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1960年代に行なわれた高等学校生や大学生による「全共闘」とは果たして何だったのでしょう?
1960年代に行なわれた高等学校生や大学生による「全共闘」とは果たして何だったのでしょう? 又これがもたらした影響などについてよく知っておられる方から意見を聞きたいのですが---。 それと当時の法政大学生はこの運動に多く関わっていましたか?
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主義主張は抜きにして、とりあえず「今の大学の○○が悪い」とにかく一緒に戦いましょうというのが全共闘。 主張なり主義があるわけではない。 彼らが大人になってやっているのが勝手連 http://ja.wikipedia.org/wiki/田村正敏 この動きを既存政党が吸い取れなかったので「無党派層」というグループができあがった。 フランスではこの辺の動きを社会党が吸い取り後にミッテラン大統領を生む力となっている。 日本では江田五月の父親である江田三郎などが江田ビジョンとして吸い上げようとしたが、結実しなかった。
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- tanuki4u
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No2です 参考書籍は「自爆する若者たち」グナル・ハインゾーン著 過剰な人口増が、単純に父母からの相続による生活の保障を満たさず、新しい生活の場を求めさせる。これが闘争の背景にあるという本。 1960年代の先進諸国における「若者たちの抗議」も、現代のイスラム世界の脅威の原因も同様な『ユースバルジ・戦闘能力の高い15-25歳の青年層』が背景にあるとしています。 また、傍証になりますが、WIKIPEDIAで、無党派というのは日本語では存在するが、他の言語では Independent_(voter) が英語でアメリカの政治のカテゴリーとして存在します。この二言語のみ。牽強付会になるが、他の言語つまり他の国の政治状況では無党派という存在が薄いためだと思われます。 http://ja.wikipedia.org/wiki/全学共闘会議 ここにあるように、発生は個別の大学の問題。そして極左が主導するようになって、一般学生が離脱するという流れになります。
お礼
どうもです。
- vantice
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丁度共産主義が調子良かった時期なので それを隠すためかもしれませんね 資本主義国家にとって共産運動が起これば大変ですから
お礼
成程。
- dulatour
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大変難しい問題です。 あなたの問いに答えるためには、「共産主義」とは何だったのかという問いに、まず答えなければいけません。かつて、知識人と言われる資格の一つに、共産主義に対しての何らかの理解というものが必要でしたが、いま現在、この問いにきちんと答えることのできる文化人はいないでしょう。 >それと当時の法政大学生はこの運動に多く関わっていましたか? 法政大学には、全共闘の中の「中核派」というセクトの拠点がありました。まったく学生運動に関心を示さない学生もいたとは思いますが、日大や東大同様、一般の大学よりは活動家が多かったと思います。
お礼
そうなんですよね---。 だから人に聞いても「学生運動」という回答しか帰ってこないんです。 枕詞に「バカな----」か「今の学生よりはまだ立派だ----」という枕詞が人によってつく違いで。
お礼
そういう見方も出来るんですか----。