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小学校での英語教育について

小学校の英語教育に賛成ですか?反対ですか? 理由も教えてください。 よろしくお願いします。

みんなの回答

noname#71851
noname#71851
回答No.6

私はどちらとも言えません。極論を言えば、課外授業の枠で希望者に英語を習わせるのがいいと思います。それに、教えるなら、どう教えるかが最大の焦点だと思いますが、どうせ教えるなら、小さな子どもに遊びながら教えるようなやり方ではなく、もう少しみっちり教えるべきだと思います。 この問題は色んな問題に波及します。 先ず、「ゆとりの教育」の見直しです。中学校の含めて「ゆとりの教育」って意味があるんだろうかと思います。空いた時間を有効に使っている子供たちって少ないように思います。ある生徒は塾に通い、ある生徒は部活動に励み、何もすることのない生徒は家でゲームをしているだけでしょ。 それから、これは思いもつかない人が多いんですが、現行の小学校6年、中学校3年のシステムについてですが、小学校が6年は少し長すぎるし、中学校が3年では少し短すぎると思うんです。ですから、小学校はだらけやすく、中学校はあわただしすぎると思うんです。ですから、フランスのように小学校を5年にすれば現在よりも緊張感が出来るし、中学校を4年にすれば多感な思春期をもう少し長い目で見守れると思うんです。そして、バランス的にも丁度いいと思います。その上で、中学校から英語を開始すれば現行より英語の学習開始が1年早まることになります。 それと、これも指摘する人が少ないんですが、私は現在の国語教育も大きく見直すべきだと思います。先ず、漢字ですが、「犬」という漢字は小学1年生で習うのに、「猫」という漢字は中学生にならないと教わりません。どちらも身近なペットなのに、いくら猫が十二支に入っていないからと言ってもあまりにも差別し過ぎです。それから「刀」という漢字ですが、これは画数の少ない漢字ですが、刀を迂闊に所持していたら 銃刀法違反で警察に捕まっちゃいます。しかし、私たちが誰でも毎日使う「鍵」は小学校では習わない漢字です。画数は多いですが、これも小学2年生で習う「曜」よりは少ないので難しい漢字ではないはずです。 漢字の話はそれくらいにして、何より学校の国語は文学偏重です。文学こそ国語の真骨頂とも言えるので蔑にはできませんが、あまりにも偏り過ぎて、実生活で私たちがもっと多く接するジャーナリズムの読み方についてはあまり習いません。だから、新聞に書いてあることを自分で考えもせず鵜呑みする人が多いんです。それに何より、「話す日本語」の側面があまりにも脆弱です。日本語のアクセントについては殆ど学校の国語で習わなかったような気がします。それから、敬語についても体系的にキチンと教わるのは高校の選択教科である「国語表現」でなんですが、そんなのは、小学生のうちにみっちり教えるべきでしょう。 以上、国語教育についての意見が長くなりましたが、要は英語教育を導入する前に先にやることがあるということです。

  • duosonic
  • ベストアンサー率51% (585/1140)
回答No.5

こんにちは。 事柄によっては、時間を空けて同じ意味の質問をするということにも意味があると思いますよ。回答者が入れ替わって、新しい考えの人間の意見が聞けることでしょうし、同じ回答者であっても、他回答者の意見を読んでいるうちに自分の考えが変わるということもありますから。ただし、宿題か何かで、全く同じ英文を並べて初めて質問をしたような顔をしている荒らしは、回答者にすると迷惑千万ですが。 さて、「小学校の英語教育に賛成ですか?反対ですか?」 、、、これは賛成だし、反対でもあります。つまり「教え方」によるということですね。 <賛成できる教え方> 小学高学年から英語必修。鳴り物入りで導入された「ゆとり教育」が叩かれていましたが、「今になってやっとなの?」という印象です。コンピュータの世界でもプログラムは全て英語で書かれます。いつの間にやら、英語は「世界共通語」になってしまいました。良いとか悪いとかいうことではなく、それが現実です。だから小学生から「世界共通語」の勉学を始めるのは非常に良いことだと考えます。 僕らが小学生?だった頃、ザ・ドリフターズ荒井注の「ジス・イズ・ア・ペン」という何でもないフレーズが大流行したことがありました。小学生にすると、友達が「英語の意味が分かるなんて、すごい!」ということで、ものすごく衝撃的でした。小学生だったら、英語の新鮮さにこんな驚きをもって接することができると思います。要するに若いうちから「他国の言葉に接しておく」ということは非常に意味があることので、英語圏の文化や生活慣習などを紹介しながら、こういう「教え方」ができるのなら大賛成です。 <反対せざるを得ない教え方> しかしながら、今の中学・高校における英語の教え方、すなわち受験に主眼を置いた「日本流ハードコア英文法」では、興味が持てるものも持てなくなります。当カテゴリーでも「助詞が~ SVOCの~ 従属節が現在完了の仮定法では~」という質問が星の数ほどあります。興味をもって解明しようという質問者もおられますが、僭越ながら回答者の一人として、「そりゃこんなこと勉強させられて面白いワケないよなぁ」という印象を禁じえないご質問も散見されます。 つい最近もこのカテで、「接触節」という呼称が新たに「でっち上げられている」ということを知り、改めて「日本流ハードコア英文法」の考え方に呆れました。 何故こんなことを申し上げるかと言うと、学卒であろうが科学者であろうが、「SVOC」と言われて何のことか理解しているネイティブはほとんどいません。「S stands for subject, "I" or "You". Then V is verb ...」と説明してやって、初めて分かってくれるかな?という程度です。本当です。ましてや「Is this sentence 4th or 5th sentence pattern?」なんて聞こうものなら、「What pattern ?  What are you talking about?」と、知らない事柄を聞かれてプライドを傷付けられたようにムッとした顔をされます。「そんなバカな」と思われるかも知れませんが、本当に本当です。 要するに、ネイティブである彼らは「そういう母国語教育は一切受けていない ⇒ 必要ないと判断されているから ⇒ もっとコミュニケーション自体に重きを置いている」ということですよね。当方がどうしても分からないことを例文にして「英語でこういう風に言う?」と質問すると、「う~ん、言えないことはないと思う。でも一般通常ではそうではなくて、こんな風に言うかな」という答が返ってきます。もちろん全問正解です。まあ彼らの思考回路自体も英語なのですから合っていて当たり前と言えばそれまでですが、反対に「だったら「日本流ハードコア英文法」って何のために学校で教えられているんだろう?」とは思わせます。 「日本流ハードコア英文法」を長年勉強すれば、入学試験用に穴埋めや読み書きには強くなるでしょう。ところが、本来の姿であるべき「英語=国際的コミュニケーションのツール」という観点からは掛け離れているのは明白で、そういう人が英語圏の人の前に放り出されても対等に渡り合えるかというと、まあまず無理でしょうね。これが「日本人は世界で一番英語を勉強するが、世界で一番英語ができない」と言われる所以ですね。 決して、語彙や文法を疎かにしても良いと言っているのではありません。何と言っても「外国語」ですから、基本のところはバッチリ押さえておかないと、戸惑うだけでなく、応用した考え方ができなくなってしまいますからね。 しかしながら、現在中・高校で教えられているような「日本流ハードコア英文法」に偏重し過ぎた「受験英語」をそのまま小学校にまで下ろすような「教え方」をするつもりなのなら、止めてもらった方がよっぽどマシです。もちろん難易度は殊更違うのだと思いますが、小学生が中学・高校で本格的に英語を勉強する前に興味を失ってしまうだけだと感じるのです。結果、本当の意味での「日本の国際化」にはつながりません。 英語というのは、意味不明?の品詞呼称をいくつ知っているかということではなくて、「ネイティブとコミュニケーションができてナンボ」の世界です。 私見の上、長くなりましてすみませんでした。

  • yuu111
  • ベストアンサー率20% (234/1134)
回答No.4

こんばんは 小学校の先生方が時間に余裕があるならやってもいいと思います。

motemoteo
質問者

お礼

こんばんは 回答ありがとうございます。 参考にさせていただきます。

  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.3

条件付き賛成です。理由は、他国でそれなりに成功しているからです。 ところで、類似の質問は山ほど投稿されていますが、ここで改めて質問される理由は何でしょう?

motemoteo
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 参考にさせていただきます。 >ここで改めて質問される理由 類似質問も調べましたが、もっと情報がほしかったということと、 最近実際に英語教育がはじまったということを先生から聞いたので、現時点でどのように考えているかなどを知りたかったため新たに質問しました。 PS:もし同じ理由の質問があったらすみません。

  • kick2max
  • ベストアンサー率31% (71/222)
回答No.2

私は、小学校英語教育の目的とカリキュラム次第で、賛成でも反対でもあります。 小学生のうちからバイリンガルになるためのベースを作る、英語ができる人材を増やすため、とかいった英才教育的なものを目指すなら、反対。(コミュニケーションスキルとはちがった 意味のないテスト主義・点取り虫をもっと作るだけです) 異文化・他言語に対する関心を持たせるという目的なら、賛成。(社会科や歴史などと絡ませたりして総合教育の一環ならなお賛成) ハロウィーンやクリスマスのことを勉強したり、挨拶を練習したり。なんかがカリキュラムだと素敵だと思います。

  • koike627
  • ベストアンサー率25% (190/754)
回答No.1

個人的には賛成でも反対でもないかなぁと思いますね。 とゆうのはまず日本語がしっかり学べてないので(しっかりとした日本語がつかえていないのに)英語教育って??と思うのが反対意見で、賛成に関して言えば国際化が進んでいるのに日本だけが英語ができていない(?)ので小さいころから英語を学ぶのはいいことだと感じるのは賛成の意見です。

motemoteo
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 なるほど、 参考にさせていただきます。

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