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殺生石にまつわる逸話・2

続きです。 この逸話、どこまでが本当に伝わるものなのでしょうか? いや、本当とはいっても、ただの民間伝承が有名になりそのまま定着したものなのか、それとも何かの文献に神話、民話として記されていたりする物なのか詳しい事が知りたいのです。 どなたかおもしろいHPや”いや、ここは間違っている!”といったご指摘などなど何でも結構ですのでよろしくお願いします。 追記 なお、レポートの課題の丸投げといった類ではありません。 全ては私の興味本位の質問です。 長々とお付き合いありがとう御座いました。 関連URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=376461

質問者が選んだベストアンサー

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  • yaima
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回答No.3

残念ながら、実際の話ではないと思います。金毛九尾の狐、いたら面白い?のでしょうけどね。 ただ、こういう伝承ができあがるのは、当時の社会情勢というか、なんらかの経験みたいなものが反映されているとは思います。 当時は火山ガスが有害だとはわかっていても、それが何だか科学的には理解していなかったでしょう。 そこで、危険な場所へ近寄らせないように妖怪がいると噂を広めた。あるいは、大人自身も神憑り的なもの、妖怪が悪さをすると信じてた可能性もあるでしょう。人間て理由のわからない現象には、自分なりに理由を見つける生き物らしいです。 鳥羽天皇の時代というと、平安時代末期ですね。 藤原氏が自分の娘を天皇の嫁にして、実質的に朝廷を支配していた時代です。間接的ですが、女性が国を動かしていたとは言えませんか。 鳥羽天皇自身について言えば、系図上は彼の息子である崇徳天皇は、彼の祖父である白河天皇の子供だというのが定説になっています。そしてこれが原因で天皇や貴族の政治から、武家政治へと移ります。彼らからすれば、まさに傾国といえませんか。藤原氏に限らず、昔は自分の娘が産んだ子が家督を継げば、一族皆が繁栄します。嫁入り運動?も活発でした。 こういった現実を、「妖怪が女性に憑りついた」と皮肉ったのかもしれませんね。当時は政府を批判したり、おちょくったりすることはできませんから、こういった伝説で溜飲を下げていたのではないでしょうか。

forever-ever
質問者

お礼

そうですか・・・当時の社会情勢も反映されるものなんですね。 当時では解明できない→近づかせないために噂を作るor妖怪の存在を信じているためそのせいにする・・・といった所ですね。 平安時代は自分の娘が政略の道具として十分使う(言葉は悪いですが)のが普通だったみたいですからね。 そういえば保元の乱、平治の乱が起こったのもこの時期、そして平家が頭角を現すのもこの頃ですよね。 その辺りが雨月物語に収められている白峰の題材にもなってますね。 雨月物語も怪異な現象を伝える物語で有名(でも製作は江戸時代ですが)ですから。 社会情勢から考察、というのも別の角度からの視線でおもしろいですね。 でもこれが結構有力な説であるのも確かだと思います。 新たな視線での回答ありがとうございました。

その他の回答 (4)

  • sigino
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回答No.5

日本の九尾の狐と、中国のそれは別物です。あとで集合したわけです。 >当時は政府を批判したり、おちょくったりすることはできませんから いやいや派手にやってました。だからこそ後に清盛が逆に「禿」を放って秘密警察じみたことをしたわけです。天皇家との外戚関係で権勢を振るう家が決まったのも鳥羽天皇の頃に始まったわけではありませんので、当時の社会情勢にストレートに結びつけるのもどうかと思います。 玉藻前の説話の成立はもう平安末期より少し時代が下ると思います。鎌倉末期ぐらいかな? 話しの筋立てに非常に中世的なものを感じますね。なお玉藻退治に活躍した安部泰成は晴明以来の天才といわれた陰陽師、和尚が使ったのはカナヅチです。

forever-ever
質問者

お礼

やはり日本の九尾ノ狐は別物、らしいですね。 中国の複数の神話が複合して日本版オリジナルができたみたいです。 清盛が放った”禿”その様な役割を担っていたんですか? てっきり私はその頃頭角を現し始めた平家になんらかの形でかかわっている人々のことを指しているのかと思ってました。 勢力が強くなってきた平家にかかわる人間だから当時の人々も恐れた・・・と考えていましたが、そうではなかったんですね。 ??安部泰成は晴明より後世だったんですか。 私の知る限りでは同時代だったんですが・・・これも思い違いだったみたいですね。 和尚が使ったのはカナヅチ、ですか。 何か思いっきり庶民的な気が・・・・(笑) てっきり錫杖か何かだと思ってました。 回答、ありがとうございました。

  • sigino
  • ベストアンサー率30% (99/329)
回答No.4

下記URLをご覧下さい。 あと、「封神演義」や能「殺生石」などお読みになっては? どうやら複数の説話が「九尾の狐」をキーワードに結びついてできたもののようですね。

参考URL:
http://www.asahi-net.or.jp/~QI3M-OONK/tosyokan/fantasy/w-kyubi.htm
forever-ever
質問者

お礼

参考URL見させていただきました。 中国神話のいくつかが結びつき、日本オリジナルの九尾ノ狐になり、そして那須野原の殺生石の逸話と重なり悪妖となった・・・ こう考えると納得できるような気もします。 能にも殺生石を題材にした物があるのは知りませんでした。 封神演技、は漫画でしか読んだことがありません(笑)。 これを機に読んでみたい気もします。 ありがとうございました。

  • embrace
  • ベストアンサー率36% (101/276)
回答No.2

玄翁和尚がそれを打ち砕き、以後 その道具の名前はげんのうになりました。

forever-ever
質問者

お礼

#1の方の参考URLでは源翁和尚でしたが、和尚さんが打ち砕いた、という逸話があったのですね。 打ち砕いたその道具、なんだったんでしょうね・・・気になる所ですね。 ありがとうございました。

  • asuca
  • ベストアンサー率47% (11786/24626)
回答No.1

殺生石というのはその石の周りに虫や動物の死体があったところから付いた名前だと思います。 この石は火山性などのガス(硫化水素など)が出ているところにある物が多く人間でも呼吸困難になることがあります。 そのために「殺生」という言葉が使われたんです。 その後そのころはなぜその付近が危険か分からないためそれらしい伝説がついてきたのかと思います。 一説にはそのガスが立ち上る様子が何本ものしっぽ状に見えたところから人を化かす狐に繋がり九尾の狐の話が出たという物もあります。 この背景には軽い中毒症状で意識がうつろになった人がそういった幻を見たという可能性もあるということです。 http://www.bashouan.com/pbSesshouseki.htm

参考URL:
http://www.yuyoutochigi.net/yuu/kankou/nasu_sesshouseki.htm
forever-ever
質問者

お礼

火山性の有毒ガスが殺生という名に繋がった、ですか。 確かにこの様な原因ならば当時では解明できませんよね。 それと狐が人を化かすという伝承が絡まってできた・・・ どうやら民間伝承がそのまま定着、という可能性が高そうですね。 参考URLも見させていただきました。 和尚さんが砕いて3つに分かれた、というのは聞いた事のある様な・・・。 早速の回答ありがとうございました。