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お菓子ではない男
1. 男として、女性にお菓子みたいだといわれたら、いかがお思いになりますか。 2. 皆様はブルースの女王といわれた、淡谷のり子さんをご記憶、そしてお若い方の場合はご存じでしょうか。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%A1%E8%B0%B7%E3%81%AE%E3%82%8A%E5%AD%90 彼女(母より半年少し後のご誕生なのですが)があるとき、『このごろの男はみなお菓子みたいだ。』とかいわれたとの事です。 彼女に、『みなお菓子みたいだ。』といわれない『男』とはどんな場に自分をおいている、そしてどんな自分である、男なのでしょうか。 男性。とは彼女はいっておりませんね。 わたしもそのことばはここで、使っておりません。 どうかお気づきのこと、お思いのことがありましたら、お書き込みくださいますようお願いいたします。
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>1. 男として、女性にお菓子みたいだといわれたら、 いかがお思いになりますか。 性をつけなかったのは「性」には俗性よりも、 社会的な大人の男性や理性を付加した呼称であると感じます。淡谷さん は理性よりもっと根源的な「男」がお好みだったのではないでしょう か。例えば「理性を軽蔑するためのアポロ像」を庭に立ててた三島由紀 夫さんとか。そういう三島さんは美意識の高い美術至上主義であって、 武士道が禁じた「卑怯」をしないために自らの不完全性(幼児性)まで 自害の計画に入れてたようで、理性と美意識ってどこがどう違うのか謎 なんですけどね。 お菓子みたい~は性欲、自己顕示欲の延長にある情動に打ち勝たなけれ ばならない場合に、本能を「甘さ」中和させて満たすこともある。女性 が甘い物好きなのも本能の(性欲、自己顕示欲)の延長ですよ。 脳のエネルギー源でもあるのですから男らしい理性的な人でも甘党とい う人はいるし男性が甘党でも変に思わないのですが、「男」自身がお菓 子みたいとすると、純粋な男の役割の部分、闘争心、性欲、自己顕示欲 が加工、去勢されていて社会的なジェンダーではなく、セクシャリティ ーな部分で物足りない男ということではないでしょうか。 純粋に男でありながら「忍ぶ恋」に耐え、魂の高みに上れと訴えていた のが「葉隠」ですかね。一女の浅~い見解としておいてでもすよ、男の 世界は「男が惚れる男」という女の入り込めない世界もあって、淡谷さ んぐらいにもなると(?)純粋な女としてだけで言ってんじゃないかも しれません。 >2. 皆様はブルースの女王といわれた、淡谷のり子さんをご記憶、 そしてお若い方の場合はご存じでしょうか。 記憶してます。お若くもないのバレますけど;芸能人はキャラクターが 商売道具ですから、やはり極端な思考回路や生き方を実践せざるを得な くはなると思います。普通に生きることが困難であればあるほど「普通 の男」にその罪(完璧主義者は不完全感から逃れられない)をなすりつ けてたかもしれませんし。
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- littlekiss
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こんばんは、krya1998さん。 淡谷のり子さん、生まれは青森のようですね。 青森といえば… 【津軽名物 縄かりん糖】 http://www17.ocn.ne.jp/~kashi-ao/ksc/ishizakiyayoidou.html ↑ ひねりがきいてる しかしながら、ひねってあるかりんとうはそう多くなく 一般には、棒状のものや短冊状のものが多い 棒状のものをひねってあるものからみればある意味、ストレート 「ストレート」に「物言い」を付けると、ストレートな物言いとなり ズケズケしい、厚かましい、粋じゃない、無粋 だとすれば… 『このごろの男はみなお菓子みたいだ。』は、 ぶ‐すい【無粋/不粋】 世態・人情、特に男女の間の微妙な情のやりとりに通じていないこと。 また、そのさま。遊びのわからないさま、面白味のないさまなどにもいう。 やぼ。「―なことを言う」「―な客」粋。 [派生]ぶすいさ[名] ほでも、かりんとう全般わたしは好きですけどね~♪ (*^^*)vお~い お茶。 【かりんとう】 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%86 【芋ケンピ】 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%8B%E3%81%91%E3%82%93%E3%81%B4 【芋かりんとう】 http://www.b-post.com/satumadon/karintou.html
お礼
littlekissさん ささやかな口付けですか、可愛い口付けですか。 ありがとうございます。 淡谷さんも、ずばっといっているのにひねりが自然にはいっています。ズケズケのようで、厚かましいようで、実はそうではない、決して。微妙な機微、慎まれている心根(こころね)が自然にかもし出されております。すべての雰囲気になられております。いろんな風にみえているところはとても面白いですね。これもひねりの効果でしょうか。 ひねりですね。宇宙の中で浮浪してしまうと、何百億年もかかって、ひねりの軌道を取りながら大きな磁力の存在に吸い込まれていくそうです。天文物理学の話です。 水も空気も、そして火も回転というかひねり。中国では木火土水。 ヒンドゥでは土水火風空。これもひねり。渦潮、つむじ(風)。 力や意志、当為、原理、そして祈りの発出はみなひねりの形状です。太極。勾玉。 人の上昇・向上も螺旋ですね。私の単独行の山は直昇り・直下りでしたが、これも普通は巻いて上ります。私も山波みが連なるところは、巻いていきます。 異界の媒介の回答を得ましたとき、その方も、巻く、ひねり、渦。というのです。極まった地点にいけてないと、ひねりには出会えないですね。 淡谷さんはたぶん、味のない子どもがおおくなったな。判らないのね。というのでしょうかね。あの弘前なまりですか、もう聞けないのですね。 ひねりの宇宙的原理性は巻貝によく顕れている。当然ですが女体もそうです。子宮やその他は巻貝的原理だそうで、異界と異界の橋渡しですね。この聞きたいで、こんなご回答を戴いたことがありました。 こういうようにひねりには微妙な機微。昇っているのに、一体進歩しているのかしら、ということもありますね。こちらは停滞ですが。 ひねり、粋、機微。基本的あり方。そんな連想もせてくれる、ご回答です。 有難う御座いました。またよろしくお願い申しあげます。 私はかりんとうは大好きだけど、食べすぎなので近寄らない。 茶碗で日本酒、ほや、塩辛、ひも、ひず、げそ刺。 今は楽しむことが出来ています。
補足
蛙や蛇ではないが、古希も暖かくなると何かと所用。無駄口書いていたら、時間になって、今再開。 ひねる。棒のままじゃぁ仕方ないですよね。 生まれたまま。蛙も蛇も変身はしますからね。変心(自分の脱皮くらいは)もしてましょう。 聖者たちも小さい頃の自分を知っている人には理解してもらえなかった。そりゃ豈、イエスのみならずですね。孔子とは誰のことかと思いきゃ。おらが隣の丘のことか。丘は諱(いみな)であり、市井に隠るの解説としての、後世の作でしょうが。 行法(ぎょうぼう)だって、やれば、満員電車に載り、下車すれば駅だというのではありゃしない。歩くのは、命と意識と力をどうするかは自分であります。 電車の箱と車輪と電気などではない。あたりまえですよね。 どうひねるか。こりゃ人生の問題ですね。 みんなひねって生きてきて、歴史ですね。 全てを教えてくれているグルだって、全てが書いてある聖典だって、一人ひとりを生きてはくれませんからね。棒のままですましちゃぁ、いられないでよね。意識、ひねる。難しい課題となりました。 いや有難う御座いました。
回答は男性限定でしたら申し訳ないことでした。 ご質問の1などはそのよう読めましたが、拘りのない視野での問いかけのようでもあったので、 まあ、ご質問の最後の一行にだけ乗っかる形となりました。 krya1998さんはわたしの父よりひとまわりお若いくらいでしょうか、 わたしは末娘で年寄りっ子でしたもので、わがままな人間に育ちましたが、 昭和一桁生まれの勤め人の家庭らしい暢気が、それを許していたようにも思います。 洒落や暢気の漂う世間の空気が様変わりしていくのを、ものごころのついた頃に感じたような気がしますが、 これも短い時代の残滓であったものに違いなく、なぜならば、年長の伯父や祖父といった旧世代の人物となれば、 父のような浮いたところがなく、生一本のまま枯れていくようなところがありました。 マハトマ・ガンディーですか。それは芯のこわい人物であったことでしょうね。 信念を貫くなどと今の日本の政治家が口にしたところで、なかなか、 気骨の人であって思想の持ち主である、ということがありません。 山に等しい人心を動かすことなども。 数多くの人々の感嘆と閉口、それらに重責でもって応えることの持続、 ということを市井で引き受けるのは只事ではありませんね。 ガンディーの暗殺のことをしばらく考えていましたら、 死に様が生き様であるように死が訪れるなら、お菓子のような終わり方もあるのかもしれないと、ふと、変なことを思いました。
お礼
いえ女性歓迎ですよ。この年、あまり電線も裸にはなっていません。お互いに感電やショウトはしないでしょう。見た目は幼児みたいな女性付き合いですよ。本心は別だろうし、状況次第でしょうがね。 義兄がことし84、姉が80ですから、貴方様は甥などの世代ですね。そう、私はちょうど義兄より一回りです。私が勤務の58年頃にご誕生ですね。 昔の男は、単純でしたね。余計なことがない。それも味わいですが。剛毅木訥は仁に近い。でも昔もそういう人ばかりではなかったようですよ。 ガンディは邪魔でしたろうね。好い加減にしたい人には。ちょいと許すということが、微塵もない。自分にも人にも。好い加減な人からはもう疎んじられる。 優しいのに畏怖に襲われます。写真と文章だけですが。気骨という以上ですね。ヒマラヤの絶壁ですよ。嫌われますよ。日本じゃ存在どころが生まれがたいですよ。 でもインドの大衆は彼を愛し、尊敬し、偉大な魂、ジヴァ。マハ・アートマという称号を捧げた。彼はその名を呼ばれるごとに恐縮です。 鍋島、山本常朝の武士道ですね。見事に死ぬ。見事な生き様。 まぁ言い古されていますが、本物として・・・ですね。私も希望は。 有難う御座いました。
お菓子みたいな男と言われるのも一興かもしれませんね。 河内山宗俊みたいな男が言われたら、 女の媚態と生意気が入り混じってるってんで面白がるんじゃないでしょうか。 お菓子みたいでない男の事情は、さまざまであろうと思いますが、 役者じゃあるまいしとでも言うところ、 お行儀も愛想もよろしくなく、匂いも人工的な芳しさがなく、目や指のしぐさなどにとりわけ優しい質がにじむでもなく、 ひょっとすると、 必死な大事なことに猛進しているのか、たんなる貧乏であるか、暇なく忙殺されているか、敵が多くて命がけの日々であるのか、 どうであれ、 片頬しかユルメなかったり、着たきりで汗が染みていたり、髭もあたっていなかったり、 あるいは見なりこそ良いが煮ても焼いても食えない癖者や性悪だったり、 などなどの佇まいがあるようで、 その実、内面では頑なにならなければもがいている自己を律することができないほどの焦燥や煩悶があるらしいと、 そういう、すこやかさでないものに女心が揺れたりも、するものでありましょう。 まァ、素直な、優しい、心身清潔な、お行儀のよい、神経の細やかな、愛想笑いのひとつも浮かべるような方が、増えたのが、 淡谷のり子さんには、ちょっと退屈だったのかもしれませんね。
お礼
有難う御座いました。 お数寄屋の河内山宗俊ですか。悪党って魅力ありますよね。 革新の正義の味方はそれとして、一癖二癖の、しがらみもあらぁなという保守なども。着流しと落し差しの平手造酒とかも。どうも悪がスター性を持っているのが、この地上の世界なのでしょうかね。自民党も悪が少なくなり、まともな顔の方ばかりになったような気がしております。 内蔵助の相手した、垣見五郎兵衛は悪党ではないがそんなところが、・・ですね。 河内山宗俊はそう受け取るでしょうね。「『お菓子かね』。食えねぇぜ。美味くねぇぜ。おいらそんなつもりゃねけど。」くらいかな。 貴兄の中半、後半の描写も一興一驚です。 淡谷さん、そして男にも、「見たほどにもねぇ。食いたりねぇな」、といわれようじゃしょうがねぇ。 私は貴兄と異なり、本人は南インドでしょうかね。グジャラート。 柔和な優しい顔を見ていると、畏怖に襲われるマハトマ・ガンディ。 ヒマラヤの断崖絶壁が、がんとして動かない。いい加減を許さない。 淡谷さんは多分、「所詮は男。お菓子ではないが、男のお方ね。」でしょうかね。 彼女は私達と同じで、河内山宗俊か平手造酒を相手に、秋を静かに、お銚子。 ゆんべの、大石と垣見の講釈をさかなに。でも淡谷さんのブルースの世界ではないな。 有難う御座いました。昔の男は、そう、格好はあまり気にしてやしませんでしたね。命がけ。飲んでたって、そんなですよ。不器用でした。わたしたちの親父って。淡谷さんより10も上の明治30でしたが。 いや有難う御座いました。
- jo-zen
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ANo.1のjo-zenです。以下のURLも参考にしてみてください。 http://news.goo.ne.jp/article/diamond/life/2008051405-diamond.html
お礼
いや有難う御座います。まことにあきれた事例に開いた口がふさがりませんな。 淡谷さん、まぁ彼女軍部にもいう通りにもしませんでね。憲兵ともやりあうし、律儀な性格で人間として折り目はしっかりした、礼儀は十分に配慮し挙措行為した方でしてね。 さんがいうお菓子みたいな男といったのは、まぁいうなれば、ご紹介のサイトでの事例とは全く違う、一人前のしっかり生きている、お父さん、お兄さん、そういう方でのことだと思いますよ。 彼女真面目で、男にもしっかり付き合い、ご遍歴は名高い方でした。 それで、戦後でしょう勿論。聞き役が、男について聞いた時のお言葉が、此処でいっているお菓子みたいな男というのだったのですよ。 あまり、いいたくないが、表面だけの見え方にすぎませんが、いわゆるYonさまとか、ちょいといけない言い方ですが、どこかの国に優勝な府知事が選出されたとか。まぁ、多くのご年輩らしいレディたちが好んでおられるようですが、まぁタイプとしてはそんなところでしょうね。 所謂る男性論、人間論の範疇の言葉としての【お菓子みたいな男】ということですね。 今事例として、お二方も本当は、多くのレディが画く像の通りとはいえないと存じますが。 それにしても、挽近、若者の労働現場の条件は私達の経験していたころとはずいぶんことなるし、一方若者も、耐え性がない人も多いのかしらね。でも使う側も従来の原則をずいぶん逸脱してきています。 それにしても、戴いたサイトの話は、洵に論外ですね。 私もずいぶんこんなお話は耳にはしてきましたが。 なかなかすごい若者も多いのですけれどね。でもそれも淡谷さんの男性観からは、男はそんなじゃないさ。ということなのですよ。 有難う御座いました。
- kigurumi
- ベストアンサー率35% (988/2761)
「スルメみたいだ」と言われた場合は、なんとなく意味がわかります。 最初は味もそっけもないが、つきあっているうちに味が出てくる って感じ? お菓子は 食べた瞬間 おいしい。 で? 終わり。 スルメは、噛むのに時間かかり、しばらく格闘し顎痛くなりますが、そのかいあって、うまみが出てくる。 お菓子は、、、無い。 簡単に食べれて 終わり。 あー 口の中 まだ甘ったるさ残っててうざいので、抹茶飲んで消しちゃいましょう。
お礼
私もこういう表現はきいておりました。なるほどですね。 有難う御座いました。ほんとうですね。
- takashi-99
- ベストアンサー率16% (44/263)
私は普通は男性・女性という書き方・言い方をします。それは尊敬を込めていっているものです。なぜなら,全ての人は私よりももっと優れたものを各人が持っているからです。さて,「お菓子みたいな」という表現は何か小ばかにした上から見下ろすような感覚ですね,優柔不断というか決断力がないというか信念がないというか,そういう類の男性を言っているのでしょうね。まあ,増上慢の心の表れでしょうね。
お礼
私と異なるご見解ですが、受け取り方としてなるほど、と存じます。 有難う御座います。 男、女。このことばはありますが、男性、女性は尊敬や謙譲的表現としてお使いになられる場合もありましょうね。それは理解します。 淡谷さんの至言だと存じております。 そうです。馬鹿にしているのですよ。物足りない、どうでもいい。 そうやって女から上から見下ろされるような男じゃしょうがない。 と思うだけで、増上だという評価判断はしません。独特の訛りと方言のためでしょうかね。 淡谷さんは単なる歌い手の身でが、己を律した、生き方の方でした。私としては歌い手と見るだけですが。 増上慢のお心が仮にあったとしても、男としては、それは看過する。 ほっ。みているな。お菓子じゃしょうがねぇや。となる。 之に対して、女もお人形じゃしょうがねぇ。慰みのものじゃしょうがねぇ。ですかね。 多分お人形や慰みの方を、普通の男は好むかも知れませんね。 そうじゃない、一丁前の女だったら、男もしっかりしなければね。 甘えていたら駄目ですね。寄りかかりはお互い禁物ですかね。 いや有難う御座いました。お菓子でも、玄米でも、代用食でも、二八蕎麦でもない、単なる男の言い草です。失礼しました。
補足
ジャハハールラル・ネルー。ガンディの景仰者。この人もするめみたいですし、光線の当たり具合でいろんな色合いが出てきますね。 周恩来:二番を護った男。この方を裏表とか、策謀とかの言い方がありますね。あの広大で、膨大にして多様な国と人民。歴史と文化の積み重なり。世界史の激動の中、単純で一本筋でいきますか。 大日本帝国は退いた。しかし従来の列強が虎視眈々としている。 こういうときに、創国に当たるのですから、いろんな位相のいろんな面がでてくるのは当然ですね。陰謀家とかなんとか、そんな面がなくて何ができますか。毛沢東を利用する策略は必要だったのでしょうね。正にするめ。昆布。鰹節。いや微妙ですね。
- jo-zen
- ベストアンサー率42% (848/1995)
深い洞察もない、私観なのですが、『お菓子みたいな男』とは、「地に足のついてないふわふわしたような男」、「自分が何をやりたいのかといった信念がなく、ただ漫然と日々を過ごしているような男」、「自分の意見というものを持たず、ただ周りに合わせたりするような男」といったことを意味するのかなと思います。 そう呼ばれないためには、「自分の信念を持ち、しっかりと物事を見極め、正邪の別により的確な行動のできる」男にならなければならないように思います。今風にいえば「流行に流されない」男とも言えるかもしれません。 蛇足ですが、「脳内メーカー」でしたっけ、名前を入力すると、脳の○○%は△△、□□%は××などと出るサイトですが、私自身の名前を入れたら「信念100%」と出ました。当たっているかもと思う部分もあります。全然質問に関係ないことですが・・・。
お礼
早速に有難う御座います。 お菓子とは、甘く、おやつの、栄養にはならない。きれい。 なのでしょうかね。そんな風に女から言われて歓ぶのは、いや莫大な金銭を収納しているのはかの、Yon様とかいうのでしょうかね。 でも彼も本質は、お賽銭を投げている女性が思うようなお菓子的ではないような気もいたしております。 存在側面が女のお菓子でしかなかったら、どうなんでしょうね。 お菓子みたいといわれても、知ったことか。どうともいってろ。関係ねぇや。 という意識だとしたら、歌うたいである身の淡谷さんとしてはお手上げでしょうか。 木枯紋次郎が実在なら、どんな市井の人でしたでしょうね。 鉄あにぃたる、山岡鉄舟はあぁそうかえ。でしょうかね。 隆盛はどうでしょうね。あぁ?そうね?でしょうかね。
補足
例示した彼らは、男女なんてどうでもいい。人間なんて、事にもならない。そんな境地なんでしょうかね。 http://kikitai.teacup.com/qa4021866.htmlでの中国人などの悠久をあいてにしている民族の意識にも通じるでしょうが、例示の彼らのスケール、判断の尺度がちょいと私の意識からは遠いですね。 悠久以上の、超越ですね。それはどうでもいいよ。ということでしょうか。うらやましいといっていいのか。そんなものでもないさ。でしょうね。
お礼
こんなご回答が戴けて、お待ちしていた甲斐がありました。 有難う御座います。今後もどうかよろしくお願い申しあげます。 ◎「性をつけなかったのは「性」には俗性よりも~~」 男が廃る、とはいうけど男性が廃るとはいいませんよね。 ◎ここら辺にも淡谷さん時代のこころ、美学があるのですね。美学を忘れた民族は悲惨ですね。 ◎幼児性。三島さん。そうですか。偉くしないと、えらくならないけれども。つまり、見えざる力が働ないといけませんね。三島さんは優秀、賢しこ過ぎます。馬鹿性は本当に大事です、と私の稚拙な感想をお許し下さい。常朝の道は私達のヒンドゥの修行の場の理論でもあります。 ◎淡谷さんにお菓子は似合いません。 あの方がまた顕現してくれたのは、勿論戦後で、私などはまだ小2。直接存じ上げない。 静かないい酒。お抹茶もちがいますよね。 性欲のシンボルですか。お菓子的なものって。そういうことだと、本当に淡谷さんのことばがよく理解できます。彼女の透徹した生き方がいっている言葉だったと、再認識できます。 ◎【脳のエネルギー源でもあるのですから男らしい理性的な人でも甘党とい~~】 の件りは洵に腑に落ちます。その通りですね。英雄色を・・・なんて嘘です。そんな次元ではない。 男はほれる。洵に。意気に感ず。共に入水。淡谷さんはそこなんです。ともに酒を口に出来る、お方です。 ブルース。曲はどうでもいいし、歌詞も他愛のないもの。単なる感情、感傷のレベル。 淡谷さんだからです。 純粋な女?純粋?何かモダンで外人的なお言葉お遣いではないでしょうか。生意気申しあげてすみません。 単なる女。女であるだけの女?難しいもんですね。 ◎普通の男にその罪をなすり付けていた。そうなりますね。 どんな存在もこの世ではジレンマがなければ、存在ではないと存じております。 淡谷さんの一つのフぁースforce、当為でしょうね。ジレンマとしても現れている。何いってんのよ、そんなんではないのよ。と、彼女のしり上がりの声が聞こえるようです。 いや有難う御座いました。
補足
miko-desi様。聖域をお借りします。 littlekiss様。棒のまんまではなく、そうかといってひねり過ぎて利己エゴや勝手の場と化してはいけませんしね。そうなると歪曲や穢しをしないで、できれば、戴いた清らかなまま、sheerにpureに皆様のお言葉を受けていけますようにし、心してひねりを大事に致します。 皆様有難う御座いました。いつかどなた様かどこかで、皆様と知らずでも、邂逅できることを楽しみにしております。 わがつまらぬ目的や意図という穴ぼこも、酒や慰みなど落ち葉や紙くずで埋まらないように、穴という満たされないものを、吹毛を見つめながら、抱えていきます。 重ねて御礼申しあげます。諸兄、諸姉さまの変わらないご健勝を祈ります。