに証拠は戦争が終わった後に書かれたものしか存在しないのか。 戦中、そんな極端な残虐行為が本当にあったならは日本人は民度が高いですから当然、問題視され多くの軍規違反者が日本軍の軍法会議で裁かれているはずです。 事件が本当にあったなら、取調べや裁判記録は膨大な数が存在するはずです。 "存在した"派は"存在した"証拠を出すべきでしょう。
賛否というより「あったか、なかったか」ですよね。 日本軍が南京に進行して軍事衝突があり、民間人が巻き添えになったのは事実ですが、虐殺といわれるような事実があったことを証明できるものはありません。 「なかった」ことを証明することは悪魔の証明と言われるとおり、できません。 それに対し「あった」ことは比較的容易に証明できます。 なのに、信憑性のある資料が出てこない。これははっきり行って、「なかった」ことになるはずなんです。(前述のとおり「証明」はできませんよ。) 「あった」と騒いでいる人たちは、「なかった」ことを証明できないと分かって、でっち上げの情報をばら撒いているのです。 民間人の大量虐殺ということであれば、米軍の日本に対する行為のほうがよっぽど信憑性があります。(というより、これこそ事実でしょう) 米国は、これを「なかった」と言えないので、「正義」だと言っているのです。 http://www.youtube.com/watch?v=P_Sg6CoMqdU&feature=related http://www.youtube.com/watch?v=InnjkpiiVec&feature=channel
- yamamoto_p
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質問者さんの言いたい事は要するに、歴史用語で言う「一次資料」に触れたい、という事だと思います。 回答にはなりませんが、素人がそんな面倒な事をする必要はありません。多くの学者が、一次資料を元に論争を繰り広げているのです。我々は専門家の出した結果を読めばよろしい。 最も信頼できる歴史家は秦郁彦です。南京事件の犠牲者数は秦の主張がおそらく最も真実に近いでしょう。
- johnvoid
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No.14の間違い (1)パール判事は南京大虐殺の存在を認めています。 >南京における日本兵の行動は凶暴であり,かつベイツ博士 >が証言したように,残虐はほとんど三週間にわたって惨烈 >なものであり,合計6週間に渡って、続いて深刻であった >ことは疑いない。事態に顕著な改善が見られたのは、よう >やく2月6日あるいは7日すぎてからである 「共同研究 パル判決書」東京裁判研究会(講談社学術文庫)P600 (2)33件の事件は、安全区委員会の報告で、殺害・暴行・略奪の ごく一部であることがハッキリと断られています。 > 第八号文書 安全区における日本兵暴行事件記録 > > 一九三七年十二月十六日提出 > 注記--以下はわれわれが念入りに点検する時間があった特例にすぎない。 >もっと多くの事件が委員会職員に報告されている。 徐淑希「南京安全区公案」)「日中戦争資料集9」p167 (3)虐殺時の写真が残っていない事は、虐殺現場に居合わせた毎日新聞の 佐藤記者の証言によって明らかです。 >上海・南京 見た 撮った > > 従軍とは歩くこと > > 佐藤 振壽(元毎日新聞記者) > > > 一夜が明けると12月14日の朝だ。筆者が昨夜寝ていた建物は、中山門内の中国軍将校の社交機関・励志社である。 > (中略) > そんな時、連絡員の1人が励志社の先の方で、何かやっていると知らせてきた。何事がよくわからなかったが、カメラ持参で真相を見極めようと出かけた。 > 行った先は大きな門構えで、両側に歩哨小屋があったので、とりあえず、その全景を撮った。 > 中へ入ってみると兵営のような建物の前の庭に、敗残兵だろうか百人くらいが後ろ手に縛られて坐らされている。彼らの前には5メ‐トル平方、深さ3メートルくらいの穴が、二つ掘られていた。 > 右の穴の日本兵は中国軍の小銃を使っていた。中国兵を穴の縁にひざまザかせて、後頭郡に銃口を当てて引き金を引く。発射と同時にまるで軽業でもやっているように、回転して穴の底へ死体となって落ちていった。 > 左の穴は上半身を裸にし、着剣した銃を構えた日本兵が「ツギッ!」と声をかけて、座っている敗残兵を引き立てて歩かせ、穴に近づくと「エイッ!」という気合いのかかった大声を発し、やにわに背中を突き刺した。中国兵はその勢いで穴の中へ落下する。たまたま穴の方へ歩かせられていた一人の中国兵が、いきなり向きを変えて全力疾走で逃走を試みた。気づいた目本兵は、素早く小銃を構えて射殺したが、筆者から一メートルも離れていない後方からの射撃だったので銃弾が耳もとをかすめ、危険このうえもない一瞬だった。 > 銃殺や刺殺を実行していた兵隊の顔はひきつり、常人の顔とは思えなかった。緊張の極に達していて、狂気の世界にいるようだ。戦場で敵を殺すのは、殺さなければ自分が殺されるという強制された条件下にあるが、無抵抗で武器を持たない人間を殺すには、自己の精神を狂気すれすれにまで高めないと、殺せないのだろう。 > 後で仲間にこの時のことを話すと、カメラマンとしてどうして写真を撮らなかったかと反問された。「写真を撮っていたら、おそらくこっちも殺されていたよ」と答えることしかできなかった。 南京戦史資料集II p610 (4)殺害は33連隊、38連隊が行ったのではなく、第7連隊でした。 殺害の命令は第7連隊の戦闘詳報として残されています。 38連隊と33連隊を問題にする事が実際に殺害を行った連隊から 目をそらすためのトリックになっています。 >歩兵第七連隊戦闘詳報 > >12月15日 > >極秘 歩七作命甲第111号 >歩兵第七連隊命令(12月15日午後8時30分、於 南京東部連隊本部 >一(略) >二、連隊は明十六日全力を難民地区に指向し徹底的に敗残兵を捕捉し殲滅せんとす。 > 憲兵隊は連隊に協力する筈。 >三、各大隊は明十六日早朝よりその担任する掃討地区内の掃討特に難民地区掃討を続行すべし > 第三大体は部下各中隊よりかく一小隊を出し第一大隊長の区署を受けむべし >四(略) >五(略) > 連隊長 伊左大佐