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古代の鏡について。
古代の鏡について。 こんばんは。 小中の教科書の最初の方、必ず銅鐸とか鏡が写真入りで紹介されています。 博物館などでも鏡が複数展示されています。 ちっちゃい頃から現在でも(50歳)いつも一つの素朴な疑問を感じてしまいます。 「これの一体どこが鏡なんだろう?」 質問です。 Q1.普段我々が見ている鏡は裏面でありモノを映すのは反対側なのか? Q2.反対側は現在のような材料の鏡ではなく本体の金属(銅)をピカピカに 磨いたようなものだったのか? それとも現在のような鏡が貼り付けられていたのか? Q3.実際この鏡を生活の中で使用していたのかどうか? (身分の高い人に限られるでしょうけど) それとも人を映すなんてそんな恐ろしいものを、みたいに考えられ 祭儀とか占いとかだけに使用されていたのかどうか? Q4.なぜこの鏡の反対側を見せてくれないのでしょうか?タタリがあるとか? 皆さん見たこと有りますか? 以上宜しくお願い致します。
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大学で考古学概説の授業でならった知識ですが、ひけらかしてみます(笑) >Q1.普段我々が見ている鏡は裏面でありモノを映すのは反対側なのか? はい、よく博物館などで見せているのは裏面にあたります。 実際は姿が映るほど磨かれた表面が使われていたと推測されていますが、考古学的な意味として重要なのは裏面に刻まれた文様なのです。 単純な幾何学文様から、躍動感のある鳥獣の姿、複雑に絡みあう植物文、神話をかたどったものと思われる文様など、様々なものが描かれています。 また、幸せを願う言葉や子孫の繁栄を願う言葉など、祈りの言葉が刻まれているものもあります。 こうした文様や銘文は、その鏡が作られた時代の年代を割り出したり、古代人の宗教観・自然観などが垣間見えたり(最も、文字ではっきり記されてないので推測の域を出ませんが)と、学術的に大きな意味を持ってきます。 なので、学校の教科書の写真や博物館で展示する場合は、主に裏面をみせています。 >Q2.反対側は現在のような材料の鏡ではなく本体の金属(銅)をピカピカに 磨いたようなものだったのか? >それとも現在のような鏡が貼り付けられていたのか? 現代の鏡はガラスの裏面に銀メッキして光の反射を高め姿が映るようになっています。 しかし、古代の鏡は石や金属の表面をきれいに磨き上げることで光を反射させています。 素材は色々あり、黒曜石を磨いた石板なんかがヨーロッパなんんかでも出土します。 日本の場合は、中国からもたらされたと考えられており、素材としては青銅や白銅を鋳造し表面をきれいに磨き上げたものとなります。 但し、表面は凸面だったりするので今で言う鏡のように正確に写すというわけではないようです。 また素材が金属なので、出土する鏡は今では錆びてしまって表面はほとんど使い物になりません。 また、学術的にも表面は重要ではないのであまり注目されないのかもしれませんね。 >Q3.実際この鏡を生活の中で使用していたのかどうか? >(身分の高い人に限られるでしょうけど) >それとも人を映すなんてそんな恐ろしいものを、みたいに考えられ >祭儀とか占いとかだけに使用されていたのかどうか? 先にも書きましたが、鏡は中国からもたらされたものです。 それが日本に入ってきて、祭儀に用いられるようになったと考えられています。 特に、古墳(お墓)などから多く出土することから、死者を弔うために使われていたと考えられています。 また、古代では政(まつりごと)と祭り(祭儀)は密接に結びついていたので、呪具としての意味があったのではないかとも考えられています。 >Q4.なぜこの鏡の反対側を見せてくれないのでしょうか?タタリがあるとか? 皆さん見たこと有りますか? いえいえ、呪具だからといって別にタタリがあるわけではありませんよ(笑) 上記でも書いたとおり、表面は錆びたただの金属の塊にしか見えませんので、何の面白みもないからですね。 錆びた金属の塊をみるよりも、裏面に刻まれた文様や銘文から古代のロマンに思いを馳せるほうが楽しみもあるでしょ、ってことですね。 なので表面は余り見せてもらう機会は少ないのかもしれませんね。 ではでは、参考になれば幸いです。
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- at9_am
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1-3には既に回答がありますのでQ4だけ 単純に「面白くないから」です。 画像は、参考urlの鏡の「表」に当たる側ですが、何か面白いものでもありませんよね。 もっとも、今でも夜には鏡に布をかけるなどの風習があるので、鏡の鏡面はあまりさらすべきではないと昔考えられていたのが影響している、という意見は否定しませんが。
お礼
ほんとにのっぺらぼーなんですね。 あっ、あっーと¥4100で落札です。 どうすんのかな?転売かな? そうですね、現代でも鏡って普段塞いでいることが多いと思います。 どうもありがとうございました。
- eroero1919
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古代の生活において、最も重要な存在は太陽に他なりません。日本では太陽神は天照大神で、日本神道の中で最も中心にいる女神ですね。エジプトでも太陽神アテンは重要な神様で、あのツタンカーメンの父であるアクエンアテン(アメンホテプ4世)は太陽神アテンを唯一神として世界で初めて一神教を始めました。 クリスマスは元々冬至の祭りでした。夏至をピークに徐々に力を失う太陽は、冬至を境に再生し徐々に力を復帰します。民族によっては冬至のときに太陽が生まれ変わると信じたところもあります。ゆえに、冬至のお祭りというのはどこの民族でも結構重要なお祭りとなっています。 さて、晴れた日に鏡をかざすと光を反射した鏡は人々に光を与えます。もし巫女のような人が鏡をかざして人々に向かって光を反射させたら、まるでそこに太陽が降りてきたように見えるでしょう。まるで「太陽がそこにある」ように見えます。太陽の力を最も畏怖する人々にとっては「太陽の使者」あるいは「太陽を手なずけている」ように見えたことだと思います。呪術的な効果は絶大であったと思われます。つまり顔を映すものではなく、光を映すものだったのです。擬似太陽というわけ。 三種の神器のひとつ八咫鏡は直径46センチくらいてんですからこりゃ大変に大きいですよね。インパクトはバツグンだったと思われます。 ちなみに銅鐸は、鐘です。つまり楽器なんです。あれをカーン(といったかどうかは分かりませんが)と叩くんですね。お寺の鐘のように時間を知らせたり、人々を呼び集めるために使われたのでしょうね(ちなみに西洋の教会の鐘には色々鳴らす信号があるそうでして、その鳴らし方によって「祈りの時間」とか「人々よ集まれ」果ては「敵が町に近づいている」なんてのも伝えたのだそうです)。これが古代日本で大流行するのですが、なんで単なる鐘である銅鐸があんなにブームになったのか。そして跡形もなく廃れてしまったのか。理由はサッパリ分からないそうです。 案外、だっこちゃんブームはたまごっちブームみたいに特に意味もなく大流行して廃れてしまったものだったりしてね。
お礼
確かに昔の人だったら鏡から反射する光を当てられたら、 お、おー、とかなるかも知れませんね。 銅鐸もその実用としての目的が解ってなかったですよね。 その辺の説明がほしかった、少なくとも教科書では。 どうもありがとうございました。
- okormazd
- ベストアンサー率50% (1224/2412)
まさに私と同じ疑問というか、私は、高校卒業頃まで、古代の「鏡」は、現在使用されている鏡とは、別の概念のものだと思っていました。現在普通に鏡といえば、顔やその他のものを映し出す道具で、表面は非常に滑らかなものです。ところが、教科書の写真にある古代の「鏡」は、どう見てもそれとは違うもので、でこぼこしていて、とても何かを映し出す道具ではありません。なんでこのようなものを「鏡」というのかずっと疑問でした。 あるとき、教科書の写真は、鏡の裏であって、表は青銅を磨いて物を映せるようになっているものだと知りました。この時、実に腹立たしい思いをしたのを記憶しています。現在もこの腹立たしい気分は変わっていません。なんで、写真の説明に「鏡の裏の模様」という説明を付けないのか、学者・研究者のまさに思い込み、思い上がりを見る思いです。「みんな当然知っているもの」という前提で、何も知らない子供のことなど考えてはいないのですね。 私にとってはもう遅いが、これから学ぶ者には、今からでも遅くないから、写真の説明に、「鏡の裏の模様」という文言を付け加えになさい。教科書関係者ども。
お礼
まっ、私も軽くムカつくと言うかそう言う気持ちはありました。 お前らは、コレが銅鐸、コレが鏡って覚えておきゃーいいんだ、的な。 そしたらテストでマルやるから、的な。 先生方も知らなかったんじゃないかな。 どうもありがとうございました。
- hitokotonusi
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既に答が出ていますのでQ4だけ。 博物館によっては鏡面が見えるように展示してあるところもあります。 さがしたら鏡面が見えるページがありました。 http://yutaka901.web.infoseek.co.jp/page1xx1.htm ご覧のとおり見てもさほど面白くないですよね。
お礼
あっと、初めて見るかもしれません。 確かに何にもないのですね。縁もない。 どうもありがとうございました。
- dogday
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A1 そうです反対側です。 A2 板ガラスに金属を蒸着する技法は13世紀ごろベネチアで見つかったそうですが、量産できるようになったのは産業革命以降です。 それまでは、金属や石をピカピカに磨くか、水盤という水を張ったお盆を水鏡としてつかっていました。 A3 金属の板をつくるだけで、採鉄、鋳造、磨きなど、非常に加工数が多く、どれも危険で技術と時間のかかる仕事で、古来はとても高級なものだったのです。 宝石である玉というのは光る玉全般ですので、そっくり光を写す鏡も宗教的に珍重されました。 日本では、金属加工が発展した江戸時代には結構庶民にも普及しています。 日常も磨き粉で毎日研がないと曇ってしまい、鏡を曇らせている女性は身だしなみが整えられないので、嫁に行けないなどと言われたりしました。 昭和初期まで、鏡研ぎという刃物研ぎとは別の商売がありました。均等に磨かないと歪んじゃうので。 A4 収蔵品は古く価値のあるものなので、呪術的な意味もあるんでしょうが、 博物館で保管するのに、毎日研いでたらすり減ってしまいます。あるいは酸化しないように真空で保存しなければなりません。考古学ってより民芸学ですから、そんな科学的な展示はそうそうできません。 骨董品屋では、江戸時代の手鏡などを見ることができます。使えてなんぼの道具ですから。
お礼
やはり今の鏡とは大分異なるものですね。 昔はすごく貴重で尚且つ男なんか用事のないものだったと思います。 どうもありがとうございました。
- Kules
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そこまで古代の鏡に詳しいわけではありませんが。 Q1.普段我々が見ている鏡は裏面でありモノを映すのは反対側なのか? Q2.反対側は現在のような材料の鏡ではなく本体の金属(銅)をピカピカに 磨いたようなものだったのか? それとも現在のような鏡が貼り付けられていたのか? A.その通りのようです。裏側はピカピカに磨いたものだったようです。 Q3.実際この鏡を生活の中で使用していたのかどうか? (身分の高い人に限られるでしょうけど) それとも人を映すなんてそんな恐ろしいものを、みたいに考えられ 祭儀とか占いとかだけに使用されていたのかどうか? これは知りません。ただ、現代の技術(といっても紙やすりですが)で丹念に磨いたものがまあまあ映るものになっていましたが、昔モノが映るほど磨く技術があったかどうかというと私は疑問です。 Q4.なぜこの鏡の反対側を見せてくれないのでしょうか?タタリがあるとか? 逆に昔磨かれてたけど今はさびているような、何の模様もない銅の板を見て面白いですか?私はあまり興味が持てません。 (個人的には表も裏も写真を並べてくれたらいいような気がしますけどね) 参考になれば幸いです。
お礼
やはりそうだったんですね。 まあ確かに見てもあまり面白いところではないようです。 でも一言説明ほしいところですね。 どうもありがとうございました。
お礼
概ね私の見込みは合っていたようですが。 でもやはり一言ほしいと思います。特に教科書。 他回答の紹介の三角縁神獣鏡。 (あっコレ一発変換、メジャーな言葉なんですね) 卑弥呼がたくさん貰ったとされる、確かに文字が書かれていたら 貴重な資料でしょうね。 三種の神器って言うくらいだから持っていても普段使いは無しなんですね。 どうもありがとうございました。